夜食
グレンが恋を自覚したものの、まだ一歩踏み出せない、ほんの短い時期の出来事です。
ep.83 幕間 落胆 のあとがきで披露したAI作のムズキュンにインスパイアされ自力でムズキュン目指し書いてみました。
「ふーっ!この辺にしておこうか、ジェス」
グレンは伸びをして隣の机で筆を取るジェシカに話しかけた。
明日予定してる南方侯爵家との会談の為、資料の手直しを手伝ってもらっていたのだ。
「そうですね。細かい追及があったときの為の予備資料ですし、ここまで詰めておけば問題ないと思います」
ジェシカは資料の束を揃えながら応じる。
内容に分けて色紙に挟んであり、即座に取り出せるよう工夫してあった。
と言っても、内容は数値まで含めて頭に入っている。資料は相手に説明するためのものだ。
「オニクセル侯爵相手だったら、まだ詰めないと不安だけどね」
どんな話題を振っても側近の耳打ちも必要とせずに正確な情報を返してくる侯爵は敵にしたくない相手の筆頭だった。
「ああ…すみません。うちのタヌキ親父、しつこくて」
そう、ジェシカとアンソニーはその侯爵の双子の子で後継だった。
「いいや、北の領地にいながら国内どころか近隣諸国まで…あの情報収集力は感服するよ。その辺は逆に南方侯爵家の面々にも見習ってほしいくらいだ」
南方侯爵家は豊かな農地が広がり裕福な領地を治めているが、その恩恵を甘受しすぎて危機管理が希薄だ。
山賊が横行する事も度々あるようで、毎年のように被害報告と共に税の免除申立てをしてくる。だが、辻褄が合わない内容ばかりで大抵王子に全件指摘を受けていた。
「間に入る王子がますます大変になりますよ?」
ジェシカは苦笑いで応じた。
「はは…。それはそうだけど、それが僕の役割だからね。国政を担う手は多いほどいい」
本心だ。この広い国土をすべて掌握する事は不可能だ。領主それぞれに適正に治めてもらうための指標を出す事。それが国政を担う王族の役割だと思っている。
「王子なら、うまく手綱を捌いてくれますね」
「まさか。君たちが手伝ってくれないととてもとても…。政治は姉上の方が絶対向いてると思うよ」
褒めてくれるジェシカにグレンは恐縮した。グレンは何をするにもこうして資料で綿密な裏付けを取らないと決断が難しいが、クラウディアは即決する事が多い。
そして、その決断は概ね間違っていなかった。姉姫との資質の違いはいつも痛感していた。
作業の手を止めたくなくて夕食は軽食を運ばせたが、今更小腹が空いてきた。だがすでに深夜で城内は静まり返っている。
「おなかが空かないかい?厨房になにか残ってないか行ってみようか…」
「ええ、実はさっきからおなかがぐぅぐぅ言ってまして。もしかして、聞こえていましたか?」
ジェシカはお腹を押さえて即答した。
「ははっ。いや、気づかなかったよ。それは付き合わせて申し訳なかったね。じゃあ目ぼしいものが無かったらお詫びに僕が何か作ろうか」
グレンは吹き出し、申し訳なさで提案する。
「ええっ?王子が!?」
ジェシカは驚きの声をあげた。
二人で厨房に向かったが、残念ながらすぐに口に放り込めそうな手ごろなものが見当たらなかった。
グレンは食材を確認し、大量にあり少しくらい減っても翌日の献立に支障なさそうな根菜とハーブ、干し肉を調理台に並べた。
ハーブは昼間に干したばかりのようで、まだ乾いておらず青っぽい香りがする。
「ハーブと根菜のスープくらいならできるかな?ちょっと待ってて」
「じゃあ私が野菜を切りますね」
「そう?じゃ、ジャガイモとニンジンの皮を剥いてさいの目に切ってくれる?」
「はい」
ジェシカは包丁を手にして、ジャガイモを剝こうと手に取った。
「痛っ!」
叫び声に驚いてグレンがジェシカを見ると、分厚く皮が剥かれたジャガイモが転がり、ジェシカが指を押さえている。
「む…剥いちゃいました。指…」
見ると左手の親指の付け根の皮がベロンと剥け血が滲んでいた。
「うわっ大丈夫!?消毒しないと!」
「うう…スミマセン」
グレンは鍋から湯冷ましの清潔な水を汲み、ジェシカの左手を取ると、傷を洗い清めた。思いがけず想い人の手を握り胸が高鳴る。顔が…近い。
「ちょっとしみると思うけど我慢して…」
グレンは何とか平静をよそおい、料理用のタイムとセージを指先ですりつぶすと、傷口に薄く広げた。少しツンとする青い芳香が広がる。
「……っ!」
ハーブの汁が染みたようで、ジェシカがピクリと身をすくめた。
グレンは清潔な麻布を当て、その上から布を巻いた。
「応急処置だから、あとで傷薬を出してもらって手当てするんだよ。さあ、君は座って待ってて」
手際よく手当てを終えるとグレンは苦笑してジェシカに椅子を促した。
