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【レゾナンス】
「碧、もう大丈夫です。一人で歩けます」
路地を出て、時間貸しの駐車場まで来ると、織星さんは私の肩から腕を解いた。
「はい…運転は私が。織星さんは助手席に」
「…私の車ですよ?」
「承知の上です。水分とって、少し休んでください」
私は織星さんを助手席に押し込むと、運転席に回り込んで座る。
毛利さんに電話をかけると、繋がった。
「楠木です。出れます。どちらに」
『ああ。大通りに出てくれ。えーと…郵便局があるだろ、その手前で待ってる。通話はそのままで』
「わかりました…行きますよ、織星さん」
「はい。お願いします」
ライトをつけて、出発する。
大通りに出て、少し走ると黒のセダンタイプが見えた。毛利さんの車のナンバーだ。
「後ろにつきました。このまま追います」
『確認した。理市、頼む』
『わかりました。皆さん、捕まってください』
理市さんの声に合わせて、前の車が急発進した。他に警察がいたら追ってきそうな勢いだ。
比較的広い道で追うことができている。
今のうちに、寶川さんと澄空さんに情報共有をしておくべきであろう。
おそらく、理市さんは毛利さん経由で聞いている。
しかし、特に澄空さんは、これからどういう集団を相手にするのか、知っておかなければ、いざという時に自分以外のものを優先してしまうかもしれない。
一度、織星さんを見る。
「…さっきの様子からすると、寶川さんも澄空さんも、アウトサイドや内田のことは知っているんですよね」
少し間が空いて、返答が来る。寶川さんだった。
『…はい。毛利さんや織星さんから伺いました』
「…なるほど。その上で二人に知っていて欲しいのは、アウトサイドは、一概に悪ではないということです」
『…というと?』
「アウトサイドは広義では"CAM管轄ではないキャリア"のことです。今回でいえば…海野海月は厳密にはキャリアではないのですが、アウトサイドと言っても良いでしょう。内田も元アウトサイドです。CAMを知らないだけの人、意図的に避けている人、様々います」
私の言葉に、澄空さんが唸った。
『私もある意味では元アウトサイドってことになりますよね…アウトサイドって、一つのグループかと思っていましたが、どちらかというと"社会人とそれ以外"みたいな言葉の使われ方なんですね』
「…まぁ、ニュアンスはそうです。で、その中で本当にグループとして出来上がってきているのが、レゾナンスなのでしょう。自ら名乗り出しているのですから」
『レゾナンスが海野さんを連れ去った理由はなんなのでしょう…?』
当然の質問に答えようとするも、過去のフラッシュバックが起きて、反応が遅れた。
理市さんの車の車線変更について行くのが遅れ、車が揺れる。
織星さんが息を呑んだ。
しかし、さすがの車だ。体勢の立て直しが早くて助かる。
「あの音のキャリア、あれが属していることから、仮に、四年前の一団と関係しているとすれば…」
私が言い切る前に、織星さんが続けた。
「…宗教化、ですか」
「私もそう思います」
『…やつらが、また動き出したということか』
毛利さんも重ねた。
私は思わず唇を噛んで、言葉にした。
「海野海月は、織星さんと同じ役割…宗教の象徴として、使われるのかもしれません」
言いながら、私は四年前の奪還戦を思い出していた。
………。
……。
…。
「これを着ろ」
車から降りた内田に、警察用の防刃ベストを被せる。
ズシリと重いが、何もないよりはいいだろう。でも、もう少し軽く丈夫なものが欲しくなる。
同じように感じたのか、内田は少しゲンナリした表情を見せた。
「…重いな」
「後、これ。耳につけておけ」
渡したものを見て、内田は疑問符を浮かべた。
「…イヤホンか?なんでまた」
「相手のキャリアに厄介なのがいる。大事な鼓膜を守りたいなら、ノイズキャンセル機能をつけておけ」
「…わかったよ」
「それとこれ」
「…劇物水鉄砲か。変なもの作らせやがって…タバスコと唐辛子って、子どもの喧嘩でもすんのか?」
「それが俺が怖いキャリアへの特攻兵器だ。頼む」
「…了解」
内田の軽口はいつもより少ない。状況が状況なのと、俺に余裕がないのが見て取れるからだろう。
内田が言っていた教会が見える路地。その角まで来ている。
住宅地の外れ、公園の近く。周りに人は多くはないが、公園利用者がいた。あれは…キャリアではなさそうだが。
内田に見張りを頼みつつ、準備を進める。
