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【外伝】人形の気持ち

 下級の試合は闘士が対戦形式を選ぶ自由は無い、その数も多く興行として回転させるためにモンスターとの集団戦やあるいは闘士同士のバトルロワイヤルがほとんどである。


 そんなコロシアムの小さな闘技場で一騎打ちが行われていた、階級は銅級だ、つまり通常の試合ではなく節目の昇級戦であることを物語っていた。


 片方は刃引きされた大剣を持った闘士、歴戦を思わせる傷の残る腕に堂に入った構えはそれなりに場数を踏んできた事を伺わせる。


 もう一人はその特異な姿に疑問を抱かれる事も少なくなったメイド服の闘士、ルナであった。




「……………っ」


「………………」




 一瞬、砂を踏む音、そして次の瞬間には決着がついていた。軽い音の後に大剣の男は自分が何をされたのかすら理解できないまま地に沈んでいた、昇級の試合もなんら変わりなくメイドの闘士の俊足の当身で相手の気絶。


 そして観客席から歓声とどよめきが同時に沸き起こる。




「一瞬で……」


「噂通りだな…これは凄い」


「これで鉄か、もうあのメイドも一端の闘士だな」


「というか銀だって行けるって銀の壁とかないって、あの速度はもうそういう領域だって」




 固定のファンめいた声まで日を追うごとに増えてきていた。




「………………」




 そんな喧騒の中でもメイドの闘士、ルナはただ無表情に淡々と立っているだけであった、歓声に答える事もないそれは彼女には何の意味も持たないかのように。








 ※






 通路でルナが舞台を後にしたところへ一人の男が声をかけてきた。




「お疲れ様です、少々よろしいですか」




 物腰は丁寧でコロシアム運営の関係者らしい身なりをした男だ、首から下げた紋章付きの札が裏付けている。




「私はコロシアム運営の者です、少しお時間をいただけますか」


「何か」


「いえいえ少しばかりお話がありましてね」





 ルナは足を止め何の感情も浮かばない目を静かに向ける、男はその視線にも動じずそのまま穏やかな口調で続けた




「ここまで一切の敗北なく勝ち進み続けている方はそう多くありません、しかも登録情報から貴方は組織にも属さず単身でここまで来られている」




「………………」




「コロシアムとしましてはあなたのような有望な闘士には今後の試合運営や興行の面で色々とサポートをご用意できます、試合や休養の調整、装備の斡旋など是非とも一度、話し合いの場を設けられればと」




 筋の通った内容、押し付けがましさもないあくまで運営側からの善意的な提案という体裁、勿論これは有望な闘士に対して密かに続けてきたコロシアムの手管の一つに過ぎない。


 支援という体裁を取りながら闘士を街の影響下へと組み込んでいく、ヴァルガイルという街が水面下で繰り返してきた政策の一環だった。


 ルナはその意図を測りかねているのか見透かしているのか、表情一つ変えない姿には伺い知れないが立ち止まり男の話を聞き続けていた。




「もし望まれるのであればあなたほどの闘士であればコロシアム専属の闘士として、あるいはこのヴァルガイルの正式な住人としても受け入れられる手筈が」




 その言葉にそれまでただ黙って聞いているだけだったルナが初めて僅かに反応を見せる、丁寧な口調でしかしきっぱりと。




「いいえ、そのお申し出には及びません」




 強くないがその言い方は断定的であり言葉の端に否定の意図が浮かんでいた。




「…差し支えなければ理由をお伺いしても?」


「私が仕えるべき場所は既に定まっております、マスター以外にそれは存在いたしません」


「そうでしたか、ではぜひとも貴方の主人にもよろしくお伝えください」




 


 取り島もない形であったが運営の男も顔色一つ変えなかった、こういった反応も当然と織り込み済み、一度や二度の声かけで成るものではない、この接触はこれから何度となく繰り返される布石の一つに過ぎないのだから。


 そのまま会話は閉じられるかと思ったが今度はルナの方から問いが投げかけられる。




「一つ、確認が」


「ええ、どうぞ」


「このコロシアム、王国全土にその名が知れ渡るその話、どれほどの物か解説を求めても」


「もちろんです、ヴァルガイルのコロシアムといえば王都はおろか、この大陸全体でも指折りの名を持つ興行です、噂は北の果てから南の辺境にまで届いていると言われています、冒険者や正規の兵でもこの舞台に立ってみたいと憧れる者も少なくありません、チャンピオンならば…おっとこれはここだけの話として国王以上の知名度でしょうね」



 


 男はルナからの質問に少し意外そうな顔をしたがすぐに誇らしげな笑みを浮かべ自らの街を長く語った、囲い込みとしての役割でもあるがそこにはそれ以上の実績からの誇りが見える、その答えにルナは僅かに視線を落とし何かを静かに考え込むような素振りを見せた。




