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page3:織星美姫

織星(おりほし)美姫(みき)


小さな診察室。私の仕事場。


実際はこの部屋の機能を使うことはほとんどない。


CCはもっと丈夫な部屋を使い、研究には研究室が用意されている。実質、私の事務室のような扱いになっている。


この簡素な診察用ベッドで一番寝ているのは私だろう。


そんな中、内線が受診を伝えた。


「はい、織星です」


『受付です。織星先生、面会希望の方がいらっしゃっています』


今日は予定はなかったはずだが。予定表を開こうとすると、受付の方が続ける。


『マグノリアの楠木(くすのき)さんです』


「…通してください」


『承知しました』


彼が事前連絡なしで私を尋ねるのは、大抵良くない事情だ。


「28度。涼しい方ではありますが…」


暑い中来たのだろう。冷えたパラダイスティーを用意しておく。


少し部屋の様子を整えたころ、扉がノックされた。


「楠木です」


「どうぞ」


扉を開けて、(あおい)が入ってきた。その表情は暗い。歩く速度、胸の張り方、口元の緊張。そのどれもが良くない報せを物語っている。


「はぁ…」


私はベッドから枕を手に取ると、投げつけるように碧に放る。


「…何ですか」


「それを抱きながら話してください」


「…はい」


素直だ。これは相当な報せだ。


碧は少々乱暴に荷物を置いて椅子に腰かけると一度ギュッと枕を抱く。


可愛らしいとも思いつつ。でも悲壮感の方が強かった。


私は、碧のパラダイスティーをズイと彼へ寄せつつ、口を開くのを待った。


「…内田(うちだ)詩行(うたゆき)、覚えていますか」


…それか。


「ええ。四年前、私を拉致した一団の構成員。神経伝達系のキャリア。その力を悪用されたものの、碧と私がCAMへ繋げた。今は年一回の健康診断のみのつながり…でしょうか」


「はい。その内田詩行です。彼が、もし織星さんを訪ねてきたら一番に私へ連絡をください」


「何故でしょう」


何故その必要があるのか。


何故その程度の連絡であればわざわざここまで来たのか。


そのどちらの問いも、碧には伝わった。


「…あなたが検査したアウター、その黒幕がレゾナンスと名乗っていて、彼がかかわっている可能性がある。C対(シーたい)が彼を追っている」


「八割わかりました。何故C対よりも先に、碧へ連絡をする必要があるのですか」


「C対と彼の接触は確かに必要ですが、レゾナンスに察知されると彼に危険が及びます。彼は今回の件で"一般"であろうとすることをやめた可能性がある。その原因がわかれば、C対に頼らず、静かに事を収めることができるかもしれません」


「…なるほど」


碧はおそらく、過去を荒立てたくないのだろう。キャリアの内田にモデルケースとしての機能を求めていることもあるのも確かだ。


…私のせいだ。


ならば一つ、見過ごせないことがある。


「あ、あれなんですか」


「え」


私が指さした方を、碧が見る。


その隙に、碧のパラダイスティーのグラスを高く放る。


碧は慌ててグラスをキャッチし、こぼれた中身を空気圧を調節して納めた。


その間に、私は碧の荷物を手に取り、改めた。


中には、ギリギリ季節に合わないパンチング仕様のレザージャケットが出てきた。


「…例のあれ、本当に作っていたんですか」


視線を碧に移すと、碧はグラスを丁寧にテーブルへ置きながら視線を合わせた。


「必要な時が来るかと思いまして」


「これが必要になるような場所は、あなたが行くべき場所ではありません」


このレザージャケットは、碧の皮膚細胞を編み込んでいるものだろう。自身の細胞を編み込むことで、物質結合系の事象対象にする際に、意識を集中しやすくする。そして、自身の体を変質させるというリスクを軽減することができる。