「はい…。うう…スミマセン」
「剣なら相手の皮一枚だけを切る技量があるのに、包丁で指を切るなんて予想外だったな…大丈夫かい?」
「ええ。動いてないものを切るのって難しいんですよ。でも、そうですね…。ジャガイモも剣を使えば…」
いや、普通は動いているものを切るほうが難しいだろう。それにしても…。
「本気で言ってる…よね?」
「ええ!訓練にもなって一石二鳥です!ありがとうございます、王子!」
冗談だと良いなと思いながら聞いたグレンにジェシカは笑顔で答えた…。
出来上がったスープは少し薄味だけど素材の味がしっかり感じられる。
「美味しいです。生姜も効いてて温まりますね。この香り、食欲をそそります!」
ジェシカは目を輝かせてハフハフと食べる。
その様子をグレンは目を細め、愛おしそうに眺めた。
温まったからか頬を上気させ無防備に食べる姿が、相変わらず飾らなくてホッとすると共に、なぜかこのまま腕の中に閉じ込めてしまいたい衝動に駆られ、必死に気持ちを宥める。
保存が効く根菜やハーブの煮込みスープは昔よく作っていたものだ。もちろんその頃食べていたものよりいい食材なので比べものにならないくらいに美味しい。それでも今となってはずいぶん遠くなってしまった故郷を思い出した。
「ああ、とっても満たされました。すみません。何から何まで」
手伝うと言うジェシカを制しグレンは手早く後片付けをし、二人は厨房を後にした。
「はは。気にしなくて良いよ。今日はお詫びといっただろう?僕も久しぶりの料理で楽しかったし…満喫できたよ」
君の笑顔を。心の中でグレンはそう呟いた。
「王子は本当に何でもできますね。こういうとこ、僕には敵わないな」
ジェシカはふっと素の口調に戻って笑った。
敬語はやめて昔みたいに話してほしいと何度言っても、そこは頑なに譲ってくれなかった。
だから、グレンの前ではいつも敬語で『私』と言う。
たまにこうしてポロリと零れる『僕』や無意識であろう言葉が宝物のようでたまらなく嬉しい。
「君の方が剣の腕も乗馬もできるし、みんな得意、不得意はあるよ」
言葉に出して、グレンはハッとする。
それはクラウディアに対していつも自分が持っている気持ちの答えのような気がした。
「そうですね。もちろんそっちは負けませんよ!」
ジェシカはニッカリと笑った。
君はいつも大事なことを僕に気づかせてくれる…。
グレンは幸せな気持ちになった。
部屋に送り届けようとするグレンに
「王子をお守りするのが私の役目です」
と固辞され逆にジェシカに送られる形となり、グレンは苦笑いした。
「それにしてもスープ、とても美味しかったです!毎日でも食べたいくらい」
部屋の前で、ジェシカがグレンにお礼を言った。
「君さえ良ければ毎日作ってあげようか?」
何よりも嬉しい言葉にグレンは嬉しくなった。
「そんな、流石に毎日王子に作っていただくなんて。王子も冗談を言うんですね!」
ジェシカには軽く流されたが、言葉に出してまた、それが本音である事を痛感する。
君のためならいくらでも作ってあげられるのに。王子と側近じゃなくて二人だけで暮らせたらどれほど幸せか…。だが、それは夢のまた夢だ。
「はは…毎日は大げさだったかな。また、作るよ…」
せめてそれくらいのささやかな望みくらいは許されるだろうか。
「ふふ、また二人で夜食、いいですね!あ、アンソニーもよんでやろうかな?」
そんなグレンの儚い願いも、飾らないジェシカを前に撃沈する。
「…………おやすみ」
王子の部屋の扉はパタンと閉じられた。
グレンはブレイグで家事全般をこなしていたので、手料理を振る舞うシチュで書いてみました。
まだまだムズキュン初心者ですね(笑)
例によって、消毒に使えるハーブはある?とか、中世の衛生環境で傷薬洗える水はある?とAIさんに確認しながら。
タイムとセージとローズマリーが候補に上がりました。
城の厨房なら常に湯冷ましがあるはずで、比較的綺麗な水があるはずですとの回答。良かった。
今の時代にある当たり前は何もない中世。
書いてみると、色々な気づきがあります。
それにしてもジャガイモを剣で切るとかさすがに盛りすぎですが、ジェシカなら真剣に練習しそう(笑)
********
あと少しで1周年。
あと少しで100話!
必死に連投しています。
アニバーサリー企画で、IFの連載をはじめました。
グレンのキャラが崩壊しますが。大丈夫な方は是非ご覧ください!
『溺愛が過ぎる王子は敵国の策略で身ごもり失踪した妃を地の果てまで追いかける。』
……まあ、グレンならやるわな。
コメント、リアクション励みになります!
是非お願いします!