思いつく準備をホームセンターで済ませ、細工が必要なものは、移動中に車内で内田に作らせた。
ないよりはマシ、とバイク用のヘルメットを被り、全身にサバイバルゲーム用のプロテクターをつける。
スタンガン、ガシャポンの空き容器に胡椒と唐辛子の粉末を詰めたもの複数は袋に入れて腰に下げる。
「内田は後ろから付いてこい。危ないと思ったら一人でも逃げろ。基本は隠密で行く」
「わかった」
この教会は数年使われていなかったものらしい。解散命令を受けた宗教団体が立ち退いた後の居抜きという予想だ。ただの住民の集会所のようになっていたところを、乗っ取る形だったのではないか。そう内田が言っていた。
公園側から近づき、公園内に圏を薄く張る。やはりここにいた人は非キャリアらしく、煙たがるように公園を離れていった。
入り口をノックする。
しばらくして足音が聞こえた。
「…合言葉は」
合言葉が必要な教会があってたまるか。
「配達です。送り主の記載がないお荷物でして、ご確認いただきたいのですが…」
つらつらというと、内田の溜め息が聞こえた。うるせぇ。
扉が開く。
ジャージ姿の若者。俺よりも若い。まだ高校生程度だろうか。
「配達でーす…!」
改めて名乗りつつ、体勢低く近づきスタンガンを当てる。
呻き声が響く。
内田が低く叫んだ。
「12時一人、受付一人、9時一人!!」
12時は入口の男で遮ることができている。受付はガラス越し。
開けている九時方向に向けて胡椒爆弾を軽く握りつぶしつつ投げる。
腕で払われるが、役割は果たしたらしい。
掴んでいる男を叩きつけて受付の扉を塞ぎ、正面の男へ接近する。
男は振り返って逃げようとしたが、騒がれると面倒だ。
圧力系の力による調整、振動系の力による適切な筋弛緩…その運動の最適化によって、一般の反応速度の裏をかく。
…シンドロームを使うたび、心が落ち着く。
胡椒爆弾を掴み、捕まえた男の口へねじ込む。そのまま頭を抑え、片手で顎下から殴る。
小気味のいい音と共に男がむせ混み始めた。
…力を発揮するたび、苦しくなくなる。
…これが、逸脱なのだろうか。
まだ広間にはバレていない。男の腰にはナイフが下げられていた。迷わず手に取り、振り返る。
さっき胡椒爆弾をぶつけた奴が復帰しようとしていた。
「おい、流石にそれは…」
内田が苦言を呈したので軽くナイフの先を撫でる。
刃が丸まり、ただのステンレスの塊になった。
それを思い切り投擲すると、ちょうどこちらを見た眉間に当たって倒れた。しばらくは大丈夫だろう。
その間に、内田へ依頼をする。
「広間の様子を探ってくれ」
「あ、ああ…」
受付の扉がガタガタと揺れる。出てこようとしているのだろう。
その前まで移動しつつ、内田の返答を待つ。
「いたぜ、金髪さんだ。椅子に座らされて、数人の男と話してるみたいだ。でも、怪我してるし、なんか様子が変だ」
「わかった」
返事をして、扉を塞いだ男をどかして扉を開ける。
相当力を込めていたのだろう、扉を開けようとしていた男はこちらへ転びそうになっていた。
そのまま後ろへ回って引き倒し、首を絞める。
数秒して力が抜けていくのを感じた。
一応の休憩所らしく、PCが置かれている以外に大して重要そうなものはない。
拠点としては、まだまだこれからなのだろう。
受付から出て内田の後ろにつき、広間の様子を見る。
司祭が立ちそうな場所から美姫を見下ろすようにして話しているのは、見たことない奴だった。
白いセットアップを着たロン毛だ。
町中ですれ違ったら八割くらいの人は振り返るような異物感のある格好。
その隣では、恐ろしい子どものキャリアが座ってゲームをしていた。
様子を伺いつつ、話の内容を探る。
内田はこちらを見上げた。
「俺がやるか?」
「いや、圏でバレる。普通に耳を澄ませ」
その壇上の男は、比較的フレンドリーに美姫へ話しかけていた。
「ですから、別にCAMに恨みはないですし、邪魔をするつもりはありません。でも、我々がやることに干渉して欲しくないんですよ。持った力を有効に使う…それは悪いことではないでしょう?」
対して、美姫は緊張を見せながらも、気だるそうに会話を続けていた。若干息が荒い。
「…現状の悪目立ち、一般の人との人数差、シンドロームの危険性、そのリスクは話しました」
「ええ、聞きましたとも。でも、その…逸脱?それはリスクではありません。より進化を辿った…そういう解釈で良いではありませんか」
「…それで周りを巻き込む迷惑な方がいるから、CAMができたんですよ」
