【外伝】コロシアムの役目
ヴァルガイルのコロシアムとは単なる娯楽の域を超えた存在だ、その存在は長い歴史も合わせて一種の聖域とも扱われている。
名ばかりではない、王国全土はおろか南方からすら腕自慢が集まってくるのだ、秘宝と技術が眠る迷宮と隣り合わせであり国の最先端でもある、つまり強者の到達点こそがここでありその闘士の頂点、チャンピオンの栄光は果てしなく王国全土に広がる。
素手、武器、複数、自動人形、無差別。
亜種のクラスもあるが最も基本のこの五つ、このクラスの頂点の階級まで昇りつめた者だけがチャンピオンの栄光を手にすることができる。
チャンピオンはその一人一人が国の正規軍が誇る最高戦力すら上回ると言われ並の冒険者や兵士では触れることすら叶わない、コロシアムに迷宮すらお膳立て、彼らの存在こそがここヴァルガイルを特別な場所へと押し上げているのだ。
※
「…なんだよ!?」
「そうですね、把握している情報の通りです」
あの後盛大に笑いながらボルツは去っていった、それだけメイドが宣言した言葉は荒唐無稽であったからだ。
「君が凄いってのは解るけど…チャンピオンは凄いなんてもんじゃないんだ、僕も試合を見た事あるんだけど…もう、こう、無茶苦茶で⋯あんなの化物だよ戦うとかそんな事を考えられる存在じゃないんだ」
「そうですか、エルミナ、貴方の目からはそう映るのでしょう」
「………………………」
ボルツとの会話でもそうだったが感情と言うものが無いかの如くこのメイドの自動人形は喋る、しかし決してないわけではない、彼女にはしっかりとした意思も目的もある。
「なんであれ私はチャンピオンにならないといけない理由がありますので」
「…そうだね、主人に会うためだからね」
「はい」
簡潔な受け答えのままだが、主人に会うためというエルミナに対するその言葉には確かな熱量が込められていた。
※
あの後、ボルツが去ると同時にアルマの機能が停止した。
エルミナは慌てて整備を始めたが手持ちの工具や設備だけでは修復することができない、そして自分一人では持てない重量、結論としてルナに頼み込んで工房まで一緒に運んでいたのだった。
そんな運ぶ途中エルミナは彼女からいくつかの話を聞いていた、彼女の名前はルナ、チャンピオンになるのは自分の存在を広く知らしめるため、それによって現在はぐれている主人へ自分の存在を伝えるためだと。
エルミナは相槌を打ちながら運んでいる、闘いを終えて今は自分の腕の中で沈黙するアルマへと視線を落とした。
ルナは流暢に言葉を紡ぎ感情らしきものすら滲ませる、しかしアルマは喋らず表情すらない、ただの道具そう言ってしまえばそれまでだ、しかし。
(緊急信号…シグナル…)
彼女がやってきた時に言っていた何のことか解らない言葉、それを聞いた結果なんとそれを出していたのはアルマだとルナは答えた。
エルミナはアルマの全ての構造を理解した訳ではない、むしろ解らないパーツの方がずっと多かった、手を付けたのは外装や稼働部だけである。
(アルマ、君は何を考えているんだろう)
あの時に自分を助けようと発信してくれていたのか、それとも備わっていた機能が偶然動いただけなのか。
しかしエルミナは思う、こうして流暢に自身の気持ちを語るルナがいる、だからきっとアルマにも気持ちが心あるんだと自分を助けようと想っていたのだと。
「初めはこの国の征服を考えましたが、当機一体でこの国土を掌握は非効率だと取りやめました」
「えっ?」
考え込んでいたエルミナは思わず声を上げ隣を見る、冗談だと思いたいがルナの表情はぴくりとも動かない、涼やかで淡々とした顔がそこにあるだけだった。
(本気で言ってる⋯?)
