余談3
オニクセルに帰ってくるのは本当に久しぶりでした
前触れもなく騎馬で帰ってきた息子アンソニーに、オニクセル侯爵は胸騒ぎしかしなかった。
アンソニーは王子付きの側近として城に上がった為、領地に帰ってくることなど数えるほどもなかった。
もちろん侯爵自身は年に半分は王都に行くので、ついこの間も、戦勝祝いの祝勝会でも顔を合わせたばかりだったが。
王子が長きにわたったブレイグとの戦乱に勝利し凱旋した際の事だ。
彼の国でアンソニーは、負傷した王子にかわり劣勢の部隊を立て直し、敵軍を撤退させるという活躍を見せ、ブレイグ戦役の鬼神の異名まで獲得してきた。
元々野党討伐で轟かせたオニクセルの双星の呼び名と合わせてもはや国中に知らぬ者がいないほど英雄としてもてはやされている。
そういう事になっていた。
実は、鬼神の偉業はアンソニーのものではない。
王子の妃となった娘ジェシカが王子の出陣でさぞ気落ちしているだろうと会いに行ってみれば、何故かいつもより妃の風格が増し増しな…息子アンソニーがドレス姿でクラウディア姫ときゃっきゃお茶を飲んでいたのだ。
「なぜお前がここにいる……」
オニクセル侯爵は呆然と呻いた。
「出陣にはあの子が私のフリして行ったわよ!」
対して息子は悪びれもせずカラカラ笑って答えた。
「は?ジェシカが出陣?王子妃なのに!?」
王子妃になっても大人しくしているような娘では無かったな、と、妙に腑に落ちたが。
「だから、王子妃はこうやって残って王子の無事を祈ってるのよ!わかる?それをお姉様に慰めてもらっているわけ!」
アンソニーはクラウディア姫に振り返りニッコリ微笑んだ。
「すまないわね、オニクセル侯爵。わたくしもグレンのかわりに随分離れていた政務をすることになって、ジェシカに手伝ってもらっているのよ。とても助かっているわ」
どうやら姫は…………王家は、あくまでもここにいるのはジェシカで押し通すつもりらしい。
だが、あきらかに二回りデカく、ゴツいのに。
顔は確かにそっくりだ。
最初に側近に上がった際も骨折したアンソニーにかわりジェシカが登城し、三ヶ月もバレなかったくらいだ。
あの頃はまだ10代半ばというのもあったが。
そして、どうせなら完全な入れ替わりとか言い出して、アンソニーがオネエ仕様になるという訳のわからないオマケがついてきた。
古くから屋敷に勤めている者からは、随分久しぶりの跡取りの帰郷に歓声が上がった。
アンソニーは敵地での武勇伝を聞きたがる者たちに、臨場感溢れる解説をしてみせた。
その武勇伝はお前じゃなくジェシカだろう、と言う言葉を何とか飲み込んで、とりあえず執務室に戻った。
あの様子では今日はゆっくり話せるかも怪しく、待ってるだけ無駄というものだった。
しばらくすると、執務室の扉が叩かれ、アンソニーが顔を出した。
「改めて、ただいま戻りました」
「うむ。意外に早かったな。珍しいじゃないか。お前がそんなに改まって」
オネエ言葉ではない息子なぞ、公務以外では何年ぶりだろうか…。
「大事なお話があります」
神妙な顔をしたアンソニーに、侯爵はいよいよ嫌な予感しかしなかった。
「侯爵位は放棄しようと思います」
ソファに向き合い座ったところでアンソニーは切り出した。
「………………理由は?」
やはり予感は的中した。
「王子が、継承権の放棄を望まれています」
「は?救国の英雄だぞ?何故だ?」
だが理由に王子が上がった事、更にその内容に侯爵は驚いた。
王子の支持は早期戦争終結に寄与したことにより絶大に上がっている。
「ブレイグの復興に、専念したいそうです」
「正気とは思えん……」
自国ではなく他国の復興に?
