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page11:信頼の結果

【信頼の結果】


私の姿を見た内田(うちだ)は、心底驚いた表情を見せてくれた。


「…碧(あおい)、どうしてここが」


「調べたからです…奥、詰めてください。まだ客が来ます」


ここはライブハウス。ワンドリンク制に従った客たちが、ドリンク片手にゾロゾロと部屋に入ってくる。


決して広い部屋ではなかったが、それでもそこそこ人気なのだろうという印象はあった。


前のバンドを聞いた客の多くが残り、新たな客が入ってくる。


ライブハウスにしては珍しく、小さなテーブルがたくさん設置されていて、比較的ゆっくり聴くことができる環境になっているようだった。


「当然のように先頭に並ぶんですね。私だって、割と早めに来た方なのに」


「うるせぇ」


「別に暇なんだなとか思ってないですよ」


「うるせぇよほんと。てかお前ヒゲ似合わねぇな。剃れよ」


うるせぇ。


「ほとんど動きっぱなしなんですよ。誰かさんのせいで」


「…そういうことかよ」


内田は察しがいい。


私はスマホの画面を内田に見せた。その画面には、焼けた建物が写っていた。


「8月12日の深夜3時ごろ。古いクリーニング店での爆発と火災。知っていますね」


「…。」


内田の沈黙は、肯定だろう。私は続ける。


「そこは実はクリーニング店ではなく、アウターの製造所だか、保管場所だか…今となってはわかりませんが、そんな役割だった」


「…それで」


視線を見せない内田は、先を促した。


周りは少し騒がしくなり、海野海月(うみのくらげ)の出番を待っている。


「ここを燃やした人は、どこまで狙っていたのでしょう。ただ、アウターを配れなくなればいいと思っていたのか、その顧客名簿まで、燃やせればいいと思っていたのか」


「…。」


「後者だとすれば、詰めが甘い」


画面に、タブレット端末の画面の直撮り写真が写る。


「名簿の中に、気になる人がいました…歌手です。名前は海野海月…まさかと思って調べてみたら、あなたのタクシーで流れていた歌の人だった」


内田は無言で写真の削除を操作したが、次に映し出されたのも同じ写真だった。


当たり前だ。やることは知ってる。内田もわかった上での抵抗だろう。


内田は諦めたように溜め息を吐いた。


「耳がいいな」


「……。」


これは、認めたということだろうか。


ライブハウスに、BGMとして彼女の歌が流れ始める。あの日、タクシーで流れていたものだ。


確かにいい歌で、いい曲だ。


でも、流行りではない。


あのタクシーの会話を思い出しながら、俺は内田に聞いた。


「…海野海月は、お前がここまでするような相手なのか」


俺の問いに、内田は動かないまま答えた。


「…碧、お前にはわかるはずだ。俺たちはシンドロームをあるべきようにしなきゃならねぇ。それは、人を、あるべきようにすることだ」


「俺たちは、そんなに万能じゃない」


「だからこそだ。俺は、お前に救われた。俺も同じようにしたい…あの子は、シンドロームなんてなくても、いい歌を歌える。人並みに夢を叶えられる」


内田はテーブルに寄りかかるようにして肘をつき、手を組んだ。そこに額を押し付ける。


祈るように、懺悔するように…どちらにも見える。


「…何回だ」


「俺がライブで感じただけで、二回だ。まだ、間に合う」


「記録によると、購入したアウターのカートリッジは五回分…四回も使えば手放せなくなる仕様だろう」


