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【傾向と対策】
「訓練、ですか」
私よりも先に、澪莉が聞き返した。
「はい。そろそろ、頃合いかと思いまして…私が得意な、"圏対策"をお伝えします」
「圏、対策…?」
圏は、キャリアが影響を及ぼす範囲のようなもの。私であれば、音を集中して集められる範囲だったりする。そして、圏の発生はキャリアがいる証。
「例えば、使い慣れたキャリアなら、圏に収めれば距離を取ったままでも相手の動きを止めることが可能です…じゃあ、瑞葉ちゃん、少し座ってください。澪莉ちゃんは瑞葉ちゃんの隣で支えてあげてくださいね」
織星さんは椅子を用意して、私を手招きした。
私が座ると織星さんは三歩ほど離れたところで、目線を合わせた。
「じゃあ、いきますよ…3、2、1」
スッ…と、音がしそうなほど急に、織星さんの表情が変わる。いや、変わってはいないか…?
織星さんのすわったような瞳。その瞳に吸い込まれる。
その蒼さに、やがて手を伸ばしたくなって…
………。
……。
「瑞葉さん!?」
前方に倒れそうになっていた、と気づいたのは、胸の上を澪莉に支えられてからだった。
「うぇ…!?え?」
そして、体を起こそうと思っても、固まったように動かない。腕が上がらない。
織星さんは私に近づき、両肩に手を添えて、ゆっくり話す。
「では、元に戻します。3、2、1…はい、もう身体は自由ですよ、ゆっくり腕を上げて」
あ、上がった…。
私が目を見開いていると、澪莉が織星さんに尋ねた。
「ど、どうやったんですか?」
織星さんはカウンター席に腰掛けてこちらを向くと、指を一本立てた。
「私は圏に瑞葉ちゃんを収めて、私の呼吸から伝わる振動を制御して伝えました。瑞葉ちゃんの交感神経
を優位にして…結果として、瑞葉ちゃんは極端に緊張した状態になっていました」
緊張。そんな感覚は私になかった。
「そして、解除の際は逆に副交感神経を優位にしています。深呼吸や筋弛緩法と同じようなことを内側で起こしたわけですね…基本的には、勢いだけでシンドロームを扱っているキャリアは、副交感神経を優位にするだけで制圧できます」
振動を制御して伝えたとだけ言っているが、それがどれだけ困難なことか、私にはわかる。
「こ、これを私が?」
おずおずと聞くと、織星さんは頷いた。
「似たようなことを、瑞葉ちゃんは一度やっています。報告通りなら…狼男に」
思い当たるのは、狼男の圏に同調…というのだろうか。そんなことをやろうとした記憶がある。そうしければ、狼男の行動を止められないと思ったからだ。あれが人だったのであれば、通じると思った。
「あれと、似たような…?」
「当然、具体的には異なりますが、シンドロームの使い方や難易度としては同等でしょう」
織星さんはなんでもないように言ってのける。
まぁ、できそうと言われたのならやってみればいい。
「…やってみます」
「じゃあ…練習道具を用意しましょうか。少し待っててくださいね」
織星さんはそう言ってキッチンのサイフォン式専用のコーヒーサーバーを持ってくると、その出っ張りに自身のネックレスを引っ掛けた。
そのまま、織星さんは軽く指を弾くと、直接当たってはいないのに、ネックレスの先の指輪チャームがぐわんぐわんと振り子のように揺れ始める。
今のもシンドロームの応用なのだろう。
「では、どうぞ」
「ど、どうぞといわれましても」
「シンドロームの感覚なんてやってみて掴むのが一番ですから」
とりあえずイメージを固めるために右手を伸ばす。
「集中のため、目を閉じましょう」
織星さんの声が心地よく耳に入ってくる。
言われるがまま目を閉じる。
「この指輪が揺れる時の波を感じ取ってください」
「ん…」
テーブルまでの距離、ネックレスまでの距離。
そのイメージの先、一定の間隔で揺れる波紋のようなもの。
…これ、か?
