【外伝】鼠の争い
その日もエルミナはいつものようにダンジョンで使えそうな物を集めた。
金属片、古い歯車、用途の分からない小さな部品、いくつかを袋に詰めいつものように自分の工房へ戻る。
「ただいま」
岩壁を利用した小さな空間。
自動人形の修復も間近、明るい気持ちでそこに足を踏み入れた瞬間、エルミナは言葉を失った。
「…………え?」
中央に鎮座していたはずの機械人形だけが跡形もなく消えていた。
「……ない」
エルミナはその場に立ち尽くす、何度見回してもどこにもない、工具やパーツはある、しかし工房の中心にあったはずの機械人形が無い。
「……なんで……?」
やがて作業台の上に一枚の紙が置かれていることに気づいた、震える手で拾い上げる、そこには乱雑な文字が書かれていた。
『大事な物が欲しけりゃ街の外れまで来い』
『一人で来い誰かに話したらこいつは壊す』
最後に見覚えのない印が雑に描かれていた、エルミナは紙を握りしめる、生きることしか考えていなかった自分に初めてできたもの、自分が初めて見つけた目標。
「…っ!」
大きな帽子を深く被り直しエルミナは走り出した。
※
街の外れ、そこはかつてダンジョンから運び出された廃棄物の集積所だった場所だ、今では滅多に人も来ない、整備もされず崩れかけた壁と錆びた金属の山が夕日に赤く染まっている。
エルミナは足を止め荒れた息を整える余裕も無くあたりを見回す、指定されたのはここ、ここに居るはず…その時。
「お、来た来た」
気の抜けた声が廃材の陰から聞こえる、次いで現れたのは二人の男、どちらもろくに手入れもしていない身なりで一人は手に鉄パイプを持っている。
「ちゃんと来たみたいだな」
「そりゃそうだろ、大事なもん取り返しに来たんだからよ」
二人はにやにやと笑いながらエルミナの全身を品定めするように眺める。
「……どこに、やったんだ」
エルミナは低い声で問う、帽子のつばの下から金色の瞳が鋭く光る。
「あ?ああ」
一人が親指で背後を指す。
そこには使い古しの毛布がかけられた人型の何かが横たわっていた、毛布の端から磨かれた金属の腕が覗いている、確認したエルミナの肩が震える。
「……!!」
「そう怖い顔すんなよ何もしてねえってちょっと借りただけだ」
「というかよお前すげえな、スクラップ同然だったこいつをここまで直すとか」
男たちの言葉にエルミナは小さく拳を握った、鉄パイプを肩に担いだ男が一歩前に出る。
「まあ同じ鼠じゃねえか仲良くしよううぜ?」
「お前自動人形を直せるんだろ? だったら俺たちの言うことを聞けよ悪いようにはしねえ」
勝手な理屈を並べたてながら男たちがまくしたてる、ヴァルガイルのダンジョンは広大だ、一説によると拡張すら起こっているというものまでいるほどに。
しかし時には探索者同士が鉢合わせる、協力する事もあれば報酬を奪い合うなど争う事もままあった。
(もうあそこはほとんど誰も来ない場所だからって気を抜きすぎてた…!)
エルミナが歯を食いしばりながら堪えて答える
「何を企んでるんだ」
「こいつを動かす方法を教えろ。そしたら返してやる」
「…動かす、方法」
「そうだ、簡単だろ?」
男たちが自動人形を奪おうとしてる事くらいは直ぐに理解した、当然そんな事を教える訳にはいかない、しかしその前に。
「あの子は……まだ、動かない」
「は?」
「誤魔化してんじゃねえだろうな?」
「…………………」
教える教えないの前にまだエルミナは人形を起動させられていなかった。
返答しないエルミナに男たちは顔を見合わせる。
(もう出来そうな所は全部触った…動いてもおかしくないんだ、そのはず…でも、どうしても動いてくれない)
エルミナは自動人形の修復を終わらせていたと言う感覚があった、だがどうしても動き出さない、最後の一歩で躓いている所だった。
「なんだよ使えねえな…クソ重いのにここまで運んで来たってのによ」
「まあ待てよ、まだ動かねえってことはよ、これから動くようになるってことだろ?だったらこいつが完成するまで預かっておくってのはどうだ?」
