page12:強襲
………。
……。
…。
一曲目のバラードで、この部屋はすでに海野さんのものになっていた。
二曲目でテンポを上げたポップスが始まると、客席の温度が一段上がる。拍手も、笑顔も、息を呑む間さえも、海野さんの歌に合わせて揃っていく。
三曲目が終わる頃には、誰もが海野さんのことしか考えられなくなっていた。
途中MCもあったはあったが、その印象は薄い。
早く、あの身体を震わせる歌が欲しいと、こちらから願ってしまっていた。
その後に二曲終え、三十分ほどのステージはフィナーレとなった。
海野さんは万雷の拍手の中、舞台袖に下がっていった。
拍手がやむ前に、毛利さんは言った。
「…行こう。出演者専用の出入り口があるはずだ」
私たちは頷き、毛利さんについていく。部屋を出る直前に楠木さんたちを見ると、二人も移動を始める様子だった。
他の客はまだ動いていない。感想を話す人、泣いている人など様々だった。
出演者用出入口で待つ。
出演者用出入口は、建物の裏手に面した細い路地にあった。
非常階段と、機材搬入口と、上階へ続く鉄骨の通路が見える。 少しアングラな感じで、一人では長居したくないような場所だった。
数分したところで、海野さんが出てきた。
衣装を着替えてはいたものの、目元の化粧はそのままで、昼に見たラフな姿とステージでの姿の間…そんな印象を受けた。
「あ、皆さん。最後までありがとうございました」
一度頭を下げて、再び上げた海野さん。その頬は高揚し、飲酒後の毛利さんのように少しふわふわしたような。
夢見心地、そんな言葉が似合う。
毛利さんは、その言葉を受け止めた。
「ああ、見事な歌だった」
その一言に、海野さんはパァと表情を輝かせる。
「でしょう!?そうなんですよ、これなんですよ!!昨日とはまるで違う、会場が私の歌で震える感じ…!その中の皆さんを心の底から私の歌に酔わせるような…!!」
そう語る海野さんが、なんだか遠く感じる。私もキャリアだ。彼女と近いはずだ。それなのに、どうしてこんなに遠く感じるのか。
毛利さんは頷く。
「ああ、アルコールもないのに酔いそうだった…少なくとも、私たちは震えたよ」
「ありがとうございま――」
「君の歌が、聴けなかったからね」
「…え」
毛利さんは目を見開いた海野さんの腕を取り、片腕に手錠をかけた。
「君をアウターの所持および使用の疑いで拘束する。理市」
「はい。20時45分」
「ど、どういうことですか…!?私は…」
「思い当たることはあるだろう。あの歌声は、君自身が生まれ持った力じゃない」
「失礼します」
理市さんは、海野さんの手錠のない腕から鞄を取り上げると、中身を改める。
その瞬間、海野さんは表情を変えた。
「ま、待って…!待ってください!」
理市さんは構わず鞄の中を割と丁寧目に探る。数秒と待たず、膨らんだ化粧ポーチを取り出した。そのファスナーを開く。
その様子に、海野さんは毛利さんを振り解こうともがいた。
「やめて!やめてよっ!もうそれしかないの!!」
「先輩、ありました」
駄菓子のラムネボトルのような見た目のものが握られている。
だが、そのデザインは、全く同じものをコンビニなどの店で見たことはなかった。
海野さんは取り返そうと手を伸ばすが、理市さんが押さえる。ついに手錠を両手にかけてしまった。
毛利さんはその小さなボトルを受け取ると、中から一錠取り出す。
遠くから手で仰いで匂いを嗅ぐ。
「…同じ…か?少し出来が違うようだ」
「…それは、毛利さんたちが捕まえたやつと違う製造所生まれですからね」
毛利さんの反応に応えるように、声がかかる。
そちらに顔を向けると、出入口の方から楠木さんと内田が歩いてきた。毛利さんは特に驚くこともなく、聞き返した。
「…どういうことだ」
「言った通りです。海野さんが買っていたのは藤沢のとある製造所で作られたもの。その製造所をこいつが吹き飛ばしたから、奴らは巻き返すために目立つ観光地に出てきた」
「そこを、私たちが押さえたというわけか。急造品だから粗悪だったのか、あれは」
