【外伝】鼠のエルミナ
ヴァルガイルから北への道、そこは謎と危険に満ちた北方へ通じる巨大ダンジョンと繋がる危険な一本道。
しかし都市に近い一帯はとうの昔に探索され余すところなく開拓されていた、今ではもはや迷宮ではなく人々の生活圏そのものとして利用されている、商店や工房、宿泊施設までがダンジョンの構造に沿うように築かれている。
その景色は王国の他の都市とは明らかに異なっている、ヴァルス連合王国では首都でさえ金属製の建物は決して多くない、だがここは違う。
足元を覆うのは整然とした石畳ではなく継ぎ接ぎだらけの金属製の路面。
ところどころに赤錆が浮き油汚れや煤がこびりついている。
壁面を走る太い配管からは蒸気が漏れ頭上には無数の金属製の通路や配線が複雑に絡み合っていた。
建物もまた古びた金属板や鋼材を組み合わせた無骨なものが多い、珍しい電気式の薄暗い照明が路地を照らし機械の駆動音と人々の喧騒が絶えず響いている。
最も王国がここより技術が遅れているわけではない、王国は古来より伝わる魔法技術を基盤として独自の発展を遂げた結果、自然素材、魔導素材を用いた建築が主流であり全ての基本となっている。
そんな王国によくある姿とは正反対の煤と錆にまみれた街、そんな中の一人の小さな影。
大きなつばの帽子に顔の大半を覆うほどのゴーグル、身体には作業用のオーバーオールを纏い短く切り揃えた黒髪が帽子の隙間から覗いている。
腰や背中ベルトのあちこちには工具や用途の分からない雑多な道具が吊り下げられていた。
他の都市から来た人間が見れば、さぞ奇妙な格好に映るだろう、だがここヴァルガイルでは珍しくもない、特にこの区域ではこうした装備に身を固め機械技術に長けた者を技師と呼ぶ。
小さな影はそんな街並みで露店の前に居た、粗末な金属製の台には古びた部品や工具用途の分からない機械の残骸が所狭しと並べられている。
それらをゴーグル越しに眺め一つずつ手に取っては確かめるように眺めていた。
「冷やかしなら帰んな、こっちは見世物を並べてるんじゃねえぞ」
店主がぶっきらぼうに声をかける。
「冷やかしてるわけじゃない」
「じゃあ何だよさっきから一つ取っちゃ眺めて、戻して、また別のを眺めて……」
「使えそうなものを探してる」
「使えそうなもの?」
「うん作ってるものがあるんだ」
そう答えながらも視線は並べられた部品から離さない、古びた工具を手に取っては角度を変え、壊れかけた機械の内部を覗き込む。
その様子は買い物というより宝探しを楽しんでいるような気配すらあった。
「ったく別に見てるだけなら構わねえが、ずっとそこに陣取られるのもなあ」
「珍しい部品が多いから」
「まあダンジョンから拾ってきたもんだからな…ていうか違いが解るのか?」
「うん、解るよ」
(俺には解らねえんだがな…)
追い払おうとしても気にしないその様子に店主が鼻を鳴らす、そして一言。
「『鼠』がそんなことまでしなくてもいいだろ」
「………………」
「ダンジョンの浅いところで危険から逃れて日銭だけ稼ぐ、安全になった場所だけ歩き回って拾って売る、それだけ、鼠は鼠らしくしてりゃいいんだ」
「…知ってるよ、鼠って呼ばれてることくらい」
鼠、このダンジョンに置いて危険が無い所だけの素材を集めて日銭を稼ぐ者を揶揄する言葉、小さな影は目深にかぶった帽子で目元を隠したまま、それでも気にした様子もなく答えた。
「別に間違ってないし浅いところで拾って、売って、日銭を稼いでるよ」
「だったら」
「でも」
「手にしていた部品を台へ戻し、初めて店主へ顔を向けた。
「鼠にだってやりたい事があるんだ」
ゴーグルの奥の目は確かな光を抱えていた。
※
しばらく後、露店からいくつかの部品を選び代金を払って店を離れていった、何を作るつもりなのか本当に先ほどの話が事実なのか店主には最後まで分からなかった。
「…………」
店主自身もかつてはダンジョンの奥を目指したことがあった、最初のうちは何もかもが新鮮だった、未知の素材、見たこともない構造物、そして奥へ進むほど増えていく希少な機械、自分もいつかこの街の名のある探索者になれるのではないかそんな夢を抱いていた。
だがある日深層へ踏み込んだところでその考えはあっさりと砕かれた、奥に棲むモンスターはそれまで相手にしてきたものとは何もかもが違った。
目で追うことすら難しい異常な機動性。
どんな攻撃を受けても傷もつかない異様な頑丈さ。
魔法とも既存の武器ともつかない見たことのない兵器。
知識も技術も積み重ねてきた経験すら通じない、仲間を何人も亡くし命からがら生き残った、自分が生きているのは運がいいだけだった、彼はダンジョンへ挑むことをやめ安全な場所で鼠と呼ばれる形でただ生きていた。
「…直ぐに折れるだろうよ勘違いするんだガキは」
店主はそう吐き捨てる、事実その通りであったこの街で鼠と呼ばれる者もいつまでも浅い階層だけを這い回っているわけではない、安全だからこそ満足できず、より深く、より価値のあるものを求めて奥へ挑んでしまう事が多い。
だがその大半は帰ってこない、皮肉な事にそれがこの街の探索者の新陳代謝となっているまである。
そういう意味でダンジョンとコロシアムはよく似ていた、華々しく名を轟かせるスター闘士や多くの冒険談を持つ有名な探索者。
その裏側には彼らと同じ場所を目指して敗れ消えていった無数の挑戦者がいた、輝かしい結果だけを、誰もが夢を見る特異点の様なこの街、その特異な輝きはそうした無数の屍の上に成り立っていた。
