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page18:選択

【選択】


最後に毛利(もうり)さんを担いだ内田(うちだ)が飛び込み、その扉を押さえる。


しばらく扉は殴られているように揺れたが、やがて収まった。


「内田さん!火傷が」


「大丈夫だ。それより、姐さん…毛利さんを頼む」


「はい」


私は毛利さんに手を当て、状況を探る。


…少し、身体がこわばっている。


落ち着かせるように、ゆっくりとしたリズムの鼓動を送る。


やがて、私の鼓動と同調し、筋肉が弛緩していく。


「…よし」


これで、少ししたら目覚めるだろう。しかし、織星さんがやるよりも何倍も時間がかかった。この差は、大きい。


「瑞葉(みずは)さん、こちらに」


私が立ち上がると、澪莉(みおり)が呼んだ。


ここはホールの奥まった席のようだ。


そして、落ち着いたせいか、ようやく状況が見えてきた。


ステージの上に、誰かいる。


「…海野(うみの)さん」


ペタンと座り込んだ海野さんと、仮面の男。


そして、舞台の下には楠木(くすのき)さんと織星(おりほし)さん。


仮面の男がこちらに反応する。


「おや、これで役者が揃いましたかね。どうぞこちらへ。CAMの皆様」


…気持ち悪い。


そう思った。


でも、海野さんがいる。


振り返ると、理市(りいち)さんが頷いた。


私と澪莉は一度頷きあうと、舞台に近づいた。


「嬉しいですねぇ!碧(あおい)と再会できだけでも素晴らしい日でしたのに。素晴らしい新人さんにも出会えた…震えてしまいます」


仮面の男に向けて、楠木さんが言った。


「そのまま興奮して死んでくれると助かります」


「おや、釣れないですねぇ…あなたにこの傷の代償を払って貰うまで、私は死ぬわけには行かないのです。どうですか?あなたがレゾナンスに来てくれれば、お釣りが来ますが」


そう言いながら、仮面の男は仮面を外す。


暗闇に慣れた目でようやくわかった。


額から袈裟斬りのような深い切り傷があったことが見て取れる。


「…私はそんなの付けた覚えないのですが」


「あなたが教会を崩した被害です。つまり、あなたのせいなのです」


「知らん」


そして、ここまで仮面の…いや、キザ野郎は一切織星さんを見ていない。


一度断られたからだろうか。ハッキリした人だ。


だからこそ、恐ろしい。


「…ふん、まぁ今日のところはいいでしょう。私たちは新たな仲間を迎えます」


キザ野郎は海野さんを振り返る。


海野さんは俯いたまま動かない。祈るような両手で、注射器を握っている。


…アウターだ。


「海野さん!それは、これまでのとは違う!本当に、もう戻れなくなる!!」


私が声をかけると、海野さんは顔を上げ、こちらを見た。


その瞳は揺蕩い、口は歪み、迷いがあるように見えた。


明らかに、ライブハウスの時とは違う。


…内田だ。内田が動かした!


その反応を見たせいか、キザ野郎は勢いよく杖をついて空気を変えようとした。


「新人は五月蝿いですね…彼女の選択です。それとも、あなたは彼女の夢を叶えられるのですか?歌で人望を集める…それこそが、彼女の願いなのです!」


「そんなの、アウターが、シンドロームが必要なわけじゃない!」


「しかし、彼女が惚れた響きはシンドロームの響きなのです。我々はその手段を提供できる」


あった方が、確かに目立つ実力にはなるだろう。


「確かに、手段にはなる!でも、歌は、それだけじゃない!どこまでいっても、それが好きな人には絶対刺さる!海野さんは、もうその魅力を持ってる!!」


これは事実だ。紛れのない事実。


内田が行動で示した。


だからこそ、届く…!


気持ちが昂るのを感じる。でも、今は、出てくれるな。これはシンドロームを使ったら、届かない言葉だ。


私は舞台に這い上がる。


仮面の男の杖が私に向く。


「「澄空(すみそら)さん(瑞葉さん)!?」」


楠木さんと澪莉の声が重なる。


…嫌だ。


…もう、佐藤咲みたいなのを、繰り返すのは嫌なんだ。


…まだ、可能性が見える。


「海野さん!」


海野さんの視線は、私に向いている。


そうだ、手元を見ちゃいけない。


「海野さんの歌そのものに魅力があるから、内田さんみたいな人が出てきたの!こんなところまで付いてきて、内田さんは、あなたのために…私と一緒で、いや…それ以上に、"あなたの歌"が好きだから!!」