「そうだな、まあもし無理だとしても売り飛ばしちまおうぜ、動かなくてもここまで綺麗なら技師に売れるだろ」
「売り……飛ばす……?」
「そうだよ、どうせお前みたいなガキが持っててもしょうがねえだろ?」
「いい金になるぜお前には感謝しねえとな、スクラップを寶物に変えてくれてよ」
勝手な考えを言い合いながら二人は声を上げて笑った、夕暮れの廃墟に虛しく響く。
「……返して」
「あん?」
「あの子は……僕の……」
帽子のつばをぐいと引き上げ、金色の瞳で男たちをまっすぐに見據える。
「うるせえな!」
片方の男が乱暴に鉄パイプを構えてエルミナに向かう、その瞬間エルミナが震える手を男へ向けた。
隠し持っていた手のひらに収まる機械から青白い閃光が走り、放たれた電撃が男の身体を打ち抜く。
「ぐあっ!」
男の身体が大きく跳ねる、だが倒れず踏みとどまる。
「っ……てぇな……!」
「っ!?」
電撃そのものは確実に男へ伝わっているが耐えられていた。
「っはんな玩具で俺を止められると思ってんのか?」
「お前だって探索者だからな、俺らが何も用意してないとでも思ったか?」
「そんな…」
腐ってもダンジョンを探索する者、最下層の鼠とはいえ若い男達には備えがあった。
彼らの衣服にはダンジョンの罠、最も多い雷の力を使った罠を想定への耐久性を高めた繊維が使われており簡易的な絶縁処理が施されている。
男が痺れる腕を振りながら再びエルミナへと近づいていく。
「意味もなくこんなところまで呼び出したとでも思ってんのか?」
「お前の工房だとどんな小細工してくるか解らねえからな…でも今は限度があるだろ?ほれ何かあるなら出して見ろよ」
「………っ」
思わず後ずさる、まだいくつか装備はある、しかしダンジョン探索に合わせた装備をこの男たちはしている。
自分の武装は正にそのダンジョン産の物であり効き目が薄いであろう事をエルミナは理解していた。
(どうして…あと少しで、後少しなのにこんなところで)
男たちがじりじりと距離を詰めてくる。
「多少痛い目見た方がいいようだなあ?」
「…っ」
絶体絶命、どんな手段を考えても乗り切る手段が無い、そして最後に脳裏に浮かんだのはただ一つの名前だった。
動き出したら付けようと思っていたその名前、希望であり夢であり鼠の自分に意味を見つける事の出来たその人形の名前。
「……アルマ……」
「あん?」
男が怪訝そうにする、もう目の前まで来ていた、それでも、もう一度叫ぶ。
「アルマ!!」
その言葉と同時に。
ブゥン
微かな駆動音が男たちの背後から唸った。
「……あ?」
男たちが振り返ると毛布がゆっくりと持ち上がっていた。
そして下から機械人形がまるで糸に引かれるようにして状態を起こし、その両眼がかっと赤く発光する。
「な、なんだよ……動かねえって言ったじゃねえか!」
鉄パイプの男が數歩後ずさる、自動人形は動きを止めず立ち上がる一切の迷いを見せずまるで最初から決められたようにその右手が握り拳を形作る。
「お、おい、なんだお前こいつに何を」
男の台詞はそこで途切れる、悲鳴を上げる間もなく。
ゴッという鈍い音が響く。
見た目に反した素早い動き自動人形の拳が最も近くにいた男の脇腹にめり込んだ。
「ぐはぁっ!」
男の身体がくの字に折れ曲がり廃材の壁に叩きつけられるようにして吹き飛ぶ、鉄パイプがカランカランと虛しい音を立てて転がった。
残った男の顔から血の気が引いていく。
「ひ、ひぃ……!」
自動人形はゆっくりとそちらに首を向ける、赤い眼光が獲物を定めるように男を捉えた、一歩、また一歩と無機質な足音が近づく。
「た、助け……」
迫る自動人形から男は這うようにして後退る、腰が抜けたのか足がもつれてまともに動けない、ようやく立ち上がったかと思うと悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。
その背中に向かって自動人形が踏み出すがその動きは途中で止まった、赤い眼光が数度瞬き拳を下す、そしてエルミナに顔を向け、指示を待つかのように静止した。
エルミナは信じられない思いで一連の行動を見つめていた。
(動いた……動いた!)
