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page4:過去

四年前。それはシンドロームという呼称ができてから三年、CAM(キャム)C対(シーたい)が設立して二年経つかどうかという頃。


C対の私と楠木(くすのき)君、織星(おりほし)君はとある事件を追っていた。


街中で、突如体調不良やめまい、気絶が起きるという不審な事件だ。今にして思えばすぐにわかる。圏をテロ的に作り出すことで影響を与える手口。


CAM設立に対し、アウトサイドの一派の意思表示だった。自らの力を誇示しつつ、その圏に適応する人物を探す。


CAMとアウトサイドはキャリアを早急に自陣に確保するために動いていたが、アウトサイドのその方法は我々には到底できない効率的な方法だった。


私たちはC対として、その対処に当たっていた。CAMの会議室で、ARで映し出した地図を見ながら、私たちは話し合っていた。


「昨日だけでアウトサイドの仕業とみられる事件は八つ。電車の脱線、交差点の追突事故、階段からの転落…あまりにもひどいな」


織星君は事件発生地点を示す。


「オート運転をもう少し広めたほうが事件を減らせそうですね。とは言っても、これまでの事件のデータからタイミングや場所を予想できています」


楠木君が引き継いだ。


「湘南エリアだと、今日の夕方あたりに江の島の踏切辺り、海岸沿いの交差点、藤沢駅前だ」


「分かれて張り込みますか?」


織星君の提案に、私は首を振った。


「それはできない。あくまで捜査に当たるのは私。君たちは、事件の原因や対象がキャリアなのか判断するだけだ。後は自身の身を守ってくれればいい」


それが、当時のC対の在り方だった。


「じゃあ、この三つのどれかに張り込むことになる…どこだと思う?内田(うちだ)詩行(うたゆき)


当時、協力者として内田詩行も参加していた。元アウトサイドメンバー。


彼は今でいう神経伝達系のキャリア。本人談では一定範囲内の人物の聴覚と共鳴できるとのこと。


もともとは半グレ連中のスリや万引きの見張りとして重宝されていたが、今回の圏多発事件で見いだされ、アウトサイドの一派とさせられていた。しかし、その内情を見て逃げ出してきたとのことだった。