キザ野郎は動けないはずだ。


私をシンドロームで攻撃したら、確実に海野さんはこちらへ傾く。


「わた…私、は…」


ヨロヨロと立ち上がった海野さんに、キザ野郎が声をかける。


「海野海月(うみのくらげ)さん、そこにいてください」


私は重ねる。


「海野さん、私たちと、帰ろう」


「海野海月さん、長い目線で考えてください。もう、迷うことはなくなります」


「きっと、今日を思い出す日は来る。後悔もするかもしれない。でも、始まりを思い出して…やりたいことの手段を、間違えちゃだめ」


だから私はここにいる。


ここにいるからこそ、海野さんをこっちに呼びたくなかった。


これはエゴだ。


でも、伝えてもいい意見だ。


やげて、海野さんは私とキザ野郎の間に立つ。


「私は…歌が、歌いたくて」


「その歌を!我々は求めているのです!!」


「シンドロームがなきゃ叶わない夢かどうかは、まだわからない!」


その未来に、佐藤咲と、あの陸上部があるのなら。


一瞬だけ楠木さんと織星さんを見る。


二人はただ、頷いた。


これでいい。


「海野さん」


海野さんの視線を受け止める。でも、私から近づくのでは意味がない。


「シンドロームは確かに、珍しい力で、魅力があるかもしれない。でも、あったはずの日常を壊す。もしも、少しでも、今手放したくないものが他にあるのなら、シンドロームはきっと邪魔になる…特に、使い方を間違えたシンドロームは、絶対に」


海野さんは、手の中の注射器を見る。


「海野海月!それを使いなさい!!」


「う…」


これ以上、私も手を出してはいけない気がした。


使ったら使ったで、しょうがないこと。


そうも思った。


だからこそ。


「内田ァ!!」


私は全力で叫ぶ。


内田は壁に体重を預けながら、立ち上がる。


「…こっちに、来い!海野海月!!」


張りのない声だった。


それでも、その響きはここまで届いた。


「お前のステージは、ここじゃない。役割で選ぶな。元々のお前を好きな奴が待つステージが、あるはずだ!!」


「…おじさん!」


海野海月は、動いた。



カツンと小さな音が響き、注射器が転がる。あまりにも小さく、あっけない音。



それを置き去りにするように、海野海月はレゾナンスが用意した真っ暗なステージから飛び降りた。


内田もヨロヨロと歩み寄る。


やがて、内田は海野さんを受け止めた。


コロコロと取り残された注射器が転がり、キザ野郎の靴に当たる。


キザ野郎は、それを拾い上げながら呟く。


「…これだから、遅れた人類は。ベタベタして嫌ですね」


「あなたも、人として生まれたのに」


私の言葉に、キザ野郎は振り返る。


「生まれは関係ありません。我々は進化し、適応していく。その過程でこの姿、この能力でいるだけ…できることを尽くして、より良く生きることを目指す。それだけです」


キザ野郎の杖は、私に向いた。


「瑞葉さん!!」


「…寶川(たからがわ)さん!?」


澪莉がこちらまで来て、杖を掴む。それを咎めるように楠木さんが叫んだ。


キザ野郎は、憎々しげに澪莉を見たが、その表情は変わる。


「…瑞葉、瑞葉。それに寶川…」


「何ですか」


澪莉が吐き捨てるように聞くと、キザ野郎はやがて笑い始める。


「いや…なるほど。ハハハ…ハハハハハッ!!!そうですか!あなたたちが…!CAMも中々、一枚岩じゃないということですか」


…なんだ?


…何を言っている!?


「ちょっと、それどういう」


「あなた達二人とここで戦う理由はありません、ということです!」


男は杖を振り上げ、澪莉の手を振り払う。


その杖の先を織星さんに向けるが、楠木さんが走り寄り、蹴り上げる。


天井が焼け、古い照明が落ちてくる。


「またあなたですか!碧!!」


「ここでお前を仕留める…!」


「それは困ります。それに、振られた相手です。私とて傷つきはする」


「その痛みを消してやるってんだよ!!」


楠木さんの連撃を、キザ野郎は腕や杖を使っていなす。


「四年前のあなたを見て、私も格闘技を始めましてね」


「努力家で結構…」


キザ野郎は距離を取ると、指を鳴らした。


すると、後ろから小さな人影が割り込んだ。


半袖のワイシャツ、短パンをサスペンダーで吊っている。


多めに見ても10歳。


そんな男の子。


…マズい。


キザ野郎はその男の子に歩み寄り、


首元に注射器を刺した。


「海野海月へのお土産です。あなたが目指せた才能を、味わってもらいましょう」

・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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