追及したくなるが答えられたくもない、エルミナはこの件は深く考えるのをやめそっと視線を逸らし、今はただ沈黙する腕の中のアルマを見つめるのだった。
※
岩壁を利用した簡素な空間、拾い集めた金属片や工具があちこちに積み上げられている。
狭く粗末な住処エルミナの工房、その中央には丸い頭部と寸胴な胴体の自動人形が一度は無くなった場所に鎮座していた、エルミナはようやく落ち着ける場所に辿り着きほっと胸をなでおろす。
「では、私はこれで」
「あ…もう?」
ルナがそう言ってあっさりと踵を返そうとする、エルミナが呼び止めようとするとルナは足を止めて答えを返す。
「しばらくはこの街に居ますので何か面倒事があれば力にはなります、先に申し上げた通り貴方を助ける事はマスターも望む事でしょうから」
「…わかった、今日はありがとう、でも…いつか借りは返すから」
「それは貴方には難しいでしょう」
「…っ」
突き放すわけではない淡々とした事実、力を貸してくれるからこその無力感をエルミナは改めて突き付けられる
「…うん、そうだね、僕じゃきっと無理だ」
「はい」
「でも、僕だってこのまま終われない」
「………………」
「ルナにもアルマにも今日は助けられるだけだった、でも今はだ、ボルツ…あいつだってまた来るはず…だから絶対に今より強くなってやるから!」
ルナがまた立ち止まり沈黙が数秒続いた、そして振り返りエルミナの顔をじっと見る。
「いい面構えです、貴方を助けたのは間違いではありませんでした」
その顔は文字通り鉄面皮のルナが初めて、僅かばかりだが笑みに近い表情をしていた、そして
「その姿、マスターが見ればきっとお喜びになるでしょう、強く、美しい少女の姿です」
「!?!?」
飛びあがり妙な動きをするエルミナ、特段それを気にした様子もせずルナは続ける。
「こうした治安の悪い場所で隠し生きる逞しさ、だからこそ滲み出るその美しさ、この逸材をマスターにお伝え出来ないのが非常に残念でなりません」
そしてまた背を向け今度こそ振り返らずルナは簡素な出口へと消えていく、後には隠していた秘密を見抜かれて慌てている少女、そして表情の無い顔が何処か満足気に見えるアルマだけだった。
※
あらゆる要素から一都市の範疇には収まらないヴァルガイル、いつしかここは国でも治外法権めいた扱いまで受けるようになっており表裏関わらず様々な勢力のるつぼとなっている。
無論そんな事をしていれば首都からは決して好意的に見られていない、むしろ目障りな存在として扱われることの方が多い、幸か不幸か首都から遠く離れすぎている事により放置されているが国の静かな火種として見られているのがこの街の事実であった。
そんな街の頂点に立つ人物、ダリウス・ヴォルグレイン、ヴァルガイルの領主でありコロシアムの主催者でもある男。
その性格は根っからの野心家、力こそが全ての価値観のもと種族や身分に関わらず、強い者であれば誰であろうと厚遇し取り立ててきた、結果古くから伝わるコロシアムは彼の代で益々の成長を果たした。
治外法権にも似たヴァルガイルの領主はダリウスにとって都合の良い土壌でもあった。中央の目が届きにくいこの地を足場に独自の勢力基盤を着々と築き上げている。
そしてまことしやかに囁かれる噂が一つあった。
ダリウス・ヴォルグレインは長きにわたり王権に対する謀反の芽を密かに育て続けている、と。
※
コロシアムの一室、ダリウスの執務室。
そこは質実剛健を絵に描いたような部屋だった、装飾らしい装飾はなく無骨な椅子と机が中央に据えられている。
壁際には本棚が並び、隙間には歴戦の傷を刻んだ剣や盾がいくつか飾られており様々な戦の記憶を留めるように静かにそこに佇んでいる。
「失礼します、閣下」
入ってきたのは街の情報を取りまとめる部下の一人だった。
「報告か、何用だ」
「はいコロシアムの新規参戦者の中に少々見過ごせない噂が立っている者がおりまして」
「ほう」
ダリウスの目に興味の色が差した、強者の話となれば真っ先に耳を傾けるのが常だった。
「凄まじい強さと勢いで急速に名を上げている闘士がいるそうです」
「ふむ」
「して、どういった調子だ?」
「はい、闘士選別の当初からこの闘士の事は報告が上がっておりましたが以来連戦連勝、まだ一度も負けを知りません、闘士となって数日程度ですが岩級はすでに抜けております次のランク突破も間近かと」
「ほう…」
ダリウスの興味はさらに深まっていく、しかしそれだけならまだ無くもない話、わざわざ自分の耳に入れるほどの話ではない、この程度で報告が上がってくるということはその先に何かがある証だ、部下は言葉を選ぶように続ける。