覚醒剤などと一緒だ。あの感覚は、正体を知らない人からすると、魔法のように思えるだろう。


多くの人が考えるはずだ。


…一度だけ魔法が使えるなら。


そして、考えるはずだ。


…無限に魔法を使えるようにする。


その頃には、次のアウターを求めるようになる。


そして、アウトサイドやレゾナンスにつながっていく。


二回目がすでにあったなら、希望は薄い。感覚的には、希望はないと見てもいい。


それでも、内田は絞り出すように言った。


「だから、今日だ。今日使わなかったら、見逃してくれ」


「…無理だ。今日使わなくても、明日がある…あの子の夢を、本当にお前はわかっているのか」


「…なんだと?」


夢はキラキラしたものじゃない。


こうあってくれという願望で、欲で。


現実は、それを簡単に打ち砕く。そのことに、そうなるであろう恐怖に、多くの人は道を変えるか、知ら

ないふりをするか、こんな訳はないと世の中を憎むか。


海野海月のその煮詰まった部分を、内田は本当に…。


「俺とお前ほど、お前とあの子は話したのか?あの子は昔のお前みたいに、夢を語ったのか?夢を語れるほど、あの子に余裕と理性はあるのか?」


「それは…っ」


「お前は自覚が足りない。お前ほど、世の中のキャリアは冷静じゃないさ。ガソリンスタンドの高校生を思い出せ。少しでも焦れば、少しでもむしゃくしゃすれば、あいつらは平気で周りへ干渉する」


「…確かに、あの子は追い込まれてる。ライブでもよく言っていた。タイムリミットがあると。もっと悪いことに、今日ライブハウスのオーナーとも話したが、もっとウケのいいタイプのバンドにこの枠を渡すかもしれないと…彼女だって、知ってることさ…でも、あの子は、そうは…」


それじゃあ足りない。


「そうはならないやつは、そんな状況でも二回目は使わない。そうはさせないなら、客席から眺めてる場合じゃあないだろ…!」


だからこそ、俺は内田との距離を詰めた。そうしないとわからなかったからだ。


CCを教えるだけで、日常に帰れるヒトなのかどうか。


日常に返したいのなら、こんな力の代わりにヒトらしさを失って欲しくないのなら、もっと踏み込むべきだった。


『まぁ、この歳になると誰かの面倒見たくなるのはわかるけどよ…』


お前はそう言ったはずだ。


「お前にとってあの子は…俺にとっての寶川(たからがわ)さんなんじゃないのか!?」


「わかったような口を…!」


内田は、ついに姿勢を変えこちらを見た。


お互いに睨み合った、その途端。


BGMが消え、部屋が暗転する。


同時に、部屋は静まり返る。ライトが当たる壇上のピアノに視線が集中する。


そして、しゃなりという音が似合うような足取りで、海野海月は舞台袖から歩み出た。


SNSで見るよりも、少し派手な印象を受けた。


メイクは少しだけ濃く、表情は自信に満ちている。


その自信が、実力に対してなのか…仮に、使っていたとして、アウターによるものなのか。


この疑念を破って欲しいと思う。


この男のためにも。


海野海月はピアノ椅子に腰掛けると、体を捻って客席へと向き直る。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


ステージに近い位置から、ちらほらと歓声が上がる。


「何人か、初見の方もいらっしゃいますね。少しでも多くの方に聴いていただけるのは嬉しいです」


海野海月は、こちらを見ていた。


…試すか?