「はい」
毛利さんが納得する後ろで、海野さんが絶望の表情で顔を上げた。
「待ってください…あなたが…あなたが、やったんですか」
その瞳は、内田を映していた。
内田は、俯いて応える。
「そうだ」
「どうして…」
「……。」
内田は、理由を答えなかった。きっと、いろいろな考えがあったのだろう。
その中にはエゴだってあるはずだ。
「あれがあれば私の夢が叶うのに…もう残りはないのに…あなたは私を邪魔したかったわけ…!?」
「それは…」
「それは違います」
内田が言いかけた言葉を、織星さんが遮る。
「この人がどうしてこんなことをしたのか、それはもう、あなたは知っているはずです」
「…は?」
「あなたが実力だと思っているその力がなんなのか、その変な薬を飲み続けるとどうなるのか、それを知っているこの人だからこそ、あなた本来の歌のどこに魅力を感じているのか…それを伝えた。手紙という形でしか、できなかったようですが」
「あの…手紙」
海野さんがたじろぎ、内田が一歩前に出る。
「…すまなかった。こんなことになるなら、直接、全部話せば良かった」
内田の言葉を受けて、海野さんは膝をついてしまう。
「…ぜんぜん、わからない。だって、あの薬は…本当の私を引き出すんだって…そう言って…」
本当の…自分。
そうだとしたら、今の私は、自分を受け入れることができるのだろうか。
明確にこの力を意識し始めるまでの私は、どうなるんだろう。
母と父と…一緒にいられた間の私は、なんだったのだろう。
その考えから、私は意識せず口を開いてしまった。
「…今日の歌が本当の海野さんの歌だったら、海野さんが言ってた、両親が喜んでくれたっていう歌は、なんだったんだろうね」
海野さんは私を見上げる。
「っ…でも、アレじゃあ、歌手には…。誰かに見つけられなきゃ、仕事にはできない…!運がないからここにいる!運がないなら、実力をつけないと…!」
それは、正論だ。
どうしようもないこの世の在り方だと思った。
でも、アウターは使ってはいけない。それは揺るがない。
佐藤咲とは違う。海野さんは、周りの誰かを傷つけているわけではない。
だからこそ、やめさせるために、"周りの人が悲しむ"なんて言葉は、使いたくない。
現状の海野さんはただ、佐藤咲よりも深度が浅いだけなのかもしれない。
それでも、かける言葉がなかった。少なくとも、キャリアの私からは。
「…ならば、運も与えましょう」
私が言いよどんでいると、そんな言葉が響いた。
「上?」
私が声がした方向を見上げる。
「伏せろ!!」
そんな私を、毛利さんが押し倒すようにしてかばい、私の耳をふさいだ。
その上から、脳をつんざくような甲高い音が響き渡る。
とんでもなく巨大な金属同士をこすり合わせているような音で、体がこわばる。
脳の内側から針金で削られるような違和感と痛み…毛利さんの手がなかったら、今頃気絶していただろう。
これは…。
この音は…!
目を開くと、澪莉と理市さんは自身で耳をふさいで膝をつき、楠木さんは織星さんをかばい、内田は這うようにして海野さんを目指す。
皆苦しそうで、まともに動けていない。
音のせいだけではない。この感覚は間違いなく圏だ。
私たちの他に、キャリアがいる…!
そしてこれは、毛利さんから聞いた話で、私が勝手に想像していたあの光景だ。
海野さんはなぜか、一人平気な様子で、何が起きたかつかめていない様子だった。
全員が這いつくばるような状況で、ただ一人だけ、絵本の中の少女のように、瞬きをしてキョロキョロしている姿は、いやに強調されていた。
そんな海野さんに、小綺麗な格好をした男性がふわりと舞い降りて一礼する。
真っ白なセットアップに蝶ネクタイ、漆黒の杖。ロン毛のストレート。手入れがされているようでつやつやだ。
そして、目立つのは、マスカレードを思わせる仮面。顔の上半分を覆っていた。およそ、現代に似合わぬ装いだった。
どこから来た…この建物は四階建て。
…こいつも、キャリアか?音の正体ではないのか?