「この者は人ではありません、いえ、人種という意味ではなく」
ダリウスの眉が僅かに寄る、コロシアムの参加する者は性別も人種も無い唯一区別されるのはただ強さだけ、ならば。
「…その者は自動人形だったと言う事か?いや待て…選別に参加したと言ったな?」
自動人形のクラスはコロシアムにある、だがそもそも機械技師そのものが希少な存在であり人形は最低限の性能であっても並みの闘士を凌ぐ力を持つ。
ゆえにコロシアムの階級付けにおいても自動人形は最低でも他の階級の中位からのスタートとされる特殊な階級として扱われている、そしてそこには技師と機体が組んで登録すると言う前提がある。
「はい、受付の段階では見落としており通常の闘士として扱っておりました、それほど人と見分けがつかず気づいた時には現状です、自動人形が一体、いえ一人の闘士として参加したのです、これは前例のないイレギュラーとなっており今後どのクラスに分類すべきか対応を保留しております」
「なるほど…それは面白い」
ダリウスは椅子の背に体を預け、口元に薄い笑みを浮かべた。
※
コロシアム、銅級の闘技場。
それは岩級の次の階級、岩級は闘士としてあくまで最低限の参加権、興行として舞台に上がるのはさらに銅級に上がってからであった。
故に銅級は最も小さな舞台でありコロシアムの中でも末端も末端、その観客席はまばらで物好きな見物人か闘士の関係者がぽつぽつと座っている程度に過ぎない。
その狭く粗末な砂の舞台に小柄な影が立っていた。
対峙するのはまだ垢が抜けきらない若い闘士、支給された刃引きの剣を握る手にはじっとりと汗が滲んでいる、最低限の戦う術は身についている、それでも目の前の存在に何もすることが出来なかった。
「なんなんだ、こんな…何があったんだ…?」
呆然と呟いたのは、たまたま砂の端に転がっていたことで巻き込まれずに済んだ最後の一人だった、周囲を見渡せば他の闘士たちが折り重なるように倒れている、誰一人として意識を取り戻す気配は無い。
銅級に上がりこれからだという気迫はあった、勿論周りの連中も同じ事であり彼は油断する気も無く闘うつもりであった…しかしそれすら許されない隔絶ととした差。
「これが最も規則に従った、ここでの闘争なので」
小柄な影が抑揚のない声でそう答える。
「では」
無感情で淡々とした声音のまま、次の瞬間には最後まで運良く無事だったはずの闘士もまた白目を剥いて崩れ落ちていた。
※
闘技場が騒めいている。
「な、なんだ今の……もう終わりか?」
「一瞬すぎて何が起きたか見えなかったぞ」
少ない観客からも困惑と不満の声、それを見ている係りの者の声も。
「飛び級とかで上に上げられないのか…」
「昇級にはひとまず既定の勝ち星がいるしな、ただこんな試合続くようじゃ観客も沸いてないし困るよな」
「というかあの闘士の技師はどこにいるんだ?」
「知らねえよ…人形が一般枠から単独参戦って前代未聞すぎるだろ、上の対応はまだなのか?」
誰もが困惑を隠せないまま意識を失って倒れる闘士たちを次々と運び出していく、舞台の中央では当のルナだけが涼しい顔で佇んでいた、今しがた起きた出来事が自分には何の感慨ももたらさなかったとでも言うように。
※
「恐らく階級を上げる事だけを念頭に動いていると思われます」
部下は淡々と報告を続けた。
「対峙した相手は即敗北と例外の無い気絶、それ以外の結末は一切ございません」
コロシアムはあくまで興行、血沸き肉躍る戦いは求められても生死の境を彷徨うような凄惨な死闘は望まれていない。
どのクラスでも共通して戦闘不能に陥った時点で試合は終了とするのが原則、結果として不慮の死に至る例が無いにしろそれを意図的に狙う者には重い罰則が科される、そこから外れる試合形式もあるにはあるがこれがコロシアムの根柢の掟である。
「ああ、一秒でも早く階級を上げる事だけを目標としたそんな闘い方だな、困った事だ」
ルールに乗っ取ってはいる、だが勝ちを重ねるだけの試合もコロシアムにとっては望ましくは無い、ダリウスはしばし黙考した後椅子から身を起こすと口を開く。
「囲い込みの手筈を整えよ、方法はいつも通りで構わぬ」
「はっ」
これまでも幾度となく繰り返してきた典型的な展開、頭角を現し始めた有望な闘士を自らの陣営へと引き込む。
力さえあれば種族も身分も問わない、その方針で彼はこれまで多くの強者を取り込みコロシアムを育て上げてきた。
「さて…何が目的なのだろうかなこの新しい闘士は」
ダリウスの目に獲物を見定めるような光が宿った。