だが、公表されてはいないものの、王子がブレイグで生まれ育った事は情報として把握していた。だから、自らが総大将となり出陣を決めたとき、故郷に刃を向ける覚悟に敬服したものだった。新婚早々と言うのはかなり引っかかったが。
「ゆくゆくは姫が王位を継承するでしょう。そして俺には子作りだけを望まれました」
「は?」
「侯爵家から跡取りを取るわけにはいかない」
「……」
「気になるなら、誓いを交わして子ができたら別れればいい」
「…………」
「そのあとは領地に戻って妻を娶ればいいと」
「………………酷いな」
無言で聞いていたオニクセル侯爵だったが、あまりの内容に思ったことが口からもれだした。
改めて反芻してもやはり酷い。
「あんまりですよね。種馬じゃないんだから」
そこはアンソニーも同意のようで肩をすくめて笑った。
「それじゃおまえじゃなくて、どこか貴族の子息を正式に迎えたほうがよっぽどましだろう…」
「でも、どうせなら好きな男の、子を産みたい、と」
「好きな男…」
アンソニーの表現は静かで、満ち足りていた。誇らしげですらあった。
「ですから侯爵位は叔父に継いでもらって下さい」
「わかった」
オニクセル侯爵は即答した。
「いいのですか?」
今思えば、姫とキャピキャピお茶を飲む姿を見たときから、無意識に予感していたのかもしれない。
「まあ…止めてもムダだろう?」
「話が早くて助かります」
おそらく説得に苦労すると思っていたのだろう。アンソニーは安堵の息を長く吐いた。
「俺も元々は弟が成人したら爵位を弟に譲ってロゼリアと隠居するつもりだったんだよ。思いがけずお前たちを授かり、その話は弟から辞退されたけどな。だからまあ、元の予定に戻るだけだ」
「そうだったのですか?」
「ロゼリアは身体が弱かったから、子どもは諦めてたんだ。俺は三男で、優秀な兄たちがいたから、比較的自由を許されていたしな。だが、侯爵位を継ぐことになった時、若く健康な妻を迎えてほしいと、ロゼリアに離縁を申し出られた。でなければ子どもが欲しいと…」
「親父、ほんとに純愛だったんだな…」
子どもを作らない…。
病弱な妻を宝物のように愛していたのだとわかる。
「ロゼリアは領主の妻として恥じぬよう、お前たちを産んだあとも、積極的に俺を支えてくれた。短い間だったが本当に…ううう…っ」
侯爵は眉間にシワを寄せたかと思うとポロポロ泣き出した。
「ああ、こうなるからお前たちの前でロゼリアの話は出来なかったんだよ!お前たちもギャンギャンかかさま〜!と泣いていたから…」
溢れる涙を拭い、侯爵は嗚咽する。
「泣いて良かったのに。かかさまの話、たくさん聞きたかったな。ああ、かかさまか…。ジェシカを守ってねと頼まれたのをうっすら思い出したよ」
朧げに蘇った母の言葉をアンソニーは懐かしく思い返した。
余談2からだいぶん時間が経ってしまいました。
今回のアンソニーは本来の言葉づかいです。
ジェシカの登城がなければオネエへの目覚めはなく、グレンの補佐としてこんな感じつつがなく過ごしていたんでしょうねぇ。ジェシカ、グッジョブ!
侯爵位の件、弟に「今更困る!」と全力拒否され、オニクセル侯爵は続投決定。
戦争が終わり、辺境の治安も安定してきたので、いざとなれば王家の直轄にしてもらえば良いか…と諦め。
ロゼリアが支えてくれたこの地を、病に倒れるその日まで、現役で守りました。
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あと少しで1周年。
あと少しで100話!
必死に連投しています。
書きかけの短編を、これを機に仕上げています(笑)
アニバーサリー企画で、IFの連載をはじめました。
グレンのキャラが崩壊しますが。大丈夫な方は是非ご覧ください!
『溺愛が過ぎる王子は敵国の策略で身ごもり失踪した妃を地の果てまで追いかける。』
……まあ、グレンですからね。
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