※
小さな影の名はエルミナと言った、買い物を終えた後一直線に何処かへ向かっていた、その足は何かを急ぐような速足だ。
「これはたぶん使えるはず…間違いない…」
わき目もふらず呟きながら進んでいくがそんな折ふと静かな喧騒に気づいて振り向く、それは壁際に設置された一台のモニターだった。
王国内ではほとんど目にすることのない機械製品、だが、ダンジョンから得られた技術を生活の中へ取り込んできたヴァルガイルではこうした機械も珍しいものではない。
モニターには現在行われているコロシアムの試合が映し出されていた、コロシアムには様々な階級や形式が存在する、その中でもこのダンジョン開拓と深く関わっているのが、ゴーレムや自動人形そのものを戦わせる階級だった。
「おおっ、また正面から行ったぞ!」
「右の奴、脚を狙え! あの装甲じゃ正面からじゃ無理だ!」
モニターの向こうで巨大な鉄塊同士が激突する、轟音が響き、拳を模した鋼鉄の腕が装甲を叩けば無数の火花が散った。
荒々しいさまが画面越しにもわかる、重量を感じさせない踏み込みから一気に距離を詰め相手の攻撃を紙一重でかわす。
よろめいた瞬間には死角へ回り込み、装甲の薄い箇所へ鋭い一撃を叩き込む、砂埃を巻き上げながら二体の機械は舞台を縦横に駆け回っていた。
「いけぇ!ぶっ壊せ!」
観客たちの熱狂がモニター越しでも伝わってくるようだ、その映像をエルミナはしばらく黙って見つめていた。
「……やっぱり凄いなあ」
そして小さく呟く
「でも僕も」
次の瞬間、エルミナはモニターから視線を外した、大きな帽子を揺らしながらそのまま駆け足で通路の奥へと向かっていく、安全地帯として整備された区域を抜けさらに奥へ。
人の姿は次第に減り壁や床には長年の探索によって刻まれた傷や放置された設備の残骸が目立ち始める、それでもエルミナの足は止まらない。
「早く…早く…」
先ほど買い集めた部品の入った袋を抱え直しさらに速度を上げる、その先にある自分だけの作業場へ向かって。
※
ヴァルガイル近郊のダンジョン外縁部。
開拓された安全地帯からは外れているがかといって危険な領域でもない、長い年月をかけて探索者たちに狩り尽くされ、希少な素材も強力なモンスターもほとんど残っていない階層、もっぱら鼠と呼ばれる者たちの稼ぎの場になっている場所である。
時折現れる弱いモンスターを狩り、見落とされた部品や素材を拾い集め日銭を稼ぐ、危険は少ないが大きな成功もないそんな場所、広大なダンジョンの片隅でエルミナは小さな作業場を構えていた。
岩壁を利用した簡素な空間、拾い集めた金属片や工具が積み上げらている、その中央には、丸い頭部と寸胴な胴体、細い手足を持つ自動人形が静かに鎮座していた。
「ここ……やっぱり違う」
床に工具を並べ機械人形の胴体を開く、露出した内部には歯車や細い管、用途の分からない部品が複雑に組み合わされている。
エルミナはそれらを一つずつ指で確かめ、時には古びた部品を外し拾ってきた金属片を削って形を合わせたり、様々な試行錯誤を繰り返す。
自動人形。
それは魔法の力とは異なる原理によって動く不思議な存在、魔法使いが魔力を用いて人型の物体を動かす技術そのものはそれなりに知られている、だがダンジョンから発見される機械人形はその類とはまったく異なる。
内部に組み込まれた動力機構は様々だが共通しているのは魔力を必要としない事、魔法使いでなくとも使役出来る事である、最も存在は希少で技術も技師と呼ばれる存在の独占、おいそれと手を出せるものではないそう言う意味では魔法使いの操るゴーレムや人形と大差はないかもしれない。
しかし。
「こっちは動く……じゃあ、これを……」
小さな工具を器用に扱い接続部分を締め直す、うまく噛み合わなければ別の部品を試す、壊れた部品からも使えそうな部分だけを取り出して別の場所へ流用する。
決して洗練された作業ではなかった、設計図があるわけでもなく、誰かに技術を学んだわけでもない。
それでもエルミナは機械の構造を見て何が壊れているのかどこを直せば動くのかを感覚的に理解していた。
「……うん……つながった…これで…」
独り言と金属音だけが静かに工房に響く、この壊れた自動人形との出会いはエルミナにとっても偶然そのものだった。
すでに狩り尽くされた浅い階層、珍しいものなどほとんど残っていないましてや自動人形のような希少な存在と出会うなどあり得ないそれでもエルミナは出会った。
それからエルミナはひたすらその自動人形と向き合い続けた結果、こうして修復する事が出来たのだ、誰の教えも無く。
「…よし!」
その理由は本人にも分からない、天性のものなのか試行錯誤の結果なのか、ただ一つ確かなのはエルミナには未熟ながらも、この街で技師と呼ばれる者たちに通じる技術が備わっていたということだった。
「もうちょっと…きっと、うん、後少しで君は…」
目の前にある機械を見つめる、まだ完全に理解できているわけではない。
構造も、動力も、自分の知識だけでは説明できない部分がいくつもあるそれでも。
「…動く」
それは願望ではなかった、動かせるかもしれないではないと自分ならこの機械人形を動かせる確信があった。
以前は生きること以外に目標などなかった、けれどこの機械人形と出会ってからはそれが変わった。
「ふふふ…そろそろ名前も考えておかないとかな?良いのを考えなきゃね!」
大きな帽子とゴーグルで隠れがちな目には大きな輝きが宿っていた。