「くっ…」
力を込めて立ち上がろうとするのを、毛利さんが抑える。小さく首を振っている。何か口を開いているが、まるで聞こえない。
今取れる情報を少しでもと考えて、仮面の男を見やる。
『私はレゾナンスの代表として海野海月さん、あなたを迎えに来ました』
その仮面の男の口の動きは、恐らくそう言っていた。
『…レゾナンス?』
首をかしげる海野さんの手を取り、仮面の男は続ける。
『あなたの実力とその方法を認める者たちです。備わった力は、発揮してこそ。そうは思いませんか?』
その言葉を受けて、海野さんは目を見開く。
やがて、海野さんは頷くと、男の手のひらへ、拘束された自身の両手を持ち上げる。
そこで、ようやく二人に近づいた内田がその手を弾いた。
仮面の男が鬱陶しそうに杖の先を内田の胸に当てる。するとすぐに、杖の先…内田との接触箇所から煙が上がり始め、内田は倒れた。
仮面の男はさらに杖を押し込んだが、その杖は弾かれるように角度を変えた。
視界の端で、楠木さんが腕を伸ばしている。織星さんがネックレスにやったように、杖に対して遠隔で衝撃を与えたのだろう。
私も流石に動こうとしたが、それでも毛利さんは動かない。
海野さんが内田をかばうようにして、二、三言仮面の男とやり取りする。
仮面の男は恭しく一礼すると、海野さんと内田を軽々と担ぎ、建物の上まで跳んで行ってしまった。
そこでようやく、嫌な音は止まる。
数秒して、それぞれゆっくりと起き上がった。
楠木さんが真っ先に織星さんに視線を合わせる。
「織星さん、大丈夫ですか!?」
「は、はい…」
織星さんは答えてはいたものの、立ち上がれないまま、顔は真っ青でカタカタと震えている。
楠木さんは迷う様子もなく、織星さんのそのいつもより細く見える肩を抱いて、あやすように背中をゆっくりトントンと叩く。
「ゆっくりと呼吸をしましょう。まずは吐いて」
「は…はい…だ、大丈夫ですよ、碧。ほら、皆さんも見ていますし」
言われると、楠木さんは姿勢を戻すが、織星さんの両手をしっかりと握ったままだった。
「俺と視線を合わせられるようになってから言ってください」
「っ…いや、あの…まぁ、はい。わかりました」
こうなると、楠木さんのタスクは織星さんに占領されるらしい。
毛利さんは一度咳払いをして、私と澪莉へ向き直る。同時に、理市さんは路地から出て、辺りを確認していた。
「君たちに共有しておいて良かった。あの音は、四年前の子どものものとそっくりだ。もしかしたら、同一のキャリアかもしれない」
澪莉は頷く。
「やはり、そうでしたか。織星さんの反応も納得です」
逆に言うと、織星さんをあそこまで追い詰めたのだから、間違いなくその記憶と紐づいてるものと見ていいのだろう。
しかし…
「毛利さんのおかげで助かりました。でも、毛利さんはどうして無事なんですか…?」
毛利さんの手で耳を抑えられたからまだなんとかなっている。ならば、毛利さんの耳はどうしていたのか。
「ああ…備えあれば、だ」
毛利さんは言いながら耳を探ると、中から補聴器のようなものを取り出す。
「外音遮断器…ノイズキャンセリングイヤホンの特化型みたいなものだ。海野海月のシンドロームを予想して対策してきたが、ここで役立つとは」
「それで…」
「いや、これでもだいぶ耳は痛い。まだくぐもって聞こえる。あの仮面の男はともかく、海野海月が対策していたわけがないから、音のキャリアは指向性を身につけたらしいな」
「先輩、戻りました」
戻ってきた理市さんはこちらにも視線を向けながら話す。
「表はいつも通りで変わりません。SNSを見ても騒音や不審者については投稿がありませんし、やはり局所的な活動だったようです」
「そうか…狙われたか」
そういえば、と私は思い出したことを伝える。
「あの仮面の男、自分のことをレゾナンスの代表と言っていました。最初から海野さんを連れにきていたんだと思います。実力とその方法を認める者たち、だとか、備わった力は発揮してこそ、とか…海野さんが欲しがりそうな言葉を」
「…やはり、か。決まりだな」
毛利さんが頷いたところで、楠木さんが立ち上がる。
「私はこのまま、内田を追います。C対として、海野海月はどうするおつもりで」
毛利さんは溜め息を吐いてから言った。
「…自らついて行ったようにも見えるが、もう一度意思を確かめるか」
理市さんが口を開く。
「しかし、どうやって追いましょうか」
その言葉に、楠木さんは理市さんを指さす。
「私を追うために使ってたアプリ、見てみてください」
「うっ…」
理市さんはバツが悪そうな顔でスマホを取り出し、見ると目を見開いた。
「え、動いてる…!?しかもまだ遠くありません!」
「内田の居場所です。このライブに見当がついてから、私の車から拝借しておきました。それを追いましょう」
「よし…とりあえず移動するぞ。車を用意する」
楠木さんは、毛利さんの言葉に頷くと、こちらを見た。
「私はこっちの車で。寶川さんと、澄空さんはC対のお二人と移動してください」
「わかりました」
楠木さんの視線は、私たちから、やっと立ち上がったばかりの織星さんへ移る。
「織星さんは…」
「もちろん、私も行きます。ここへきて一人待っているなんてできません」
楠木さんは少しの間黙ったが、一つ息を吐いて頷いた。
「では、織星さんは私の…というか、こっちの車で行きましょう。毛利さん、通話を繋げていきましょう。情報共有しながら移動します」
「わかった。行動開始だ」
・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。
・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。
・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!
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