何故ここになって動いたのか、疑問が頭の中を駆け巡るが今はそれどころではない。
「……アルマ」
今は自分の前に佇むその自動人形、自分の付けたその名を呼ぶ、アルマと呼ばれた自動人形が細かな軌道音と共に頭頂部がエルミナを向き見据える。
そのままエルミナは動き出した人形の傍に近寄ろうとして。
「ぐえっ!」
間の抜けた悲鳴が響き続いて何かが吹き飛ぶ鈍い音、直ぐにボロ雑巾のようになった男がエルミナの近くまで転がり込んできた。
「……え?」
エルミナが顔を上げる、それはつい先ほど逃げ出した男だった、白目を向いて細かく痙攣している。
何か強い衝撃で吹き飛ばされたようなそんな有様。
次いで廃材の影からゆっくりと歩いてくる人影があった、夕日を背にしているため表情は見えないがその体格は先ほどのチンピラたちより二回りは大きい大男。
「適当な話かと思ってたんだが、本当だったとはな」
低く落ち着いた声が響く、男は転がっているチンピラを一瞥し溜息を吐く。
「まあ…本当だったらだったでこんなざまだがな…やれやれ」
呆れたような口調だった、しかしその目は笑っていない。男はずかずかと歩みを進めエルミナと自動人形の前に立ちはだかる。
ようやくその相貌がはっきりと見えた、年の頃は三十台か四十台か無精髭に覆われた顎、太い首、地に足の生えたような佇まいには有無を言わさない質量を感じる。
そして印象的なのはその両腕だった、左腕は籠手のように見えるが右腕は肩から先から全てが金属で覆われている、無骨な鉄の塊のようだが動きにぎこちなさは全くない、相当の高精度な改造義肢だ。
「ほう…こいつが噂の自動人形か」
男は自動人形をまじまじと眺め、感心したように唸る。
「スクラップからここまで直したってのは、お前か?」
「………………」
エルミナは答えないただ金色の瞳で男を凝視する、先ほどの若いチンピラとは明らかに格が違う相手だと。
「口が無いのか?」
「だ、だったら、何だって言うんだ!」
「そうだな…色々と、やれる事が多いから一口には言えねえな」
男は肩をすくめる、その仕草にはチンピラ二人が見せたような怯えは微塵もなかった、自動人形を前にしてなお余裕すら感じられる。
「そっちの人形、さっき一人ぶっ飛ばしたってな」
ちらりともう一人先ほどアルマが殴り気絶させた若い男の方を見る
「アレでも荒事にはそこそこ出来る奴らでな、ソレを一撃で…いいじゃねえか」
「あいつらは……あなたの」
「部下ってほどじゃねえ、俺はボルツ、このあたりの探索者やら店やらの相談に乗ったりまとめ役したり…何でも屋だと思ってもらえばいい、今後は仲良くしてくれや」
ボルツと名乗った男は義手の指をぎしりと動かす。
風体に喋り方、エルミナは何でも屋の意味が真っ当な意味じゃない事を直ぐに察する。
探索者は真っ当な職とは言い難い、この都市の住民としての権利を持ってる者もほとんど居ない、居ないからこそダンジョンという危険な場で生きて一攫千金を望むのだから。
「間に合ってます」
「まあそう言うな、これは脅しじゃ無くて忠告だと思え、今回お前は不幸な事故と思ってるかもしれんが…こんなもんを造っちまった以上は遅かれ早かれだ」
「…っ」
必然ガラの悪い連中も増えそしてこれも必然、そういった連中を取りまとめる存在も生まれる、ボルツは恐らくそういった鼠などの頭役であろうとエルミナは想像がついた。
「坊主、鼠の内は気にしなくても良かったかもしれねえが、力を持てばそう言えなくなってくるんだ…これから先お前はこういう馬鹿に絡まれ続ける、だから仲よくしとこうぜ?」
そこで言葉を切りさらに一歩踏み出す、すると自動人形は即座に反応しその腕を持ち上げた、先ほどと同じように握り拳を作りボルツに向ける。
「おっと」
ボルツは微かに笑った、まるでそうなることを予期していたかのように義手を軽く掲げる。
「命令も無しに完全に護衛するか…いいじゃねえか」
ボルツが軽く踏み込み左の拳が唸りを上げて自動人形の顔面へと迫る、エルミナは息を呑んだ、避けられない距離だ。
自動人形もすでに動いていた、紙一重で義手をかわし同時に右の拳を突き出す、ボルツはそれをまるで解っていたかのように半歩引いてやり過ごした。
「ほう」
短く声が漏れる、ボルツの口元には笑みが浮かんでいた、先ほどチンピラを一撃で沈めた自動人形の拳が空を切った。
「運動には丁度よさそうだな」
※
そこから拳の応酬が始まった。
自動人形は容赦なく攻め込む、金属の腕が風を裂き、間合いを詰め、あらゆる角度から打撃を叩き込もうとする。
しかしボルツの体さばきはそのすべてを紙一重で捌いていく。
時折ボルツとアルマの鉄腕がぶつかり合うと重い衝撃音が響くがボルツの身体はわずかもブレない、涼しい顔のまま息は乱れず額に汗の一つも浮かばない。
「まあまあ速いな、悪くない」
ボルツは先程若い男を一撃で黙らせた自動人形の一撃を何のこともなく受け止めながらなお喋る余裕を見せる。
エルミナの目にはこの拳闘は速すぎて差など解らない、しかしそれでも。
(加減してる…力を見てる…)
アルマがどう使えるのか算段している、余裕の笑みを崩さない、この男は全く本気を出していない。
エルミナの心に焦りが再び生まれる、アルマの力で窮地からの脱出した、しかしまたしてもアルミナは窮地に追い込まれていた。




