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page16:救出(前編)

【救出】


地下駐車場に車が入った。


周りに見張りはいなかったが、さすがに正面から行くのは不安が勝る。相手の準備がどれほどなのかも不明だ。


この静けさは少し不気味だった。一歩歩くごとに靴音が反響する。それがよく聞こえるほど、この場所に音がない。


それに、電気が通っていないのかやけに暗い。毛利(もうり)さんと理市(りいち)さんが持つライトが頼りだ。私たちのスマホのライト機能もあるが、少々頼りない。


本当に楠木(くすのき)さんの言う通り、こちらを誘い込んでいるとでも言うのだろうか。


狼男とは、二対一でも力負けした。キャリアとの戦いは、そんな経験しかないのに。


後ろの車から楠木さんと織星(おりほし)さんが降りてくる。


「皆さんは数分してから、非常階段で入ってください。私が中で注意を引きます」


楠木さんは後部座席を探りながら言った。


なんか特殊部隊もののドラマで見るようなマスクを装着し、ポケットから、レザージャケットと同素材の布を取り出し、襟元に装着した。


それはフードだったようで、被る。仕上げにレザーのグローブまで着けて、完全に不審者だ。


毛利さんは防刃ベストを装着しながら返す。


「…安請け合いじゃないんだな?」


「えぇ。対弾性を高めれば、同箇所に拳銃弾三発までなら耐えることは確認済みです」


「それはその服の話で、君自身の体のことではないだろう…」


毛利さんの溜め息に対して、織星さんが口を開いた。


「今回は私も行きます。色々対策できますし、多少安全になります」


「それは心強いが…」


楠木さんはレザージャケットの素材感を変化させながら言った。


「確かに、六人で動いてもしょうがありません。それに、内田(うちだ)の位置がわかるのは毛利さんと理市さんですし…」


遠目に見ても、硬くなったり柔らかくなったりしているのがわかる。なるほど、皮膚自体を変化させるよりよっぽどリスクが少なそうだ。


そして、一度区切った楠木さんは、わかりやすく私に向き直る。


「澄空(すみそら)さん。海野海月(うみのくらげ)に何か言ってやれるのは澄空さんくらいです。必ず、海野海月にたどり着いてください」


…そうだろうか。


私の言葉は、彼女に届くのだろうか。


私は海野さんほど、何かに熱中しているわけでもなければ、真剣に将来のことを考えているわけでもない。


それは、きっと楠木さんもわかっている事情のはず。


それでも、私にかける何かがあるということだ。


私のやるべきことなのだと、そう思った。


「わかりました」


私の返事に頷くと、楠木さんは澪莉(みおり)の前まで歩き、その頭にポンと手を置いた。


「寶川(たからがわ)さん。三人のこと、頼みましたよ」


「…は、はい!」


「当然、寶川さんも、無事に帰ってきてください」


「…楠木さんも」


「はい」


澪莉、嬉しそうだ。


それぞれ音キャリアの対策やベストの着用などを行い、準備が完了した。


ベストは2キログラムほどといったところか。ズシリと肩に乗る重さに、緊張が強まる気がした。


これが機能する現場では、きっと自分で身を守らないといけないのだ。


CAMとして、マグノリアで働くということは、この重さを背負うことなのだと、今更ながらに実感する。なにより、私より小さい澪莉に頼ってばかりではいられない。


理市さんは、それぞれとの通信を確認してから現在の内田の大体の位置を共有してくれる。


内田の座標は平面のものしかわからない。この建物の何階にいるかは不明なわけだ。


移動の前に、楠木さんが織星さんに突然聞いた。


「織星さん、つかぬことをお聞きしますが」


「なんでしょう?」


「今の体重は50…いや、51キログラム未満ですか?」


「…はい?」


ピキ、と言う擬音が聞こえそうな、澄ました笑顔だ。


「いや、未満なら、ベスト込みでも背負ってエレベーターを跳べるので…」


「…未満ですよ」


織星さんは多分、意表を突いたノンデリな質問に固まったのだろう。しかし、その間を、楠木さんは別の意味で受け取ったらしい。


