page6:単独捜査
【試し行動】
「碧、泊っていった方がいい。今日のあなたは、メンタルが不安定です」
織星さんのマンション近く、車を駐車場に置くと彼女はそう言った。
「…患者全員に言っているんですか」
「っ…」
私の言葉に、織星さんは目を見開く。やがて、その瞳が揺蕩う。
それを一度つむり、深く呼吸をした。
「…そんなことを言っても、私はあなたを突き放しませんよ」
「…….。」
どうしてこんなことを言ってしまうのだろう。
彼女がこういう態度をとると知っているのに。
私は、胸にじんわり広がる気持ち悪さを誤魔化すように言った。
「一つ、頼みがあります」
「…ものによります」
いつもの返しに、一瞬押し黙ってしまう。一度咳払いして続ける。
「以前乗っていたクーペ、まだありますよね」
「…どうして?」
「あれを貸してください。きっと、この車には発信機がついています。毛利さんはそういうことをする方です」
「…わかりました。カギをとってきます」
織星さんは溜め息を一つ吐いて、降りて行った。
懐かしい。三年ほど前に車を購入する際、時音さんに言われてセダンタイプにした。そんな私に嫌がらせをするように、織星さんは2ドアのクーペを購入した。しかも同じメーカーの。さらにやたらと走行性能がいいらしい。
いつか、乗せてもらいたいと思っていた。その時はきっと、隣に彼女がいて、意地悪く笑う様子を見ながらになるんだろうなと思っていた。
ついに、そんなタイミングはなかった。
彼女といると、きっと、良くないと思った。
15分程度経って、織星さんは戻ってきた。わざわざ助手席に乗ってくる。
「…遅かったですね」
「まずはこれを」
織星さんは小さな紙袋を渡してきた。
中を確認すると、ラップで包まれたおにぎりが三つ入っている。
「私の前で食べ終えたら、カギを渡します」
彼女の目を見る。
意地を感じた。ここまでくると彼女は引かないだろう。そして、単に誰かが作ったご飯を無碍にはできなかった。
「…いただきます」
まだ温かい。少し硬いのは、冷凍されていたものをわざわざ解凍して作ってくれたからだろう。具はないが、今はそれがありがたかった。
「…私の愛車で何をするつもりですか」
一度飲み込み、織星さんの質問に答える。
「まず、内田を探します。普段とは違う車で会えばまだ注目を引きません。それと、今回アウターが取引された場所周辺を見て回ります。うまくいけばレゾナンスの顔見知りと合えるかもしれません」
「…縁起でもないことを」
「今回、毛利さんたちは気づいていませんが、周辺のアウトサイド連中に動きがありました。確実に内田がかかわっています。内田を動かした何かを探らないといけません」
「そこまでわかっているなら、私も」
そうくることは、分かっていた。
「ダメです。依頼はまだ終わっていません。明日、私の車で移動してください。そしてできれば、マグノリアのお二人か、C対と行動するように」
「毛利さんたちを、騙すんですか」
「…内田を捕まえる必要は、ないのではないかと思っているだけです。確認ですが、保険は?」
「…碧が運転しても問題ありません」
そして、最後の一口を食べ終えた。
「ご馳走様でした」
わざとらしく両手を広げて見せた後、自分の車の鍵を渡す。
織星さんも、鍵を渡してくれた。
そのまま私はレザージャケットを羽織り直すと、扉を開ける。
……。
一度振り返る。
「織星さん」
「はい」
そんな顔を、しないで欲しい。
「おにぎり、美味しかったです。ありがとうございます」
言うと、織星さんはしょうがないように笑った。
「夜景の見える超高級ホテルディナーのお返しを待っています」
何を言っているんだ。
無視していこうかと思った。
しかし、口から出た言葉は違った。
「…考えておきます」
…意外そうな顔をしないで欲しい。
「やっぱナシで」
「いえ、言質取りました。お店、選んでおきます」
「…もう行きます」
扉を開けて外に出る。まぁ、あの顔を見れたのなら悪くなかったかもしれない。
少しだけ、早くこの事件を終えたいと思った。