チリチリと指先、耳に刺激がくる。
揺れ。揺れ。
「その波に、自身のリズムをぶつけます。自身からも波紋を出すように…鼓動でもいい。息遣いでもいい…リズムを作ってください」
ある部分で揺れのリズムを捉えつつ、他の感覚を捉えなくてはならない。
「…っ」
…まずい。脳が割れる。イメージの体が真っ二つに割れる。
人の感覚はそこまで柔軟ではない。
「瑞葉ちゃん、落ち着いて。一度見つけられたものは、また後で見つけ直すことができます。一つずつ、です」
一度長く息を吐いて、自らのとくん、とくんと脈打つものを探る。
それはさっきの探し物よりもすぐに見つかった。
そのリズムが作る波紋と、一度手放した、小さな波紋を合わせていく。
歪な縄跳びのように合わないリズムを、こちらから合わせていく。
そういえば、昔の部活の合奏でも、こんなイメージで、他パートと合わせてたな…。
ゆっくりと、そっと布を被せるように、一つ一つ。
「…え」
澪莉の声が聞こえた。
それはどっちの反応だろう。
「瑞葉ちゃん、繰り返して」
織星さんの声で、集中を取り戻す。
波紋を被せるのを、一度、二度、三度…。
ネックレスが作る指輪の揺れは何もしなくても、どうしても少しずつ小さくなっていく。
揺れの感覚が、短くなっていく。
波の輪郭が、指先から逃げるように弱くなっていく。
「…瑞葉ちゃん、少しずつ、自分の波を強く当ててみてください」
強くと言われても。
自身の波は大きくならない。鼓動の強さは変わらない。
エネルギーの増減はできない…それがシンドロームなはずだ。
「…ホースの口を思い浮かべてください。同じ出力でも、その口を狭くすると、どうなりますか?」
あ、そういうことか。
自身を中心に正円で広がっていた波紋を、横から押しつぶすように調整する。
これは…圧力の方か。
いつの間にか自然に扱うことができている。これが、深度が深くなっている…ということなのか。一度やっていたことだから、さらに深くはなっていないのだろうけど。
出力は変えられない。それでも、初速は上げられる。
「…うん。ぶつかり始めました。一方向からぶつけるだけでは、揺れは収まりません 。包み込むように、
そっと、手を添えるように」
リングの揺れに、そっと、手を添えるように。左の腕も持ち上げて、水を掬うように手を添える。
「そうです。そのまま」
そのまま、自身の波紋をさらに三度ほど当てる。
「よくできています。目を開けて、自身の力を見てください」
おそるおそる片目だけ開けると、それは見たことがない様子を映していた。
突如乗り手を失ったブランコのように、私のリズムに当てられたネックレスは軌道を変える。グニャリグニャリと不規則のように見える動きをして、やがてその揺れを止めた。
「…うっわ。気持ち悪い」
感動より先に感想が出た。
気が抜けると同時に、芯を失ったように崩れた体を澪莉が支えてくれた。
「素晴らしかったです…休んでください」
「ありがとう。そうするよ」
そのまま椅子に腰掛け、背もたれに体重を預ける。
少し遅れて、頭痛が襲う。変な回路が繋がってしまったような、そんな成長痛のような痛み。
でも、織星さんに認められ、澪莉に褒められて、良い心地だ。呑める人ならお酒を飲みたくなるようなタイミングだろう。
一息ついた私に、織星さんは言った。
「これを練習すれば、いざというときに自身や他の人を守れるでしょう。感覚を覚えてください」
「は…はい…」
消え入るような返事になってしまった。
そんな私に、澪莉が水を持ってきてくれた。
「少しずつ飲んでください。きっと、慣れないことで疲れています」
「そんな気がする…ありがとー…」
「きっと、深度は変わっていません。狼男事件の時には一度行ったことでしょうから…でも、あの時は気づけなかったのでしょう」
織星さんはゆっくりと話してくれた。その方が落ち着く。
そして、澪莉は織星さんに向き直った。
「あれほどのこと…いつ身につけたのですか」
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・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。
・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!
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