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【選択】
最後に毛利さんを担いだ内田が飛び込み、その扉を押さえる。
しばらく扉は殴られているように揺れたが、やがて収まった。
「内田さん!火傷が」
「大丈夫だ。それより、姐さん…毛利さんを頼む」
「はい」
私は毛利さんに手を当て、状況を探る。
…少し、身体がこわばっている。
落ち着かせるように、ゆっくりとしたリズムの鼓動を送る。
やがて、私の鼓動と同調し、筋肉が弛緩していく。
「…よし」
これで、少ししたら目覚めるだろう。しかし、織星さんがやるよりも何倍も時間がかかった。この差は、大きい。
「瑞葉さん、こちらに」
私が立ち上がると、澪莉が呼んだ。
ここはホールの奥まった席のようだ。
そして、落ち着いたせいか、ようやく状況が見えてきた。
ステージの上に、誰かいる。
「…海野さん」
ペタンと座り込んだ海野さんと、仮面の男。
そして、舞台の下には楠木さんと織星さん。
仮面の男がこちらに反応する。
「おや、これで役者が揃いましたかね。どうぞこちらへ。CAMの皆様」
…気持ち悪い。
そう思った。
でも、海野さんがいる。
振り返ると、理市さんが頷いた。
私と澪莉は一度頷きあうと、舞台に近づいた。
「嬉しいですねぇ!碧と再会できだけでも素晴らしい日でしたのに。素晴らしい新人さんにも出会えた…震えてしまいます」
仮面の男に向けて、楠木さんが言った。
「そのまま興奮して死んでくれると助かります」
「おや、釣れないですねぇ…あなたにこの傷の代償を払って貰うまで、私は死ぬわけには行かないのです。どうですか?あなたがレゾナンスに来てくれれば、お釣りが来ますが」
そう言いながら、仮面の男は仮面を外す。
暗闇に慣れた目でようやくわかった。
額から袈裟斬りのような深い切り傷があったことが見て取れる。
「…私はそんなの付けた覚えないのですが」
「あなたが教会を崩した被害です。つまり、あなたのせいなのです」
「知らん」
そして、ここまで仮面の…いや、キザ野郎は一切織星さんを見ていない。
一度断られたからだろうか。ハッキリした人だ。
だからこそ、恐ろしい。
「…ふん、まぁ今日のところはいいでしょう。私たちは新たな仲間を迎えます」
キザ野郎は海野さんを振り返る。
海野さんは俯いたまま動かない。祈るような両手で、注射器を握っている。
…アウターだ。
「海野さん!それは、これまでのとは違う!本当に、もう戻れなくなる!!」
私が声をかけると、海野さんは顔を上げ、こちらを見た。
その瞳は揺蕩い、口は歪み、迷いがあるように見えた。
明らかに、ライブハウスの時とは違う。
…内田だ。内田が動かした!
その反応を見たせいか、キザ野郎は勢いよく杖をついて空気を変えようとした。
「新人は五月蝿いですね…彼女の選択です。それとも、あなたは彼女の夢を叶えられるのですか?歌で人望を集める…それこそが、彼女の願いなのです!」
「そんなの、アウターが、シンドロームが必要なわけじゃない!」
「しかし、彼女が惚れた響きはシンドロームの響きなのです。我々はその手段を提供できる」
あった方が、確かに目立つ実力にはなるだろう。
「確かに、手段にはなる!でも、歌は、それだけじゃない!どこまでいっても、それが好きな人には絶対刺さる!海野さんは、もうその魅力を持ってる!!」
これは事実だ。紛れのない事実。
内田が行動で示した。
だからこそ、届く…!
