page19:歌声
「海野海月へのお土産です。あなたが目指せた才能を、味わってもらいましょう」
キザ野郎は男の子の背中を押す。
男の子はぼんやりとした目で、辺りを見渡した。
キザ野郎は、私たちが警戒している間に舞台裏へと歩いていく。
澪莉が口を開いた。
「…楠木さん。織星さんとあの男を追ってください」
「…しかし!」
「四年越しに姿を現したんです。この程度で終わるわけがありません。お二人が一番動きやすいでしょう」
私も重ねた。
「…楠木さん、行ってください」
楠木さんは二秒ほど考え、織星さんを連れて走り出す。
海野さんと内田さん、毛利さん達も舞台の下まで近づいてきていた。
「…私と同じ才能って。あの子、さっき、凄い音であなた達を動けなくして」
澪莉が答える。
「きっと、同じ現象を起こしています。規模や狙いは異なりますが」
「…おな、じ」
ショックだったのだろう。海野さんは青ざめていた。
それを見て、少し安心した。
毛利さんと理市さんは男の子へ向けて銃を構えている。
さすがに一方的に撃つことはできないようだ。
見た目が見た目だ。それに、ここで、海野さんにそれを見せるかという迷いもあるのだろう。
澪莉はこちらを振り返る。
「…瑞葉さん。二つ、お願いがあります」
「どんとこい」
「上着を貸してください。そして、十五秒だけ、彼の力を抑えてください」
…それは、なかなか。
私は一度生唾を飲み込み、脱いだ上着を澪莉に渡して、前へ出た。
私が歩いたその一歩に反応して、男の子は視線をこちらに向けた。
あの男の子は、楠木さんの四年前の話からすると、逸脱者だ。
少しでも誰かを傷つければ、毛利さん達は躊躇なく撃つだろう。しかし、その規模が、使い方がさらに強大になっていれば。
そんなことすら起こせぬまま、終わる。
どちらも嫌だった。
長く、息を吐く。
「じゃあ、いくよ」
どうせ言葉は伝わらない。
自分に言い聞かせるように言って、目を閉じる。
舞台を包むように、圏を広げる。
同時に、男の子は息を吸った。
…来る!
私は両手を突き出して、振動を抑える試み。
男の子が少しだけ力む。
まず、衝撃。
次に、照明という照明が割れて、全身に痛みが走る。
「きゃああ!!」
海野さんの悲鳴が聞こえる。
「くっ…」
思わず膝をつく。
こちらの圏が張れてなければ、あのガラス片の仲間入りをしていたかもしれない。
澪莉を一瞥する。
目を閉じたまま、私の上着に手を翳している。
「…信頼が厚いね」
視線を男の子に戻す。
あれはもはや声とは呼べない。
しかし、現象で言えば、海野さんの行き着く先の一つだ。
絶対に、抑える。
こちらに絶え間なく届く衝撃波の中で、あの子の鼓動を探るのは無理だ。さっきと同じことはできない。
あの子に干渉することは、もうできない。
なら、あの子の放つ波自体の方向を変える。
辺りを見渡す。
ここはコンサートホール。振動系を放つキャリアにとって、これ以上ない有利な環境。
でも、その中でも、音を邪魔するものがある。
空気、地面…それらに反響し、それらを伝うその波を、ステージ脇や装飾の垂れ幕へ誘導する。
正面から跳ね返すのではなく、横からそっと押してやるイメージ。
それを察したのか、毛利さんと理市さんは幕へ向けて射撃を行った。
舞い降りた装飾の幕が、衝撃波を受け止めるように宙に揺蕩う。
まだ抑えられてない。
エネルギーがもっと必要だった。
「…海野さん!あなたの、歌声を!!」
私の叫びに、海野さんは顔を上げると、少しも迷わず頷いた。
海野さんは喉を慣らすように、一瞬のサイレンを行った後、チューニングを行うように一音を伸ばす。
急に腕が軽くなる。
「いっ…けぇ!!」
ステージ後方の垂れ幕へ一気に流す。
布…特にここまで厚いものは音を吸収する。
身体が楽になるのがわかる。
「澪莉!!」
「行きます…!!」
澪莉は私の上着だったものを抱えたまま駆け出す。
…男の子に向かって。
「このお転婆娘!!」
…見よう見まねでも!
私は右腕を振りかぶり、男の子へ向けて手のひらを突き出す。
男の子は一瞬だが、小突かれたように後方へ揺れる。
澪莉は一気に接近して、私の上着だったもの…金属の器のようになったソレを、男の子の頭に被せた。
次の瞬間。
「――ッ……」
何やら音を発して、その男の子は倒れた。
頭に被ったそれが地面にぶつかると、ガィィンと鈍い金属音のようなものを発した。
静寂。
急に静まったステージで、澪莉は男の子に被せたものを回収した。
「ありがとうございました」
それを一度撫でると、元の上着に戻る。
「…中で、反響したの?」
私の問いに答えつつ、澪莉は上着を返してくれた。
「はい。迷惑電話対策です。よく反響する素材に変えて頭を包むことで、発した振動が跳ね返りました」
男の子へ視線を向けると、鼻と耳から血を流して倒れている。一応、胸は上下している。
…レゾナンスは、彼を回収する気はあるのだろうか。
そう考えた瞬間だった。
ホールが大きく揺れる。
同時に通信が入る。
『楠木です!この建物は崩れます!外へ!!』
「各自一番近い出口から外へ出ろ!!」
毛利さんは叫ぶと、海野さんと内田を引くようにして出口へ移動を始めた。
…そんな。
…だって、私たちは誰の命も奪わず、ここまで来た。
…なのに!!
私は男の子へ駆け寄ろうとするが、澪莉は私の手をつかむ。
「…っ!」
澪莉は真一文字に口を閉じて、目に涙をたたえて首を振る。
どうしようもないのはわかる。
例え一緒に脱出できたとして、この子をどうにかする方法は、現状ない。
その立ち止まった一瞬で、ステージの天井の骨組みが崩れてきた。
土埃が舞い、視界が遮られる。
私は、澪莉に引かれるがまま、建物から脱出した。
………。
……。
…。
・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。
・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!
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