「いえ、別に。エスカレーターを駆け上がってもいいわけです。止まってるエレベーター口なら奇襲しやすいだけで」


「ですから、未満です!!ほら、行きますよ」


楠木さんは織星さんに引っ張られるように連れて行かれた。


楠木さんは何でもないように通電していないエレベーターの扉を開くと、織星さんを背負う。織星さんは実に何とも言えない表情をしていた。


こんな現場でなければ絵になる場面だったろうに。


「では、また後で」


楠木さんは言い残すと、軽く床を蹴った…ように見えた。


慌てて下から見上げると、そのままトントンと対角線上を蹴り続け一つ上の階の扉を殴り破る。


「あの人やばいな」


思わず口から漏れていた。しかし、不思議と楠木さん自体への印象はあまり変わらない。楠木さんは楠木さんでしかない。


私と同じく口を歪ませていた毛利さんは、私と澪莉を見て言った。


「こちらも行こう。私と理市の間で動け」


「わかりました」


非常階段の扉を開き、登っていく。


中も相変わらず暗い。時間も随分と遅くなり、夏とはいえ外からの灯りも望めない。


転んだりして、無用な音と怪我を生まぬよう気をつける。


一つ階を登った先、階に出る扉の奥からは、何発かの銃声が聞こえた。


すでに楠木さんたちが戦っているようだ。


毛利さんは扉にかけた手を引き、さらに階段を登る。


私は思わず声をかける。


「え、行かないんですか」


「彼らの奮闘を無駄にするわけには行かない。二階を先に調べる」


「でも、銃声が!」


「なおさらだ。我々が出ていっても援護にならない。楠木君なら、守るべき人が増えるほど不利にしかならん」


毛利さんは前を向いて登り始める。


私より先に、澪莉が続いた。


「楠木さんたちの助けになるのは、海野さんたちを見つけることです。行きましょう」


「澪莉…」


澪莉の声は、少し震えていた。澪莉は与えられた役割に対して、あるべき方向に進もうとしている。


私も被りを振って階段を駆け上がる。


二階に到着し、毛利さんが扉に手をかけるが、開かない。


「歪んでいるか…」


「私が」


澪莉が前に出て、扉へ触れる。


数秒すると、ロック箇所付近の歪みが消えていた。


「ありがとう。少し下がれ。私の次は理市。君たちはその後に続け」


毛利さんが再度扉に手をかけた時、音が耳に届いた。


「…待ってください」


毛利さんの肩に手を置いて耳を澄ます。


『下の階がやばい!応援が必要だ』


『でも、下は五人いるんだぜ?男の方はこっちにいるってのに』


『下がやられたらここにいてもしょうがないだろ!数で押すんだよ!!』


『わかったよ。お前は残れ。しっかり見張れよ』


『了解』


「…二人、下の階に降りて行きます。一人以上残ってるようです」


「わかった。十秒待ってから出るぞ」


私は、毛利さんたちの改めて構えられた銃に視線を惹かれた。


…楠木さんの、四年前の話を聞いて、引っかかっていることがあった。


そして、狼男の事件の顛末を…あくまで、聞いて、その時の澪莉の様子を見て、こちらで勝手に想像した内容だが。その顛末を聞いて考えたこと。


「毛利さん」


「どうした」


「ここは、私に任せて頂けませんか。毛利さんの判断で、如何様にしてもいいです。でも、最初だけ、私に任せてもらえませんか」


私の発言に、毛利さんも、理市さんも、澪莉も驚いていた。


「何をするつもりだ」


「無力化します。わざわざ銃を使っている人たちです。相手には、シンドロームでどうにかする手段は、多分ない」


毛利さんはまだ口を開かない。理市さんは首を振った。


「…私は反対です」


「澪莉に協力して貰えば、殺さなくて済みます」


「…瑞葉(みずは)さんが、そう言うなら」


澪莉の言葉、私の表情から、毛利さんはやがて、頷いた。


「理市、いつでも撃てるように。実弾で行く」


「…わかりました」


「ありがとうございます」


私は毛利さんたちにお礼を言うと、澪莉にハンカチを渡した。


「澪莉、これをチラシ紙みたいなやつに変えて欲しい」