ーーーーーーーーーー
【夜長の捜査】
織星さんの駐車場から少し車を走らせて、路肩に停める。
カーナビとして接続したスマホから、電話を掛けた。
『はい、茅ヶ崎』
「…楠木です。茅ヶ崎紫乃さんですか」
『違うわ』
「お疲れ様です。今大丈夫ですか」
『駄目よ』
「…食事中ならかけなおしますが」
『バスタイムなのだけれど』
私は少し考えて、続けた。
「用件だけ聞いてくださいませんか」
『…碧、あなた、私の仕事用の番号知ってるはず』
「はい。その上でこちらに」
現在のスマホのノイズキャンセリングは気を遣えるらしい。わざとらしい溜め息を的確に拾っていた。
『このまま少し待って』
少しの水音の後、ガサゴソと音が聞こえる。タオルで手を拭いたのだろうか。
『どうぞ』
茅ヶ崎紫乃。CAMの調停員だ。
調停員は、キャリア関与事件・事故の後処理を行う専門員。遭遇した非キャリアの記憶捜査や、現場の道路や建物などの修理・処理を行う。中でも彼女は記憶操作が行える神経伝達系のキャリア。
織星さんの次に付き合いが長いキャリアだった。
「調停員には、担当地域の不審な事件・事故の情報が届き、その後、出動するかどうか判断される…そうですよね」
『その通りよ。大抵は出動しないけど』
「できれば、この一週間、江の島周辺や藤沢周辺で起きた不審な事件・事故のデータが欲しいのですが」
『…。』
しばしの間があり、やがて回答が届いた。
『実際に警察や消防が出動した件を合わせると、12件』
「12件、ですか」
少し多いな。一人では抱えきれないだろう。
今回知りたいのは、C対が捕まえた半グレが、なぜ有名観光地に現れるようになったか、だ。そして、きっとその原因に、内田がかかわっている。
アウターのバラマキなんて、やってて不思議じゃないのは藤沢駅周辺や周辺PA・SA。鎌倉駅でやってたしても、住宅地の方だ。
それがなぜ有名観光地に進出したのか。
前回会った際の反応から、内田は何かをやらかしている。
『…ちなみに、あなたから連絡があったらそれを伝えろ、と毛利さんから』
「…30分後ぐらいなら」
『あなたねぇ…』
「ちなみに、茅ヶ崎さん」
『…何?あと20分くらいなら付き合うわ』
その言葉の奥から、お湯の温度を下げる音が聞こえてくる。
「何か少し無理をしてでも新規開拓するとしたら、その理由は何でしょうか」
『突然ね…』
少しの水音の後、茅ヶ崎さんは答える。
『以前の物・場所が使えなくなった、新作を出さなくなった、条件に合わなくなった…あぁ、後は』
「何ですか?」
『締め出された…ね』
その言い方にやたらと哀愁が漂う。
「…何か、経験が?」
『食堂の気に入ってた席の近くに、若い子が集まるようになって…最近は外食が多いのよ』
「それは…手間ですね」
『手間も出費もかさむわ』
「以前から、マグノリアにお誘いしているはずですが」
『神蔵さんがいないタイミングに連絡くれたら行くかも』
「…….。」
『"手間"って言ったら切るわよ』
「まだ言ってません」
スマホが切なく低い音を発した。
…切られた。
すぐにかけなおす。
それにしても、"締め出された"。これはありそうだ。
アウターはアウトサイド全体が広めようとしているものだ。だからこの呼称となっている。レゾナンスのものだけではないだろう。新しいタイプを作るのはレゾナンスだとしても、だ。
締め出されるのは、力負けしたか、シェアを奪われたか…。
理由はわからないが、内田がそういったことをするとしたら、シンドロームを活かして潜入し…。
『…で?』
再度通話がつながったあと、茅ヶ崎さんは促すように言った。
私は、考えを整理して答えた。
「…藤沢駅周辺のみ、火災か爆発で絞っていただけますか」
『少し待って…1件ね。8月12日の深夜3時ごろ。古い…クリーニング店での爆発と火災。一般の市民からの通報で、警察と消防が出動。通報が遅かったのか派手に燃えていて、中で1名焼死。周りは古いビルで、ひと棟燃え移ったもののそちらには人はおらず、被害者なし』
…ビンゴか?