もし、アウターを使用済みなら、今は効果が出ているはず。圏を感じれば、必ず反応を返す。


内田を一瞥したが、内田は首を振った。


「…頼む、碧」


「…後悔するぞ」


試すようなことはしたくないのだろう。しかし、きっと歌が始めればわかることだ。


彼女のステージを、邪魔するかどうかの差だ。


「最近、何人か女の子の知り合いも増えて、今日は聴きに来てくれています。これは張り切っちゃいますね」


その視線の先を確認すると…


「…繋がった、か」


C対の二人に、澄空(すみそら)さん、寶川さん。そして、織星(おりほし)さんがいた。ステージに


近い位置に呼ばれていたのだろう。


彼女たちがどうやって海野海月にたどり着いたかはわからないが、その読みは正解だったわけだ。


内田の表情が強張る。


彼女のワンフレーズで、全てが決まる。


「それでは、まず一曲目…」


彼女が、息を吸い込む。


ーーーーーーーーーー

【投げられた賽】


最初の一音は、私の鼓膜ではなく胸を震わせた。


ライブとはこういうものなのかとも考えた。けれど、その考えはすぐに吹き飛んだ。


これは音響とか、部屋の作りとか、そんなもののおかげではない。彼女だからできていることだ。


人の声が、ここまで響くのか。ここまで、人の芯に伝わるものなのか。


あの日、バーで聴いた歌声。心が落ち着いた歌声。


あの時は、純粋に綺麗だと思った。


今は、それをさらに近くで浴びて…


…恐ろしかった。


なぜなら、明らかに私たちは圏内に収められていたからだ。


数分前、私と澪莉(みおり)、織星さんは毛利(もうり)さんたちと合流し、ライブハウスへと入った。


すでに列ができていて、ワンドリンクを注文し、先に並んでいた人たちを追うように部屋に入った。


事前に海野さんから言われていたテーブルに集まる。ステージに近い位置だった。


想像していたより綺麗な空間で、少し緊張が抜けた途端だった。


織星さんが目を細めた。


「皆さん、視線はこのままに聴いてください。ステージに向いて5時の方向、碧と内田がいます」


「「えっ」」


私と澪莉は反射的に振り向きそうになるが、毛利さんに抑えられる。


「バレて動かれたらどうする。このままだ」


「え、でも…どうして。碧さんは内田を見つけていたなんて」


私が言うと、毛利さんは織星さんを見る。


「織星君、確認だが」


「私は何も伝えていません。これが意味することは一つです…海野海月は、今回の事件に関係している可能性がある」


つまり、だ。


海野さんが、アウターを所持…最悪、使用している可能性がある。


それを、信じたくなかった。その可能性を払拭してくれと思っていた。


それは、叶わなかった。


毛利さんと理市(りいち)さんは視線で織星さんに問う。織星さんが目を伏せると、二人も同様に、寂しそうな顔に変わる。


こんな視界ですら、ドラマチックさを感じさせる歌声。


決して激しくはないが、深く、重厚に響く歌声。音自体が低いわけではなく、繊細なはずなのに。


…どうして。そう思う自分と、


…そうもなるだろう。そう思う自分が同時に存在する。


『どんなものであろうと、手段ができてしまえば秘めていたことを始める人…いるんじゃないですか』


『澄空君、あまり事件関係者に肩入れしない方が良い。あくまで他人でいることを勧める』


『何でもなさそうな人が、何でもないとは限りませんから。私たちに見せる顔が、その人の全てではありません』


澪莉、毛利さん、織星さんに言われたことが頭をよぎる。


そして、海野さんに届いた手紙の内容…その真意を理解してしまった。彼女の圏を感じ取れるファン…それは内田しかいない。


海野さんがバーでの歌に満足できなかったのは、彼女自身、この感覚を知っていたからだろう。それはそうなる。この響きを生み出せるなら、ただの声…通常の振動など、物足りない。


そんなの。


こんなの。


良いわけがない。


これまで歌ってきた彼女を、彼女自身が否定してしまっている。


こんな悲しいことがあるだろうか。


「っ…」


狼男となった、佐藤咲の顔が頭をよぎる。


人の夢も願いも、貴賎はない。


その追い方も様々だろう。そこに、私が口出しする権利なんて、ないのだろう。


でも。


わからない。


なんでステージのあなたはこんなに…。


教えてもらった動画サイトの、昔の表情とはまるで違う。


「そんな顔して歌うことは、楽しいの?」


思わず呟いた私は、肌が乾いた感覚で、涙を流していたことに気づいた。

・3話まで毎日投稿。4話以降は1日おきに続きを投稿予定です。

・CASE FILE 02: 歌声は完結しています。全22話完結(8/22完結)予定。

・pixivで全編投稿済みです。先が気になる方はこちら(url: https://www.pixiv.net/novel/series/15989613)へ!

・感想やリアクションが励みになります!どうぞよろしくお願いいたします。

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