【外伝】謎の自動人形
ヴァルガイルの街並みはそのすべてが異質なわけではない。
ダンジョンを開拓した区域以外のほとんどは石造りや木造の建物が並ぶ、街の区画や建築様式も王国の他の都市と大きく変わらない。
他の都市に比べれば機械の物品も多いがあの区域が別格なだけで都市の全てにいきわたるほどは無かった。
ただこの都市には一つだけ明確な違いがあった。
「…………………」
歩くごとにズシリと周りに重く響く音、大人の背丈を軽々と超える巨体、丸みを帯びた頭部と胴体はのっぺりとしており武器らしい武器も装備していない。
それでも太く頑丈な手足からは、人間とは比較にならないほどの力を秘めていることが伝わってくる。
自動人形は周囲を気にする様子もなく、一定の歩調で街を進んでいく、その周りでは子供たちが楽しそうに駆け回っていた。
「見て見て! 今日もいるよ!」
「大きいなあ!」
「触ってもいいのかな?」
自動人形は子供たちに囲まれても何も反応せず、ただ黙々と歩き続ける。
ここヴァルガイルでは本来ダンジョンにしか存在しない機械人形が街中を歩き警備、荷運びなどの仕事を担っていた。
人より遥かに膂力に優れ疲れ知らず、唯一の難点は一体一体が非常に高価な事だ、よって所有者の多くは街の有力者や大規模な商人、あるいはダンジョン開拓に関わる者たちに限られる。
そんな彼らを造り操る機械技師は他の都市の魔法使いと同じ立ち位置、いや利便性ならそれ以上の扱い、冒険者でも兵隊でも貴族の私兵でも誰もがその力を欲しがるのだ。
※
「…って事だ、解ってくれたか?技師も自動人形も金の卵なんだよ、そいつもお前もそういう事だ」
攻防からしばらく、ボルツはアルマから一撃すら拳を受ける事すらなく平然としていた。
対称的に自動人形、アルマは関節部から、キィ、と軋んだ音が漏れていた、右肩の駆動部は仄かに赤く発熱している。
過負荷の証だった、装甲の継ぎ目からわずかに白い蒸気が漏れ動くたびに小さな異音が混じる、まだ動けるが長くはもたない、エルミナにはそれがわかった。
スクラップ同然の姿から自分の手で一つ一つ配線を繋ぎ直したのだ、限界も誰よりも知っている。
このまま抵抗を続ければアルマは壊れる。
エルミナは奥歯を噛んだ、勝ち目はないここで意地を張ればアルマを失うだけ
(この男の傘下に入るしかないのか…?)
その考えが浮かぶと同時に胃の底が重くなった、ボルツの下につけばこれまでのような暮らしはできなくなるだろう。
この男の言う「商売」が何なのかチンピラの態度を見れば察しがつく、荒事、脅し、恐らくはそれ以上のことにもアルマが使われる。
「こいつらのせいで印象が最悪になっちまっただろうが別に悪いようにはしない、むしろこれからお前の生活は今までとは比べ物にならないほど豊かになる、素直に聞いてくれや」
エルミナは俯いていた顔を上げた、震える体のまま顔を横に振る。
「…じゃあ聞くが、お前は何をしたいんだ?断ってどうする気だ?自動人形を何に使う?」
ボルツが片眉を上げ訪ねる、それは苛立ちでは無く純粋な疑問であった、自分の提案は決して悪い話では無いのにと、エルミナは帽子とゴーグルで隠れがちな目を大きく開く
「自動人形は持ち主の言う事に逆らわない、全てに従ってくれる」
「そうだな、こんな都合の良いもんはねえよ」
「だから、僕はアルマに誰にも恥じない自動人形にしたいんだ!命令を何でも聞く…だからって後ろ暗い事をさせたくない!あなたの下につくつもりはない!」
「……………………」
ボルツの余裕を持った面は初めてここで崩れ飽きれたような顔になる、そしてそのまま渋い顔へ。
「やれやれ、青い…青すぎる」
そして最後には真顔になり、構える、空気が変わった。
「スクラップにならない程度に砕く…動かなくなったそいつを貰っていくとしよう、価値は落ちるがしょうがねえ」
ボルツは腰を落として構えるそこには先ほどまでには無い凄味が溢れる、それは気迫だけでない実際に体の周りに淡く光る何かしらのエネルギーが浮かぶ。
全身から立ち上るような圧でエルミナの身体が締め付けられる。
