page14:因縁
「…あなたは、我々レゾナンスの象徴になってもらいます」
「象徴…」
「我々はシンドロームによる人類の進化を歓迎する。非キャリアもキャリアにできる。我々の賛同者を集め、キャリアを増やす。キャリアが増えたら、我々を新たな人類として政府に認めさせる」
「…革命家気取りですか。残念ながら、世間はそんなに柔軟とは思えません」
その通りだ。だからCAMができた。キャリアが増えてきたその時に向けて、共生の道を選ぶために。
その下地のために。
それを待つのか、能動的に進めて目指すのか。こいつらとの差はそこなのかもしれない。
「柔軟性は足りないかもしれない。でも、人とは単純です。メリットがあればそちらに靡く。その一歩のためのあなたです。美しさ、優しさ、そしてその人を癒す力…あなたは、人が求める"救い"そのもの。あなたをキャリアのイメージにすれば、受け入れる人は増えます」
「…私を偶像に」
「はい…。いかがですか」
その張り付いた笑顔。
表情とは裏腹に、これまでにない張り詰めた空気が漂う。
控えの男の手に、例の注射器が握られる。
…もう、無理だ。
「内田、無理だと思ったら逃げろ」
「なんだと?俺よりお前だ。もうやばいだろ。息も荒いし」
「うるせぇ」
数歩助走をとる。胡椒爆弾を掴む。
俺が走り出すと同時に、美姫は言い放った。
「…お断りです。キザ野郎」
…こんな素敵な女性、他にいないだろう。
そう思いながら、全力で胡椒爆弾を投げる。
それは見事、キザ野郎の額に命中し、弾けた。
それを見届ける前に走り出す。
目指すは注射器を握った男。
距離を詰めると、良い反応速度でガードを固めた。その対象は顔。
ならば。
左足でブレーキをかけつつ、勢いは右足へ。
その爪先で、股間を蹴り上げる。
「ガッ…」
悪いことをした。そう思いつつも、あの勢いを乗せて顔を殴ったら殺してしまう。
美姫の腕を掴み、少しでも男と距離を取らせる。
キザ野郎は目を塞いだまま、子どもを抱き上げ、そのヘッドホンを外した。
…"アレ"が来る!
様々な考えが頭をよぎる。
自分は問題ない、それでも、美姫はどうだ。
前回と同じ出力なら耐えられる。だが、目的が違うかもしれない。
…どうする。
…どうする!
最悪、手にかけることすら頭をよぎる。
その瞬間。
「チクショウ馬鹿野郎!!」
叫びながら内田が走ってきた。
その手に構えた水鉄砲をキザ野郎と子どもに乱射する。
その一部が、キザ野郎の顔や、大きく開いた子どもの口へ入る。
「ゲホっ…ゴホッ」
子どもは咽せ込む。使えないと判断されたのか、壇上へ放られた。
「MVPはやるぞ内田ァ!美姫を頼む!!」
「わかった!行くぞ金髪さん!」
「でも、碧はっ!?」
「させるかぁ!!」
キザ野郎が杖を内田達に向ける。
俺はヘルメットを外して投擲し、キザ野郎の杖の先を逸らす。
すると、その先の椅子が瞬時に黒煙を上げた。
…熱循環!