身柄の保護と引き換えに情報提供をさせていた。


元犯罪者。そして社会に馴染めなかったものだ。正直に言えば、信用していなかった。だが、存外、楠木君と織星君はこいつを迎えているようだった。


「知らねえよ。だが、あいつらは人を殺したいんじゃなくて、力を見せつけたいっていうのが一番にあった。夕方、目撃者が残るのは藤沢駅じゃねぇの」


態度は悪いがしっかり考えた物言いをする。内田の意見もあったが、我々のもともとの見解とも一致し、その日張り込むのは藤沢駅と決まった。


だが、それはやつらに仕組まれたものだった。


その日、その時間、確かに圏を張られた。


しかし、そいつはあまりにも無防備で、あまりにも挑戦的なキャリアだった。


「…子ども、だと」


私たちの目の前にいたのは、クマのぬいぐるみを抱いた五歳程度の男の子だった。その子は泣いていた。


圏内の人間は皆うずくまっている。


私も例外ではなかった。織星君のCC技術の応用で影響は減らされていたものの、強い耳鳴りが続いている。


その理由は、きっとシンドロームによるものだけではない。


…不自然。


こんなにも私に恐怖を与えているのに、見てくれはただの子どもだ。


そのチグハグさが私を竦ませた。


この子がわからない。こんなことをさせるアウトサイドの連中がわからない。


結局、私は銃を抜けなかった。


この時の私自身を、四年間ずっと後悔することになる。


さすがの楠木君も攻めあぐねていた。


シンドロームについて、四種類に分けると決めたばかりで、目の前の現象だけでは相手の出方はわからない。突然牙を剥く可能性だってある。


その隙を、狩られた。


子どもが大きく息を吸った。


織星君が反応した。


(あおい)!抑えてください!」


「わかった!」


楠木君は両手を使ってある程度の音を打ち消した。逆位相の振動を重ねた結果らしい。


それでも、その子の鳴き声は異常だった。オギャーなんてものじゃない。地獄の底から響く呼び声の方がイメージに近い。


私は耳を塞いだまま立ち上がることができず、楠木君も押され始めた。


なんとか接近した織星君が振動系の力を使ってなんとかその子を泣き止ませようとした。


だが、アウトサイドが待っていたのはこの瞬間だった。


キャリア二人の手が塞がった時、我々は狙われたんだ。


………。

……。

…。


「何が起きたんですか」


澪莉(みおり)の質問に、毛利(もうり)さんは答えた。


「後で監視カメラを確認したが、"クマのぬいぐるみが破裂した"。その次の瞬間、私は倒れていた」


「倒れるって…泣き声で?」


私も聞くが、毛利さんは頷く。


「後で織星君に聞いたところ、圧力・振動系なら可能らしい。四つの分類は本当に気休めだな。私の知る圧力・振動系は全員できることが違う…楠木君はギリギリ抵抗して抑えようとしてくれた。だから私は今も生きているが…」


ここで、毛利さんは言葉を詰まらせた。


理市(りいち)さんが続ける。


「私が読んだ資料では、ぬいぐるみ破裂後の子どもの大泣きに乗じて、アウトサイド数人が場を包囲、より近くにいて吹き飛ばされた織星さんは拉致されました」


顔を伏せた毛利さんが言葉を取り戻す。


「楠木君は抵抗したらしいが、それを抑えるためか、アウトサイドのアウター…その試作品を投与された。それでも抵抗を続けてくれたおかげで、私は生きている」


澪莉が息を呑んだ。


「もしかして、楠木さんのダブルキャリアは、そのアウターのせいで…!?」


「ハッキリと、そうだとは言えないが…他にダブルキャリアの例は聞かない。おそらくそうだろう」


場に静寂が来るたびに、不釣り合いの静かなピアノ音楽が耳に入る。


それすら雑音に聞こえるほど、想像した場面は張り詰めていた。


毛利さんはグラスの結露を拭うように指を動かす。


「その後は、悲惨だったよ」


………。

……。

…。


「貴様ァ!!よくやってくれたな!!」


力一杯に内田を独房の壁に押し付ける。


内田は抵抗をする様子を見せず、座り込んだ。


「き、金髪さんが…拉致…!?」


「シッタカも上手くなったか!?貴様はキャリアだ。私はいつでも引き金を引ける!神経伝達系は9mm口径に撃たれても無事なのか、いい資料にしてやろうか!」


掴まれることを防止するため、二歩離れて拳銃を引き抜く。


内田はそれでも、呆然としていた。


「…本当にわからねぇんだ。金髪さんも、楠木だって、俺によくしてくれた。わけわかんねぇ感覚の押さえ方を教えてくれたんだ。なんだってこんなことに」


その表情に、してやったという感覚は一切感じなかった。


目を見開き、口が乾いていた。


混乱、自責、恐怖。


そんなところだろう。私や、この銃にではない。むしろ、私のことなど、眼中にない様子だった。


私も、訳がわからなかった。


そんな私の後ろから声がかけられた。


「…そいつじゃないですよ。そもそも藤沢駅前は俺たちが決めた張り込み場所です。内田は関係ない」


「楠木君…」


脂汗いっぱいで身体を引き摺る楠木君は、内田に並ぶように腰掛け、笑って見せた。


「内田…もう一度教えてくれ。なんでお前はアウトサイドから逃げたんだ」


内田はボソボソと話し始めた。


「…割りのいいバイトがあるからってついて行ってたんだ。だけど、給料をもらう場所に行ったら、変な祭壇みたいなのがあって、変な宗教みたいだったから、それっきりにしたくて…」


楠木はバシンと内田を叩いた。


「宗教…一つの集団、資金、人手…それらが揃うお手軽なビジネス。宗教ですよ…おかしかったんだ…ただの野良キャリアをアウトサイドとしていたのに、今回はあまりにも手際がいい。集団になって連携していた。奴らはただのアウトサイドじゃない…どうして気づかなかったんだ」