それをかばうように私は向き直った。


「…もうやめて。先の大きな事件からまだ二ヶ月。深度を浅く安定させるには、戦闘行為は危険すぎます」


アドレナリンの上昇、暴力、殺意。それらは毒になる。しかし、碧は首を振った。


「…私の、けじめです。内田の安全が崩れたら、もう…私は、織星さんの日常すら変えてしまったのに」


頼みの綱が切れそうな人は、こういう顔をする。何度も見てきた。


大丈夫という安心させる言葉。


論理的に、今どういう状況なのかという確認。


いろんな選択肢がある。


でも、私は、碧の前でそんな仕事に専念できない。


「っ…」


私の罪だ。彼に罪はない。なのにどうして、そんな顔をするの。


「私は、それでもあなたの危険を望みません。そんなこと言うなら...そんなことを言うくらいなら、私を安心させるような言動をしたらどうなんですか!?」


ーーーーーーーーーー

【過去】


『連絡ありがとう。事件に取り掛かる前に、澄空(すみそら)君と寶川(たからがわ)君に伝えておきたいことがある。楠木君には外出許可を得たから、以下の住所に来てくれ。帰りは送るから安心してくれ』


澪莉(みおり)から連絡先を聞いてチャットアプリから毛利(もうり)さんに連絡をしたら、こう返ってきた。


その住所へ来てみると。


「なんかすっごい入りづらい」


「…一応、私たちは成人済みなので許されるはずではあります」


流石の澪莉も緊張しているようだ。


「バーなんて来たことないから何もわからない…」


私は昼から着替えていない。半袖で丈が長めのワンピース。暗めの色だったのが幸いか。


澪莉は白いブラウスに空色のジャンパースカート、白のバレエシューズ。店の制服から着替える際に、意見を求められて一応手伝った。


澪莉のクローゼットはヒラヒラした可愛らしいものが多かった。時音(ときね)さんの勧めを買っているうちにそうなったらしい。


「…髪まで整える必要はなかったかと」


そう言った澪莉から視線を少し上げると、可愛いお団子ヘアになっていた。六月から少し伸びた髪を纏めたら、お人形さんみたいで可愛かった。他に理由はない。


「…可愛いから」


「…そうですか」


少し頬を染めつつ、溜め息をついた澪莉は、重い扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


澪莉を見てカウンターのバーテンは少しギョッとしたが、毛利さんが軽く手を挙げると、恭しくそちらを手で示した。


「店長、奥のボックス席に移動しても?」


「承知しました。お飲み物はそのままで」


「わかった。頼む」


席を立った毛利さんと理市(りいち)さんに付いてボックス席へ入る。


すぐに店長が二人の飲み物と水を二つ持ってきた。


「お飲み物はお決まりですか?」


店長の質問に、私と澪莉は固まってしまう。


毛利さんはその様子を見てクスリと笑う。


「店長、メニューを」


「どうぞ」


持ってきてくれていたようだ。そのまま店長は一度下がる。


「なんだ。寶川君はともかく、澄空君も来たことがなかったか」


「…私まだ19ですので」


「な…そうだったか。それは失礼した」


昔、親に連れられて居酒屋に入ったことくらいはあるが、こんなおしゃれなバーに来たことはない。


まだ夕方ということもあり、まだ客足はまばらだ。ただ、雰囲気からしてピーク時も静かな空間は保たれているのではと感じた。


「毛利さんと理市さんは何を飲んでいるんですか?」


「…私はアルコールだ」


そう言って持ち上げたグラスの縁には塩の結晶がぐるりと付いていた。なんだっけ。聞いたことはあるカクテルのはずだ。


続いて理市さんもグラスを示す。


「私はジンジャエールです。お二人を送迎する任務がありますから」


あ、送迎は毛利さんじゃないんだ。


「お、お世話になります」


「いえ、もともと毛利さんを送迎する予定でしたから」


「あぁ…」


「ま、毎回じゃないぞ!?」


慌てる毛利さんに苦笑を返しつつ、理市さんから促され、メニューを見る。


ほとんどカタカナだ。よくわからない。値段は総じて高いように感じたが、相場もよくわからない。


結局、私は名前に惹かれてシンデレラを、澪莉はサラトガ・クーラーを注文した。


瑞葉(みずは)さんはどうしてシンデレラを?」


澪莉の質問に、私は素直に答えた。


「フィーリング。澪莉は?」


澪莉はどうしようもない、という目で私を見てから答えた。


「以前、織星(おりほし)さんが他のお店で注文されていたので」


「美味しかったの?」


「飲むのは初めてです」


…私の理由と大差ないのではないか?


