↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/22

page12:強襲

………。

……。

…。


一曲目のバラードで、この部屋はすでに海野さんのものになっていた。


二曲目でテンポを上げたポップスが始まると、客席の温度が一段上がる。拍手も、笑顔も、息を呑む間さえも、海野さんの歌に合わせて揃っていく。


三曲目が終わる頃には、誰もが海野さんのことしか考えられなくなっていた。


途中MCもあったはあったが、その印象は薄い。


早く、あの身体を震わせる歌が欲しいと、こちらから願ってしまっていた。


その後に二曲終え、三十分ほどのステージはフィナーレとなった。


海野さんは万雷の拍手の中、舞台袖に下がっていった。


拍手がやむ前に、毛利(もうり)さんは言った。


「…行こう。出演者専用の出入り口があるはずだ」


私たちは頷き、毛利さんについていく。部屋を出る直前に楠木(くすのき)さんたちを見ると、二人も移動を始める様子だった。


他の客はまだ動いていない。感想を話す人、泣いている人など様々だった。


出演者用出入口で待つ。


出演者用出入口は、建物の裏手に面した細い路地にあった。


非常階段と、機材搬入口と、上階へ続く鉄骨の通路が見える。 少しアングラな感じで、一人では長居したくないような場所だった。


数分したところで、海野さんが出てきた。


衣装を着替えてはいたものの、目元の化粧はそのままで、昼に見たラフな姿とステージでの姿の間…そんな印象を受けた。


「あ、皆さん。最後までありがとうございました」


一度頭を下げて、再び上げた海野さん。その頬は高揚し、飲酒後の毛利さんのように少しふわふわしたような。


夢見心地、そんな言葉が似合う。


毛利さんは、その言葉を受け止めた。


「ああ、見事な歌だった」


その一言に、海野さんはパァと表情を輝かせる。


「でしょう!?そうなんですよ、これなんですよ!!昨日とはまるで違う、会場が私の歌で震える感じ…!その中の皆さんを心の底から私の歌に酔わせるような…!!」


そう語る海野さんが、なんだか遠く感じる。私もキャリアだ。彼女と近いはずだ。それなのに、どうしてこんなに遠く感じるのか。


毛利さんは頷く。


「ああ、アルコールもないのに酔いそうだった…少なくとも、私たちは震えたよ」


「ありがとうございま――」


「君の歌が、聴けなかったからね」


「…え」


毛利さんは目を見開いた海野さんの腕を取り、片腕に手錠をかけた。


「君をアウターの所持および使用の疑いで拘束する。理市(りいち)」


「はい。20時45分」


「ど、どういうことですか…!?私は…」


「思い当たることはあるだろう。あの歌声は、君自身が生まれ持った力じゃない」


「失礼します」


理市さんは、海野さんの手錠のない腕から鞄を取り上げると、中身を改める。


その瞬間、海野さんは表情を変えた。


「ま、待って…!待ってください!」


理市さんは構わず鞄の中を割と丁寧目に探る。数秒と待たず、膨らんだ化粧ポーチを取り出した。そのファスナーを開く。


その様子に、海野さんは毛利さんを振り解こうともがいた。


「やめて!やめてよっ!もうそれしかないの!!」


「先輩、ありました」


駄菓子のラムネボトルのような見た目のものが握られている。


だが、そのデザインは、全く同じものをコンビニなどの店で見たことはなかった。


海野さんは取り返そうと手を伸ばすが、理市さんが押さえる。ついに手錠を両手にかけてしまった。


毛利さんはその小さなボトルを受け取ると、中から一錠取り出す。


遠くから手で仰いで匂いを嗅ぐ。


「…同じ…か?少し出来が違うようだ」


「…それは、毛利さんたちが捕まえたやつと違う製造所生まれですからね」


毛利さんの反応に応えるように、声がかかる。


そちらに顔を向けると、出入口の方から楠木さんと内田(うちだ)が歩いてきた。毛利さんは特に驚くこともなく、聞き返した。


「…どういうことだ」


「言った通りです。海野さんが買っていたのは藤沢のとある製造所で作られたもの。その製造所をこいつが吹き飛ばしたから、奴らは巻き返すために目立つ観光地に出てきた」


「そこを、私たちが押さえたというわけか。急造品だから粗悪だったのか、あれは」


「はい」


毛利さんが納得する後ろで、海野さんが絶望の表情で顔を上げた。


「待ってください…あなたが…あなたが、やったんですか」


その瞳は、内田を映していた。


内田は、俯いて応える。


「そうだ」


「どうして…」


「……。」


内田は、理由を答えなかった。きっと、いろいろな考えがあったのだろう。


その中にはエゴだってあるはずだ。


「あれがあれば私の夢が叶うのに…もう残りはないのに…あなたは私を邪魔したかったわけ…!?」


「それは…」


「それは違います」


内田が言いかけた言葉を、織星(おりほし)さんが遮る。


「この人がどうしてこんなことをしたのか、それはもう、あなたは知っているはずです」


「…は?」


「あなたが実力だと思っているその力がなんなのか、その変な薬を飲み続けるとどうなるのか、それを知っているこの人だからこそ、あなた本来の歌のどこに魅力を感じているのか…それを伝えた。手紙という形でしか、できなかったようですが」