言いながら、考えを整理して落ち着かせるように楠木君は話し続けた。


「彼女をアウトサイドの偶像にするんです。キャリア非キャリア関係なく集める。彼女のシンドロームなら当然非キャリアにも作用して、痛みを鎮めたりなんなりで、効果が出て信じやすい。アウトサイドの一部でまとまるためのピースにぴったりだ」


私は考えを整理するように応えた。


「つまり、内田が逃げ出したのも彼らにとっては都合が良かったのか。私たちに仮にリークされても、それが織星君を呼び出すために使える」


私は、一体何をしていたのだ。


「もちろん、俺や毛利さんも奴らにとって価値がある。だが、一番は美姫(みき)です…やられたなぁ」


カラカラと笑いつつ、楠木君は立ち上がった。


それを私よりも先に止めたのは内田だった。


「お前、どうする気だよ」


「…決まってんだろ。美姫を取り返す」


「そんな体調悪そうにしやがって、無理だろ」


「そんなのやってみないとわからない。内田、お前が見た祭壇、どこにある」


「言うな、内田」


私が止めると、楠木君は恨めしそうに舌打ちをして、独房を出ていった。


………。

……。

…。


「あの時の楠木君はまるで楠木君じゃなかった。今思うと、急激に深度が深まって気が気じゃなかったんだろう」


毛利さんは、ついにグラスを飲み干した。まだお酒を欲するように、そのグラスをいつまでも見つめている。


「楠木君は当然、CAMの管理下に置かれた。内田の隣の部屋だ。だが、それが甘かった。楠木君が目覚めたキャリアがまさか物質結合系とはな」


苦笑気味の毛利さんに対して、澪莉が言う。


「…独房なんて、無意味ですね」


「…その通りだ」


………。

……。

…。


「止まれ、楠木君、内田」


銃口の先、二人は歩みを止める。


その後ろには、半壊した教会が見えた。楠木君の腕には気絶した織星君が抱えられていた。


楠木君は荒い呼吸を繰り返し、何も話せない状況だった。


そんな楠木君を、内田が庇った。


「…なんの真似だ」


「二人はやるべきことをやった。俺の番だ」


「なんだ、今更正義の味方か」


私は、なぜこんなことを聞いたのか、今でもわからない。


どけ、でもよかった。無理やりどかすこともできた。


でも、聞いてしまった。


内田は奇妙なやつだった。罪を犯した男で、こんなところに来る必要も、我々に協力することだって、うまく立ち回ればしなくてもよかったはずだ。


そんなキャリアが、私と楠木君の間に立ち塞がった。


こいつの言い分を、どうしても聞きたくなった。そうすれば、この奇妙な非日常の中で、私のするべきことが見える気がした。


「別にアウトサイドに浸透してた訳じゃねぇ。ただ、二人は俺にこう言った。『キャリアにだって日常はある。帰れるやつは帰るべき』ってな。将来を見て寄り添ってくれる化け物と、銃を向ける人間だったら、俺はこっちに着くね」


「…そいつに首を掻っ切られてもか。後ろを見てみろ。そいつは今日だけで10人弱のアウトサイド構成員を殺している。それに、ひと月も前の生活は、もうお前に帰ってこない」


「こいつにこれ以上そうさせるとしたら、それは挑発してるあんたのせいだし、あいつらはこうも言った。『欠けたものを何かが補って、新しい日常になる。変わらないものも、きっとある』…そんな些細な幸せ願ってるから、こんなになっても、こいつは金髪さんを助けた。だから俺はこいつを信じる」


カラリ、と教会から破片が落ちた。


それと同時に、私は腕の力を抜くように、銃を下ろした。


同時に、私の後ろの警察官も銃を下ろす。


もう少し早く気づくべきだった。


そうすれば、楠木君に銃を向けず、場を納めることができたはずだった。


銃の重さに、私の腕が耐えられなくなった。


………。

……。

…。


・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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