さっきの視線に文句を言いたくなったところでグラスが届いた。


シンデレラは青のイメージだが、使われているジュースのイメージ通り、黄色のカクテルだった。でも、いかにもお酒っぽいこの見た目で、舞踏会のような大人の世界を夢見るシンデレラに…


「なりたくはないかなぁ…」


ボソリと呟いてしまう。


ハテナを浮かべた澪莉のカクテルは、私のよりは澄んだ琥珀色。派手さはないが綺麗で、澪莉にピッタリな雰囲気だと思った。


グラスが行き渡ったのを確認し、毛利さんがグラスを掲げる。


「では、若者同士の出会いに」


「乾杯!(か、乾杯)」


一口含むと、酸っぱさが先行するフルーティな味わいだった。酸味かぁ。


グラスをしげしげと見ていると、理市さんが立ち上がり、私に並んだ。可愛くピースをしている。


「へ?」


「じゃあ撮るぞ、はい撮った」


毛利さんがいつの間にかスマホを掲げていた。その言葉を受けて理市さんが席に戻る。


澪莉がおずおずと聞いた。


「あの、今のは」


答えたのは毛利さん。


「今日の会はさっき言った通り若者同士の出会いの場かつ親睦会だ。主役は私以外の三人。楠木君にもそう伝えてある」


「は、はぁ…?」


ここまで丁寧な前振りがあるということは。


私の視線を受けて、澪莉が尋ねる。


「では、"本当は"何を?」


「…あの店ではできないことだ」


毛利さんは軽くグラスを煽り、続ける。


「四年前の事件をおさらいする」


…え。


私だけではなく、澪莉も息を呑んだのがわかった。


あの件は、おそらく時音さんも口止めし、楠木さんも織星さんもあえて触れてこなかったものだ。


澪莉ですら聞いたことない話。私が聞くには早すぎる内容な気がしていた。だから、私からも聞くことはなかった。


聞いた澪莉が被りを振る。


「あ、あの件は、楠木さんと織星さんが関係しています。二人に隠れてこんな…」


「私は四年待った。二人とも変化がなかった。二人とも…もしくは楠木君だけかもしれないが、引き摺っている。だから君たちに話さない...故に私は、今回の件で二人を信用しない」


私は、毛利さんの発言から予想し、確認した。


「…楠木さんが独断で動く可能性があると?」


「その通りだ。事実…理市君」


「はい、先輩。楠木さんは我々が退店後、CAM神奈川支部に向かっています…織星さんのところでしょう」


…カタカタと小さな音が聞こえる。


それは、澪莉からだった。必死に抑えるようにしながらも、震えている。


これは、恐怖じゃない。


圏は作られていない。それでもわかる。


澪莉は、おそらく意識的だろう、グラスから手を離し、腕をだらりと下げて手を握り込んでいた。


物に触れると、シンドロームを発揮してしまいそうだったのだ。


澪莉から見て、楠木さんはきっと、大事な人だから。


「…楠木さんに、発信機を付けたんですか」


「必要だからな。そして彼は婉曲的に我々を妨害する」


私は、澪莉の気持ちを察しつつも、聞いた。


「その理由が、四年前にあるんですね」


毛利さんは頷いて、澪莉を見た。


「ああ、そうだ…寶川君」


「…はい」


「君は、できれば楠木君本人から聞きたかっただろう。だが、時間切れだ。君たちをC対の一員と判断し、今から話す」

・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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