「あの…手紙」


海野さんがたじろぎ、内田が一歩前に出る。


「…すまなかった。こんなことになるなら、直接、全部話せば良かった」


内田の言葉を受けて、海野さんは膝をついてしまう。


「…ぜんぜん、わからない。だって、あの薬は…本当の私を引き出すんだって…そう言って…」


本当の…自分。


そうだとしたら、今の私は、自分を受け入れることができるのだろうか。


明確にこの力を意識し始めるまでの私は、どうなるんだろう。


母と父と…一緒にいられた間の私は、なんだったのだろう。


その考えから、私は意識せず口を開いてしまった。


「…今日の歌が本当の海野さんの歌だったら、海野さんが言ってた、両親が喜んでくれたっていう歌は、なんだったんだろうね」


海野さんは私を見上げる。


「っ…でも、アレじゃあ、歌手には…。誰かに見つけられなきゃ、仕事にはできない…!運がないからここにいる!運がないなら、実力をつけないと…!」


それは、正論だ。


どうしようもないこの世の在り方だと思った。


でも、アウターは使ってはいけない。それは揺るがない。


佐藤咲とは違う。海野さんは、周りの誰かを傷つけているわけではない。


だからこそ、やめさせるために、"周りの人が悲しむ"なんて言葉は、使いたくない。


現状の海野さんはただ、佐藤咲よりも深度が浅いだけなのかもしれない。


それでも、かける言葉がなかった。少なくとも、キャリアの私からは。


「…ならば、運も与えましょう」


私が言いよどんでいると、そんな言葉が響いた。


「上?」


私が声がした方向を見上げる。


「伏せろ!!」


そんな私を、毛利さんが押し倒すようにしてかばい、私の耳をふさいだ。


その上から、脳をつんざくような甲高い音が響き渡る。


とんでもなく巨大な金属同士をこすり合わせているような音で、体がこわばる。


脳の内側から針金で削られるような違和感と痛み…毛利さんの手がなかったら、今頃気絶していただろう。


これは…。


この音は…!


目を開くと、澪莉(みおり)と理市さんは自身で耳をふさいで膝をつき、楠木さんは織星さんをかばい、内田は這うようにして海野さんを目指す。


皆苦しそうで、まともに動けていない。


音のせいだけではない。この感覚は間違いなく圏だ。


私たちの他に、キャリアがいる…!


そしてこれは、毛利さんから聞いた話で、私が勝手に想像していたあの光景だ。


海野さんはなぜか、一人平気な様子で、何が起きたかつかめていない様子だった。


全員が這いつくばるような状況で、ただ一人だけ、絵本の中の少女のように、瞬きをしてキョロキョロしている姿は、いやに強調されていた。


そんな海野さんに、小綺麗な格好をした男性がふわりと舞い降りて一礼する。


真っ白なセットアップに蝶ネクタイ、漆黒の杖。ロン毛のストレート。手入れがされているようでつやつやだ。


そして、目立つのは、マスカレードを思わせる仮面。顔の上半分を覆っていた。およそ、現代に似合わぬ装いだった。


どこから来た…この建物は四階建て。


…こいつも、キャリアか?音の正体ではないのか?