なら、接近戦で邪魔するしかない。
周りを一瞥すると、他の構成員は二人。
「手が足りねぇ!!」
思わず叫ぶと、キザ野郎は迷わず俺に組みついてきた。
「そうでしょうねぇ!!」
「邪魔すんじゃねぇ、キザ野郎!!」
「その物言いは気に食わないですが…あなたも素質があります」
「いらねぇよそんなん!」
上から肘打ちしてやろうと腕を振り上げた時、そのキザ野郎は笑う。
「さっきから、躊躇してましたね」
「なっ…」
「あなたはもう限界のはずだ。シンドロームを使わない自分の方に違和感があっても良い。そして、その躊躇が、大事な人を殺しますよ」
その男は実に紳士的に微笑むと、奥を見やる。
つられてそちらを見ると、内田達は広間の端で、入り口でのしたはずの男達に囲まれていた。美姫の周りにいた男達も、そちらに迫っている。
しかし、こいつを放っておいたまま美姫達を助けに行くのは無理だ。
そう考えたタイミングで、キザ野郎は叫んだ。
「もう時間の無駄です。銃を使ってかまいません」
「っ…」
俺がキザ野郎に集中しつつ視線を送ると、内田達を囲んだ男達の数人は、銃を取り出したように見える。
ゆっくりと、男達が銃を構える。
「おいおいおいマジかよ…」
内田の声が届く。
あの銃は本物か?物質結合か…?どちらにせよ、ハッタリかどうか確認する暇はない。
美姫は、深度を深められたのか、少し苦しそうにしている。さっきまでの俺と同じだ。
もう、迷ってられない。
…イチかバチかだ。
大きく息を吐く。それを諦めと見たのか、キザ野郎は言った。
「あなたのその半端な理性が、彼女達を殺すんです…あの人もあなたもおかしい。そんなに人間でいることが大事なのですか?」
人間でいること…?
何を言っている?
キャリアと人間、何が違うというのか。
その一点が、爆発しそうな頭を一瞬で冷やした。
こいつらは、やはり違う。
人に銃を向ける奴が、それで脅す奴が。
何講釈を垂れようとしている?
何か湧き上がる感情がある気がする。でも、それを表す言葉は、もう思いつかない。反射で口が開いていた。
「区別を必要としてる時点で、お前達は間違ってる。思想に付いてくるやつがいても、ほんと一握りのバカだけだな」
「……。」
その一言は、このキザ野郎にとって気に食わなかったらしい。
距離をとって、こちらに杖を向ける。
それを見てとった途端、ジワリと胸元に熱を感じた。
まるでレーザーだ。杖の先のガラス製のレンズのようにしているのか…?
慌てて身を逸らしつつ、その杖を抱え込む。
そしてその杖の先を、真上のシャンデリアを吊るす金属へ向けた。
2秒かからないほどでシャンデリアは支えを失い落ちてくる。
「…覚えましたよ。碧」
その一言は、やけに耳に残った。
俺は美姫たちを囲む男達へ駆け出す。もう迷わない。
アウトサイドだからじゃない。
ここのやつは全員…殺す。
背後で大きな音と振動が起きる。
落ち方が悪かったらしい。
その衝撃は窓やステンドグラスを割り、柱を崩した。
こちらへ振り向いたやつから一人ずつ顔面へ拳を叩きつける。
何発か撃ち込まれたが、その痛みを感じ取る前に、皮膚が変質していくのを感じた。
今更だ。
物質結合だったんだ。新しいシンドロームは。
内田と美姫以外に立っているものがいなくなり、目の前の美姫は、少し震えて俺を見上げる。
「…すまない」
俺がそれだけ伝えると、美姫は表情を変えぬまま、目を閉じて意識を落とした。
美姫を抱える俺を、内田が支えて外へ出る。
そこには、到着したばかりであろうパトカーが数台あり、真っ先に降りてきた毛利さんは、こちらへ銃を向けた。
「…お前は、何者だ」
そう聞かれた。
そうか。
毛利さんからも、そんな風に見えるのか。
俺は、何か大事なものが壊れる音を聞いた気がした。
………。
……。
…。
ところどころ内容を端折りつつ、出来事を伝えた。ピックアップするべきは、レゾナンスの考えと、キャリアとの戦闘時の注意点だ。
「つまりですね、今回も複数のキャリアが待ち構えている可能性があるので、隠密と奇襲で少なくとも二対一、最悪でも一対一の構図を作りながら制圧していく必要があります」
私が最後に重要な点をまとめると、寶川さんの溜め息が返ってきた。
『楠木さん、まとめるべきは絶対にそこではありません』
「…そうでしょうか?」
そんなことはない。非常に重要だ。
続いて、澄空さんが疑問を投げかけた。