「ありがとうございます。ではそこの」
『住所、チャットで送ったわ』
「…さすが茅ヶ崎さん」
スマホを取り外し、チャットアプリで確認する。ここから遠くはあるまい。
操作をしていると、茅ヶ崎さんは少し声を明るくした。
『今の言い方、昔のあなたね。楽しんでる?』
ぞくりとした。
「…まさか」
『そう?悪いことじゃないでしょ。若返って』
「あなたも同い年でしょうに」
『…ちなみに、あなたがこんなことをしているの、美姫は知っているの?』
急に織星さんの名前が出てきて、思考が止まってしまった。
「…大まかには」
『なら、私が止めることじゃないわね』
「…織星さんが、なにか」
『別に。知らなかったら、流石に可哀想だと思っただけよ…ただ』
「…なんでしょう」
不意に途切れた言葉の先を促すと、少しか細い声が返ってきた。
『…私にも、必ずまた声を聴かせなさい。私も、たった一人の逸脱寸前仲間が減るのは悲しいわ。私だけ目立つもの』
「それは、お互い様です。できるだけあなたを呼ばないよう気をつけます」
調停員には様々な適性が必要だ。
例えば、記憶操作には、ただ神経伝達系であればいいわけじゃない。脳の記憶機能に作用できる必要がある。
四年前には逸脱なんてもののデータがなく、恐れられていなかった。だからこそ、有用な彼女は繰り返し必要とされ、私と同じように壊れていった。不思議な縁だった。
思い返していると、茅ヶ崎さんからもう一つ住所が届く。開くと、小さな居酒屋だった。
「…ここは?」
『気になっている居酒屋。この情報料と口止め料』
「俺、酒はあまり…」
『14回』
「…?」
『あなたにご飯を奢ってもらう約束したうえで、溜まっている回数。必ず払わせるから』
「…はい」
きっと、彼女なりの引き留め方なのだろう。きっと、恐らく。
サイドブレーキを解除して、車を発進させる。善は急げだ。
「ありがとうございました、茅ヶ崎さん」
『はいはい、気をつけて。今日、私を呼ぶような真似しないで』
「できるだけ気をつけます。もし必要になったら別の支部にかけますよ」
『…バカね』
通話が切れた。
しばらく車を走らせると、例の火災現場に到着する。
雑な規制線をくぐり、中を確認する。
まだ火災特有の煙たい匂いと、燃やしてはいけないものが燃えたような気持ち悪さが残っている。
中を探るが、クリーニング店らしさはあまりない。洋服の燃え残りらしきものもなければ、道具らしきものもない。
これは、当たりか?
もし、あれがまだ残っていれば。
区画的に事務スペースであろう場所で、金庫を探す。
物質結合の応用で蓋の蝶番を外すと、中にメモリがあった。
「とりあえずこれかな…後は…」
事務室のタブレット端末を探す。顧客情報が残されるとすれば金庫内かこれのどちらかだろう。
机の中を力ずくであけると、あった。念のため起動させてみると、まだ電源がつく。保管場所は重要らしい。
パスコードがわからないが…
「人の入れ替わりも多いだろうから、どこかに絶対…」
ん?
タブレットの裏、普通にメモされている8桁の数字。
まさかな。
打ってみると、開いた。助かる。
それらしきアプリケーションを開くと、顧客リストと思われるものを見ることができた。
名前、住所、電話番号、就職先。
結構幅広く売ってるな。リピーターが多いらしい。この事務所兼製造所をやられたから違う場所で顧客を集め始めた…と言ったところか。
その中には、ありがたいことに内田の名前はなかった。
ただ、気になる人物がいた。
「お前にとっての寶川さんは、この人ってことか…内田」
・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。
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