「わかりました」


澪莉は二つ返事で頷くと、しゃがんだ。膝の上に広げたハンカチへ手をかざすとハンカチは硬く、薄く張った質感へ変化する。まさに依頼通りだ。


私は受け取ると、それを何回か折り込んだ。


出来上がったのは、手のひらサイズの、大まかに見れば三角形のもの。


相手の足音で大体の位置を把握しつつ、扉の外に出る。


私を先頭に、理市さん、澪莉、毛利さんと続き、壁に隠れる。


この階に残ったレゾナンスの男は、ライトをつけて見回っているようだ。やはり、一人か。


ここにいる限り、見つかることはなさそう。


シンドロームを使って行うのは、足音の軽減と、相手の緊張を高めること。


ただ、どれだけ音を操作しても、その目に捉えられるとうまく行かないだろう。誘導しなければ。


スマホを操作して、アラームを30秒後に設定する。


「澪莉、これを反対側に滑らせて。音はこっちで制御する」


「わかりました」


澪莉は膝をついて、一度の空振りの後、滑らせるように放る。


私はその滑る音自体が届かないよう、何とか抑え込む。


スマホはうまく設置できた。ケースは買い換えないとダメかな、なんて考えつつ、時間までにできるだけ近づく。


足音を床へ柔軟に逃がし、反響しないように。能動的に呼吸を浅くして、相手に合わせておく。


幸い、背の低い掲示板やラックなどもあり、身を隠すのに使えた。目はすでに暗闇に慣れている。十分に動ける。


そして、全力で動けば一息で背後につける位置についた時、スマホはバイブレーションを始める。


「うおっ!?」


男は弾かれたように反応すると、そちらへ体、視線、銃口を向ける。


…今だっ!!


両手を向けて、相手の鼓動を探る。


この瞬間は相当緊張しているはず。こちらも緊張はしているが、なればこそ。今からならすぐに…。


…掴んだ!!


まだ、相手がこちらに気づいた様子はない。つまり、相手は非キャリアだ。


相手の鼓動を早めるように、こちらの振動を、リズムを早めながら伝える。


相手は何かに囚われたかのように、動きがぎこちなくなる。


そこに背後から近づき…


折り紙を握った右手を掲げ、勢いよく振り抜く。


折り紙は空気を取り込んで一部を膨らませ、周囲の空気との圧力変化によって、大きな破裂音を生む。


その振動を、握り込むようにして、男を中心に反響させる。


男は雷に打たれたかのように一瞬震え、やがて音を立てて倒れた。


そして、再び場を静寂が包む。


「…はっ…はぁ…」


…疲れた。


…非常に疲れた。


ハンカチの紙鉄砲を持つ右手が細かく震える。左手で抑えても、それは止まらない。


相手の呼吸は乱せるのに、自分を落ち着かせるのは、すぐにできない。でも、自分の耳は大丈夫だ。音の操作自体は上達してる。


役に、立ててる。


意識的に深呼吸をして落ち着いているうちに、周囲を警戒しながら澪莉と毛利さんが来てくれた。


理市さんは倒れた男の装備を確認している。おそらくだが、弾を抜いているようだ。


澪莉は私にスマホを渡しつつ言った。


「お疲れ様でした。織星さんに教わったこと、活かせましたね」


「ね。良かった、…良かった。澪莉も協力ありがとね」


「いえ、お役に立てて良かった」


毛利さんも続く。


「こちらまでその紙鉄砲の音は届いていなかった。上手く制御できていたようだな」


「ありがとうございます」


そして、理市さんが何やら持ってきた。


「先輩、レゾナンスの通信機です。先ほど僅かですが、一階で『歌姫を移動させる』といった内容、この階では『男を連れて行かせるな』といった内容の通信がされていました」


つまり、この階には内田がいる。そして、おそらくだが海野さんはどこかに連れていかれた…さらにいえば、二人は別の場所ということだ。


毛利さんは頷く。


「わかった。まずはこの階の内田を確保しよう。理市、発信機の信号へ案内してくれ」

・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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