「そうですか、ありがとうございます」




 短く礼を告げるとそのまま踵を返し静かにその場を後にした、その足取りには僅かばかりだが先ほどよりも力を感じられる何かがあった。






 ※






 ヴァルガイルのダンジョン外壁は切り立った岩肌が剥き出しになっており急峻な勾配が続く、人は勿論の事モンスターすら存在しない、その外側を登ろうなどという発想自体がそもそも生まれようがない領域だった。


 その誰も足を踏み入れることのない断崖の一角、小さな影が佇んでいた。




 風が吹きすさぶ岩場の突端。


 眼下にはヴァルガイルの街並みが灯りを灯し始めている。石造りの家々、入り組んだ路地、そしてひときわ大きな影を落とすコロシアムの威容。


 街のすべてを見下ろせるこの場所に、自動人形、人に近い形を取った機械、ルナはそこに佇み街を見下ろしていた。




「……マスター」


 漏れだした言葉は誰にも淡々とした喋り方を崩さない彼女とは思えない悲し気な響きが籠っていた。





※



 ケイオスのNPCである彼女ルナもいつしかこの世界に迷い込んでいた、気づいた時にはすでに見慣れぬ土地に一人、右も左も分からない見知らぬ場所にただ一人。


 だが彼女の心には迷いも動揺もほとんどなかった、自分がすべきことはただ一つ。




『マスターの元に帰還を』






 ケイオスが自身の理念ともする『可愛さ、強さ』のあり方を至上のものとして体現されたこの身、その右腕として在り続けてきた自分にとって主と離ればなれになったこの状況そのものがあってはならない異常事態、忠誠以上の自身の存在意義そのもの、焦らないのは今彼女の目的はそれのみに固定された揺るぎなさゆえのことだった。




 とはいえこの広い世界で手掛かりもなく彷徨うのは非効率極まりない、王国を支配し総出で捜索をさせる計画も考えたが、国土の広さを知り掌握が現実的でないと断念した。


 だからこそこの街ヴァルガイルの近くに偶然に居た事、この街のコロシアムを利用し名を上げる方向に動いていた。



「これが最高効率…しかし…」




 自分から闇雲に探すのではなく名を上げ向こうから見つけてもらう手立てにする、現状の最適解しかしルナの心には暗雲足る気持ちが募る。




「マスターをいたずらに足労させるとは」




 本来ならばこちらから馳せ参じ真っ先にお迎えに上がるべきだ、それをコロシアムでの興行という迂遠な手段に頼り、あろうことか主人の方に労を取らせる形で再会を果たそうとしている。


 この判断がたとえ論理的には最善であったとしても忠義に悖る所業であることに変わりはない。




 ルナは俯き拳を握った。




「どうか不忠をお許しくださいマスター」




 ルナの記憶の奥底にはケイオスとの出会いが鮮明に刻まれていた。


 かつての自分は廃棄されたスクラップの山に紛れた、ただの動かぬ機体に過ぎなかった、打ち捨てられ朽ちるのを待つだけの存在、そこに手を差し伸べたのがケイオスだ、ただのスクラップであった自身を選んだその行為に合理的な利は無くルナは今でも明確な答えを見出せずにいる。


 それでもその日が今のルナのすべての始まりだった。




 機体が修復された当時ルナには何の力もなかった、そこからまずメイドという職を学び、次に踊り子など非戦闘系の技能をも身につけていき最終的には戦闘職としての研鑽すら受けた。




 その果てに今レベルという数値上ではケイオスやその仲間たちと同等の強さを得るに至っている、何より機の世界の技術のすべてを注ぎ込んだ可変性の大槍、ケイオスですら数えるほどしか持たない、頂点のランクに位置する武器、神器、それを託されているという事実をルナは今でも誇りとして胸に刻んでいる。




「必ず、必ずお迎えに上がります」




 なぜ自分にここまでの力を与えたのか解らない、ただ出来るのは与えられた全てを余すことなく体現し続けること、それこそが自分の存在する理由だと確信していた。




「……ああ、そうですね」




 考えに没頭していたルナは街を見下ろしながらふと思考の糸を手繰り寄せた、マスターこそが自身の存在理由はぐれている現状にある今は猶更のことだ。


 そんな自分が少し前、本来なら無関係であるはずの争いに手を出した。




「強く美しい少女を愛するマスターならばああしたでしょう」




 あの時の横やり主の命令以外の行動理由を持たない彼女が動いたあの時の事、彼らに語った言葉は事実であった、だが。




「気づかぬうちに、感傷的になっていたようですね」




 あの日届いた弱々しいシグナル、消え入りそうなほど微弱な救難信号、満身創痍でそれでもなお主人をエルミナを守ろうと足掻いていたアルマの発信していた信号。


 その中に込められていた思いと言葉は紛れもなく自分と同じものであったからだと。



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