『しかし、そのキザ野郎…は何故海野さんだけを狙っていたのでしょうか。織星さんも楠木さんもいたのに』
『純粋に、まだCAM管理下にない海野さんの方が扱いやすいからでは?』
『まぁ、そうか…』
それか…。
「私たちがこうして追いかけることを見越して、全員を捕えるつもりでいるか、ですね」
私が答えると、電話先はしばらく押し黙ってしまった。
やがて、毛利さんが口を開いた。
『…とにかく、二人一組以上で行動しよう。今回の目的は、海野海月と内田詩行の奪還だ。だが、無理やり連れていくことはしない』
その発言に対して、澄空さんが言う。
『アウトサイドが一概に悪ではない、からですか』
『その通りだ。アウトサイドであるからと言って犯罪者ではない。その闇雲な力の行使を認められないと…さっきのようなライブの時でないと、こちらは拘束できない。たとえそれがレゾナンスだったとしてもだ』
「しかしながら、あちらがこちらに単純な実力行使をしてくる場合は、逃げるか、身を守る必要があります」
私の言葉に、寶川さんも反応する。
『…単なる実力行使以外にも、アウターを使われる可能性があります』
答えたのは織星さん。
「相手が持っているなら、阻止して対抗するしかありません。佐藤咲に使われたもののように、覚醒や深度上昇を狙うのか。あるいは海野さんに使われたインスタントなもので、依存とキャリア選別を進めるのか…どちらにせよ、危険なのは変わりありませんから」
そして、車は住宅街を抜けて、景色には緑が増えてきた。
理市さんが言った。
『楠木さん、この先、林を抜けたところに旧市民ホールがあります。三年ほど前に機能を移転して、解体待ちのものだったはずです』
「隠れ家ですかね」
道も古くなっているのか、揺れが増える。
少し収まったところで、寶川さんが問いかけた。
『…織星さんも、楠木さんも、アウターを使われたのにどうやってそこまで落ち着いたのですか』
織星さんは、少し間を空けて答えた。
「…深度は一度深まると、戻ることはありません。一度理解した知識を、やろうとすればいつでも思い出せるのと同じです。碧の場合、深い深度が必要な行使をできるだけ行わないことで、一般的な人を演じているのに近い状況です」
『そんな言い方っ。楠木さんは、ずっと、楠木さんのままで…演じてるなんて』
織星さんは、こちらを見た。その意図を汲み取り、口を開く。
「…寶川さん。言葉の捉え方です。演じているといえばその通りですし、そう在りたい自分を目指しているとも言えます。これで良いんですよ」
『……すみません』
たっぷり時間を使って、寶川さんは押し黙る。
織星さんは再度続けた。
「私が打たれたアウターは、今回海野さんたちが使ったものと似ていたのでしょう。一時的に媒介場に敏感になっていた…そのような感覚です。ただ、深度が深まると、媒介場に触れない状況の方に違和感が出てくる。さらに、海野さんの場合、依存的な感覚に近いです…きゃっ」
ハンドルを切ったタイミングで織星さんは一度区切る。
どうしても聞きたかったのだろう。澄空さんが改めて尋ねてきた。
『海野さんは、まだ戻れるんですか』
答えを用意していた織星さんが話した。
「アウターを使わない日常に戻るには、激しい後遺症のようなもの...同期離脱症状に打ち勝たなければならないでしょう…そしてそれは、深度が深まれば深まるほど、厳しいものになります」
毛利さんがまとめた。
『あえて言っておけば、楠木君のようにある程度戻って来たように見える例は、現状確認されている限り、二人だけだ。楠木君と、調停員の茅ヶ崎君だけだな』
「ラストチャンスだと思っていいでしょうね…その上で重要になるのは…澄空さん、何だと思いますか」
『えっ…えっと…』
澄空さんに投げたボールは、五秒ほど経って、やっと返ってきた。
『きっと、海野さん自身が、シンドロームを否定…じゃない。自分自身に価値を感じないとダメなんだと思います。自己肯定感というか、自尊心というか』
「私もそう思います。シンドロームを忘れることはできません。無くても充分、もしくは無いときのメリットを、彼女自身が見つける必要があります」
そして、そのためには…
「内田…」
あいつの言葉が、必要なのだろう。
・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。
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