「坊主、世の中はどうしようもない事の方が多い、今の内から理解しておけ」
目の前にいるボルツにはとても届かない隔絶した力がある、エルミナは今ボルツの発する何かの力で体が竦んでその場に縫い付けられたように動かない。
「……………」
そんなエルミナの前にアルマは音もなく進み出た。
異音を出し、限界に近い、それでもその腕を静かに持ち上げる。
丸いボディに赤い眼光ただ関節の駆動音だけが微かに軋みながら鳴っていた。
アルマに表情と呼べるものはない、言語を話す機能も無い、何を思っているのかそもそも思うという機能があるのかはエルミナも分からない。
それでも壊れかけの装甲の隙間から覗く内部の機構は、僅かに震えるように駆動しエルミナを守るためボルツを正面から見据えていた。
「……アルマ」
勝ち目はないそれでも自身のために構える自動人形にただ名前を呼ぶ事しかできなかった。
※
「ッ!」
ボルツが息を吸い込み呼吸を止め、その鋼鉄の拳を振りぬいた。
爆発的な音と加速が起こる、エルミナそしてアルマも反応すら出来なかった。
瞬く後にアルマは砕け散り剥き出しの部品となって地面に転がるだろう。
だが、その瞬間は訪れなかった。
ボルツの拳が振り抜かれた直後。
丸太のようなボルツの金属の剛腕を、何処からか伸びた白く小さな手がそれを軽々と受け止めていた。
「…………っ!?」
音もなく突然と現れたその姿は無表情で佇んでいる。
黒と白を基調とした配色、長いスカートにエプロン、あちこちにはフリルがあしらわれている。
どこかの屋敷からそのまま抜け出してきたような姿。
それは余りにもメイドらしいメイドだった。
※
ボルツの体が弾かれたように後方へ跳んだ、義手を軸に地を蹴り三メートルは飛び退いた、着地した後もその顔には隠しきれない動揺があった。
(止められた……? 今の一撃を……?)
拳を振り抜いた感触がまだ腕に残っている、それをまるで木の枝でも掴むかのように片手で受け止められた、警戒を最大限に上げていく。
(どこの勢力だ?こんな奴がこの街に居たのか?まさかベスティアの手の物か?)
一方のエルミナも、目の前の光景に思考が追いついていなかった。
(そんな…一体…どうやって)
その姿はどこからどう見てもただのメイド、だがたった今その細い腕が見せた動きは異常としか言えない、あのボルツの一撃をあの細腕一つで止めたのだから。
(わからない、でも助けてくれた…?)
混乱と警戒がない交ぜになったまま二人の視線が乱入者へと注がれる、そして、気づく、ほとんど同時に声が重なった。
ただのメイド衣装だと思っていたその姿、だが。
「……お前、自動人形か」
「え……自動人形!?」
「はい」
淡々と謎の乱入者は答える、一見すればクラシカルなメイド服を纏ったただのメイド、だがその造形は人間とは根本的に異なっていた。
肌も、袖口から覗く手足も、すべて金属製だった、人間の肌に近い滑らかさではあるが色は艶やかな白一色と金属の光沢があり生気を感じさせない。
目もまた同様に生物の眼球に非常に近いデザインというだけで生身ではない、この都市では見かけるレンズで出来ていた。
(よく見たら…服も、全部金属だ)
エルミナは気づく生地としか思えぬ薄さでありながら、裾や襟元では幾重にも重ね合わされ皺一つなく体に沿っている、服ではあるが服と言う言葉が余りにも相応しくない、それは彼女の「装備」であった。
(…ここまでの完成度は初めて見た)
顔の広いボルツだから言える、裏社会から表両方、冒険者の最高ランク、王国の精鋭、コロシアムの頂点に君臨するチャンピオンですら、これほどの自動人形は連れていない。
先程の自分の拳を受け止めた事以上に、関節の駆動音一つ聞こえない身体、人と変わらぬ喋り方、恐らく完全な自律思考を行っている姿。
(性能も、造りも、常識の外だ)
これまで見てきたどの機体とも一線を画す出来だった。
ボルツの喉が無意識に鳴った、獲物を前にした獣のような同時にどこか本能的な警戒を孕んだ響きだった。
「誰の差し金だ?」
ボルツの最大の警戒と威嚇を含んだ問いが投げかけられるとメイドは変わらぬ調子で答える