「くっ…」


力を込めて立ち上がろうとするのを、毛利さんが抑える。小さく首を振っている。何か口を開いているが、まるで聞こえない。


今取れる情報を少しでもと考えて、仮面の男を見やる。


『私はレゾナンスの代表として海野海月さん、あなたを迎えに来ました』


その仮面の男の口の動きは、恐らくそう言っていた。


『…レゾナンス?』


首をかしげる海野さんの手を取り、仮面の男は続ける。


『あなたの実力とその方法を認める者たちです。備わった力は、発揮してこそ。そうは思いませんか?』


その言葉を受けて、海野さんは目を見開く。


やがて、海野さんは頷くと、男の手のひらへ、拘束された自身の両手を持ち上げる。


そこで、ようやく二人に近づいた内田がその手を弾いた。


仮面の男が鬱陶しそうに杖の先を内田の胸に当てる。するとすぐに、杖の先…内田との接触箇所から煙が上がり始め、内田は倒れた。


仮面の男はさらに杖を押し込んだが、その杖は弾かれるように角度を変えた。


視界の端で、楠木さんが腕を伸ばしている。織星さんがネックレスにやったように、杖に対して遠隔で衝撃を与えたのだろう。


私も流石に動こうとしたが、それでも毛利さんは動かない。


海野さんが内田をかばうようにして、二、三言仮面の男とやり取りする。


仮面の男は恭しく一礼すると、海野さんと内田を軽々と担ぎ、建物の上まで跳んで行ってしまった。


そこでようやく、嫌な音は止まる。


数秒して、それぞれゆっくりと起き上がった。


楠木さんが真っ先に織星さんに視線を合わせる。


「織星さん、大丈夫ですか!?」


「は、はい…」


織星さんは答えてはいたものの、立ち上がれないまま、顔は真っ青でカタカタと震えている。


楠木さんは迷う様子もなく、織星さんのそのいつもより細く見える肩を抱いて、あやすように背中をゆっくりトントンと叩く。


「ゆっくりと呼吸をしましょう。まずは吐いて」


「は…はい…だ、大丈夫ですよ、碧(あおい)。ほら、皆さんも見ていますし」


言われると、楠木さんは姿勢を戻すが、織星さんの両手をしっかりと握ったままだった。


「俺と視線を合わせられるようになってから言ってください」


「っ…いや、あの…まぁ、はい。わかりました」


こうなると、楠木さんのタスクは織星さんに占領されるらしい。


毛利さんは一度咳払いをして、私と澪莉へ向き直る。同時に、理市さんは路地から出て、辺りを確認していた。


「君たちに共有しておいて良かった。あの音は、四年前の子どものものとそっくりだ。もしかしたら、同一のキャリアかもしれない」


澪莉は頷く。


「やはり、そうでしたか。織星さんの反応も納得です」


逆に言うと、織星さんをあそこまで追い詰めたのだから、間違いなくその記憶と紐づいてるものと見ていいのだろう。


しかし…


「毛利さんのおかげで助かりました。でも、毛利さんはどうして無事なんですか…?」


毛利さんの手で耳を抑えられたからまだなんとかなっている。ならば、毛利さんの耳はどうしていたのか。


「ああ…備えあれば、だ」


毛利さんは言いながら耳を探ると、中から補聴器のようなものを取り出す。


「外音遮断器…ノイズキャンセリングイヤホンの特化型みたいなものだ。海野海月のシンドロームを予想して対策してきたが、ここで役立つとは」


「それで…」


「いや、これでもだいぶ耳は痛い。まだくぐもって聞こえる。あの仮面の男はともかく、海野海月が対策していたわけがないから、音のキャリアは指向性を身につけたらしいな」


「先輩、戻りました」


戻ってきた理市さんはこちらにも視線を向けながら話す。


「表はいつも通りで変わりません。SNSを見ても騒音や不審者については投稿がありませんし、やはり局所的な活動だったようです」


「そうか…狙われたか」


そういえば、と私は思い出したことを伝える。


「あの仮面の男、自分のことをレゾナンスの代表と言っていました。最初から海野さんを連れにきていたんだと思います。実力とその方法を認める者たち、だとか、備わった力は発揮してこそ、とか…海野さんが欲しがりそうな言葉を」


「…やはり、か。決まりだな」


毛利さんが頷いたところで、楠木さんが立ち上がる。


「私はこのまま、内田を追います。C対として、海野海月はどうするおつもりで」


毛利さんは溜め息を吐いてから言った。


「…自らついて行ったようにも見えるが、もう一度意思を確かめるか」


理市さんが口を開く。


「しかし、どうやって追いましょうか」


その言葉に、楠木さんは理市さんを指さす。


「私を追うために使ってたアプリ、見てみてください」


「うっ…」


理市さんはバツが悪そうな顔でスマホを取り出し、見ると目を見開いた。


「え、動いてる…!?しかもまだ遠くありません!」


「内田の居場所です。このライブに見当がついてから、私の車から拝借しておきました。それを追いましょう」


「よし…とりあえず移動するぞ。車を用意する」


楠木さんは、毛利さんの言葉に頷くと、こちらを見た。


「私はこっちの車で。寶川(たからがわ)さんと、澄空(すみそら)さんはC対のお二人と移動してください」


「わかりました」


楠木さんの視線は、私たちから、やっと立ち上がったばかりの織星さんへ移る。


「織星さんは…」


「もちろん、私も行きます。ここへきて一人待っているなんてできません」


楠木さんは少しの間黙ったが、一つ息を吐いて頷いた。


「では、織星さんは私の…というか、こっちの車で行きましょう。毛利さん、通話を繋げていきましょう。情報共有しながら移動します」


「わかった。行動開始だ」

・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。