「では、まだ迷惑をかけてない人までも管理するのはなぜです?」
少しだけプレッシャーを強めた口調になった。しかし、美姫は引かない。
「…管理といえば聞こえが悪いですね。これからも迷惑をかけない付き合い方を教えているだけです」
「居場所の追跡をされるとも聞いていますよ?…でも、使い方を教えるのは非常に大事だと思います。だからこそ、我々はあなたをスカウトしたいのですから」
「それにしては手荒いですね。…さっきは何を注射したんですか?」
「先ほどの注射は、我々が開発したシンドローム覚醒剤です。非ローマー…あなた方の言う、非キャリアはキャリアに、キャリアはより高次のキャリアになれる薬品です。素晴らしいでしょう。逸脱なんて言葉は似合いません」
注射…か。
きっと、俺に打った物と同じ物だろう。急がなければ危ない。
しかし、相手は複数だ。
仮に全員キャリアだとしたら、一対多はあまりに無謀。キャリア同士の戦闘は、先に力を行使できた方が勝つと言ってもいい。
「…アウトサイドなんて名前、と思っていましたが、考えを改めます。あなた達にはぴったりです」
「それはひどい…我々の同志には相手を傷つけたり、強盗やらなんやらをしようという人はいません。ただ、得た力を有効活用する…その権利を獲得したいだけです。おい、君」
「はい」
控えていた大柄な男がタブレット端末を持ち出す。
壇上の男が降りてきて受け取り、美姫の隣に座った。
「うちのメンバーです。この男、こちらの方は医者でしてね…人体に触れることでその構造を変えることができるのです」
「…それはそれは」
「しかしですね、こんな力を持つと、当然おかしいと思うわけですよ。それで仲間を探した…しかし、CAMに管理されたら、この力を使っての医療は制限されるわけです。現代医療で救えない方を、この方は救える…にも、かかわらずです」
そういう奴が出てくるのも承知の上だった。
アウトサイドだからといって、明確な悪ではない。ましてや、CAMが正義だとも思っていない。
「…だから、アウトサイドになったと?」
「えぇ。CAMに入れば、誰かを見捨てることになるからです」
「…その力は、リスクです。どうしてそんなことができるのか、誰も理解できていません」
「それは、その通りでしょう。しかし、それは脳外科も、内科も、化学だって同じはずだ。誰かが推し進めて、理解が広まる…そして、あなたがいうような完璧な安全性、その判断は同じ人間には一生できません」
「完璧など目指していません。危ないところに近づかない…子どもでもわかる安全管理の話をしています」
「……。」
頑なな美姫の様子を覗き込むように見て、男は溜め息をついた。
やがて立ち上がり、例の子どもに近づく。子どもは、ヘッドホンをしてゲームをしており、気づいていない。
男は、手で銃の形を模して、その子どもに向けた。
「何を…!」
「彼は、すでに逸脱しています」
「っ!!」
「あなたが言うリスクです。あなたが考えを改めないなら、ここで殺します」
「…。」
「まだ迷うなら、この銃口は…あなたのお仲間に向けてもいい」
「仲間…?」
「一緒にいた若い男がいるでしょう。彼には、あなたに打った覚醒剤の試作品を打ってあります…ああ、わざとではありません。単に開発が間に合わなくてね。そろそろ、逸脱しててもおかしくない。我々には、喜ばしいことですが」
内田が、こちらを見上げる。
改めて言ってくれるな。意識してしまう。
「それでも悩むなら、あなたにさらに打ってもいい。悩む必要がなくなります。あなたもこちら側に来れる」
なりふり構わずか。
改めて現状を確認する。奇襲して先手で数を減らすしかない。
できれば、話してるやつを狙いたいが、立ち位置的に難しい。それに、奴は美姫に近すぎる。
一つ策があるとすればシャンデリアだ。あれを落とす。
問題は落とすのも、その後美姫を助けるのも自分という点だ。
「…そこまでして、どうして私を。何をさせる気ですか」
美姫のその発言を、一定の肯定と受け取ったのか、男は少し声を高くして答えた。
「…あなたは、我々レゾナンスの象徴になってもらいます」
・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。
・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!
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