「いいえ、誰の差し金でもありません、ただシグナル、救難信号が飛んでいたので足を運んでみただけです」
「救難信号…?」
ボルツが眉を寄せる、そんなもの聞いたこともないと言った顔だ、だがそれより
「じゃあ何だ?誰かに頼まれたわけでもない、たまたま通りがかっただけって言うのか?」
「はい」
「………………………」
(こんなのがたまたま通りがかってたまるかってんだ…まあいい、それよりこの簡潔な受け答えは自動人形らしいと言えばらしい)
ボルツは無精髭の顎を撫でながら目の前のメイドを値踏みするように見つめた。
自動人形でも最上級の物は自律思考を持つ、ボルツ自身何度か見た事がある、命令をなぞるだけでなく自ら判断し言葉を選んで返す、目の前の機体は間違いなくその類だ。
(こういった最上級の人形は尋常じゃない戦闘力を併せ持つ…こうなると下手に力尽くで進めるもんじゃねえな)
「じゃあ俺の邪魔をする理由もないはずだ、お前にゃ関係ねえ話だろ?」
(拳を止められはしたが…今俺は攻撃を受けていない、救難信号が何か解らねえがさっきの仲裁は戦闘行為を止めるという緊急的な判断のはず、敵として俺を見てる訳でもガキの味方でもない、なら)
「なんなら今俺とその坊主がどうして争ってたか、詳しく話してやってもいい」
※
しばしボルツはこれまでの経緯を語った、最後に。
「自動人形は金を生む…ましてや所有者はこんなガキだ、これから先も金目当ての馬鹿に狙われ続けるだろうよ、俺はむしろお上品に話をしに来た方だ」
エルミナは唇を噛んだ、言葉が出てこない、ボルツの言う言葉は自分の都合だとしても筋が通っていた。
アルマが目覚めなければ先ほどのチンピラにすらやられていただろう、どうしようもない無力感からエルミナは押し黙っていた。
(僕じゃ…アルマを守る事が出来ない…)
「って訳だ、解ったら引いてくれや」
ボルツはそう締めくくり、メイドを見た。
その答えに機械人形のメイドは何も返さなかった。
代わりに温度を感じない視線が、エルミナへそして今も変わらず主人を守るように前に立つアルマへと向けられる。
「それは」
淡々と答え続けていたメイドが初めて一拍、答えに間を置いた、そして静かに言葉を紡ぐ。
「出来ませんね」
「何故だ?」
「マスターならば、あちらを助けたでしょうから」
「………………」
(こんな規格外の人形でも、主人は居る、か)
「っは、そりゃしょうがねえな」
(こいつの主人がどんな奴か不明だ、だが自動人形の行動基準が主人の意向を違えることだけはない、虎の尾を踏む可能性もある…潮時か)
ボルツは瞬時にそう判断し矛を収めることにした、だが、収めるにしてもただでは引かないと得ようと話し続ける。
「だが何だ?じゃあお前はこれからその小僧をお守りし続けるのか?」
「いいえ、私にはやる事がありますので、ただ、しばらくはこの街に滞在する予定です」
「その間ならばついでに保護をする事は効率的と言えます、マスターもお喜びになるでしょう」
「っははは、ついでと来たか…そうかい、よくわかったよ」
ボルツは今度こそあきらめをつける、義手を肩に担ぐようにして踵を返した。
「今日はこのくらいにしといてやる、しばらく街に居るならまた会う機会もあるだろう、メイドさんよ俺はボルツだ何か用が出来たら探しに来な…小僧お前もな」
「ええ、用があれば」
「…っ」
最後にエルミナにも顔を向けて言い放ち去っていく、が思い出したかのようにボルツが足を止め振り返る。
「最後に一つだけ聞かせろ、お前、この街で何をしでかす気だ?」
メイドは一切の間を置かず変わらぬ淡々とした声で答えた。
「コロシアムのチャンピオンになる事です」
「…は?」
ボルツの足が完全に止まった、今日何度目かの沈黙が路地に落ちる。
裏社会に生き修羅場も伊達や酔狂もひととおり見てきた男が今の瞬間だけは間の抜けた顔を晒していた。
エルミナもまた言葉を挟む隙すら見つけられずにいた。
次から次へと常識の外を行くこのメイドに驚くことすら追いつかなくなっていたはずの記録が、今の言葉でまた塗り替えられた。