気持ちが昂るのを感じる。でも、今は、出てくれるな。これはシンドロームを使ったら、届かない言葉だ。
私は舞台に這い上がる。
仮面の男の杖が私に向く。
「「澄空さん(瑞葉さん)!?」」
楠木さんと澪莉の声が重なる。
…嫌だ。
…もう、佐藤咲みたいなのを、繰り返すのは嫌なんだ。
…まだ、可能性が見える。
「海野さん!」
海野さんの視線は、私に向いている。
そうだ、手元を見ちゃいけない。
「海野さんの歌そのものに魅力があるから、内田さんみたいな人が出てきたの!こんなところまで付いてきて、内田さんは、あなたのために…私と一緒で、いや…それ以上に、"あなたの歌"が好きだから!!」
キザ野郎は動けないはずだ。
私をシンドロームで攻撃したら、確実に海野さんはこちらへ傾く。
「わた…私、は…」
ヨロヨロと立ち上がった海野さんに、キザ野郎が声をかける。
「海野海月さん、そこにいてください」
私は重ねる。
「海野さん、私たちと、帰ろう」
「海野海月さん、長い目線で考えてください。もう、迷うことはなくなります」
「きっと、今日を思い出す日は来る。後悔もするかもしれない。でも、始まりを思い出して…やりたいことの手段を、間違えちゃだめ」
だから私はここにいる。
ここにいるからこそ、海野さんをこっちに呼びたくなかった。
これはエゴだ。
でも、伝えてもいい意見だ。
やげて、海野さんは私とキザ野郎の間に立つ。
「私は…歌が、歌いたくて」
「その歌を!我々は求めているのです!!」
「シンドロームがなきゃ叶わない夢かどうかは、まだわからない!」
その未来に、佐藤咲と、あの陸上部があるのなら。
一瞬だけ楠木さんと織星さんを見る。
二人はただ、頷いた。
これでいい。
「海野さん」
海野さんの視線を受け止める。でも、私から近づくのでは意味がない。
「シンドロームは確かに、珍しい力で、魅力があるかもしれない。でも、あったはずの日常を壊す。もしも、少しでも、今手放したくないものが他にあるのなら、シンドロームはきっと邪魔になる…特に、使い方を間違えたシンドロームは、絶対に」
海野さんは、手の中の注射器を見る。
「海野海月!それを使いなさい!!」
「う…」
これ以上、私も手を出してはいけない気がした。
使ったら使ったで、しょうがないこと。
そうも思った。
だからこそ。
「内田ァ!!」
私は全力で叫ぶ。
内田は壁に体重を預けながら、立ち上がる。
「…こっちに、来い!海野海月!!」
張りのない声だった。
それでも、その響きはここまで届いた。
「お前のステージは、ここじゃない。役割で選ぶな。元々のお前を好きな奴が待つステージが、あるはずだ!!」
「…おじさん!」
海野海月は、動いた。
カツンと小さな音が響き、注射器が転がる。あまりにも小さく、あっけない音。
それを置き去りにするように、海野海月はレゾナンスが用意した真っ暗なステージから飛び降りた。
内田もヨロヨロと歩み寄る。
やがて、内田は海野さんを受け止めた。
コロコロと取り残された注射器が転がり、キザ野郎の靴に当たる。
キザ野郎は、それを拾い上げながら呟く。
「…これだから、遅れた人類は。ベタベタして嫌ですね」
「あなたも、人として生まれたのに」
私の言葉に、キザ野郎は振り返る。
「生まれは関係ありません。我々は進化し、適応していく。その過程でこの姿、この能力でいるだけ…できることを尽くして、より良く生きることを目指す。それだけです」
キザ野郎の杖は、私に向いた。
「瑞葉さん!!」
「…寶川さん!?」
澪莉がこちらまで来て、杖を掴む。それを咎めるように楠木さんが叫んだ。
キザ野郎は、憎々しげに澪莉を見たが、その表情は変わる。
「…瑞葉、瑞葉。それに寶川…」
「何ですか」
澪莉が吐き捨てるように聞くと、キザ野郎はやがて笑い始める。
「いや…なるほど。ハハハ…ハハハハハッ!!!そうですか!あなたたちが…!CAMも中々、一枚岩じゃないということですか」
…なんだ?
…何を言っている!?
「ちょっと、それどういう」
「あなた達二人とここで戦う理由はありません、ということです!」
男は杖を振り上げ、澪莉の手を振り払う。
その杖の先を織星さんに向けるが、楠木さんが走り寄り、蹴り上げる。
天井が焼け、古い照明が落ちてくる。
「またあなたですか!碧!!」
「ここでお前を仕留める…!」
「それは困ります。それに、振られた相手です。私とて傷つきはする」
「その痛みを消してやるってんだよ!!」
楠木さんの連撃を、キザ野郎は腕や杖を使っていなす。
「四年前のあなたを見て、私も格闘技を始めましてね」
「努力家で結構…」
キザ野郎は距離を取ると、指を鳴らした。
すると、後ろから小さな人影が割り込んだ。
半袖のワイシャツ、短パンをサスペンダーで吊っている。
多めに見ても10歳。
そんな男の子。
…マズい。
キザ野郎はその男の子に歩み寄り、
首元に注射器を刺した。
「海野海月へのお土産です。あなたが目指せた才能を、味わってもらいましょう」
・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。
・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!
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