対面の日
グレンがワーズウェントに迎えられる前後のお話です
和平交渉のためにブレイグに向かっていたマーカスからの先触れは、ワーズウェントの王家に激震をもたらした。
ブレイグの片田舎で王の子が見つかったと言うのだ。昔王城に仕えていたオリビアの子で幼少時の王に瓜二つとのことだった。
クラウディアはその使者がいた場に居合わせなかったが、父王の狼狽ぶりは想像に難くない。
あの妃に一筋で子が娘の自分しかいなかった父王に隠し子がいたなど、にわかに信じ難かった。
そして実際、父には身に覚えが全くないらしい。
それを必死に王妃とクラウディアに弁明する王だったが
「でもそう言えば、オリビアが暇を出す直前、私の香水をこぼしてしまった事がありましたわね。クラウディアと一緒に私の部屋で眠ってしまって。起こすのは可哀想だから、私はクラウディアと一緒に子ども部屋で寝たのよね」
と、王妃。
王の顔はますます青くなった。
それならクラウディアも覚えている。
王妃の部屋で香水をいじっていたのはクラウディアだった。オリビアは止めようとして瓶が倒れてしまったのだ。
次の日にオリビアが故郷に帰ってしまったからなおさら鮮明に覚えていた。
優しく温かいオリビア。大好きだった。
更に当時の王付きの侍女に尋ねたところ、オリビアに口止めされていたが…と乱れた服のオリビアの目撃したことを打ち明けた。
王は蒼白になり王妃に詫びた。
王の威厳はどこに?と言うほど平身低頭だった。元より柔和に過ぎて威厳はあまりないが。
「起きてしまった事はどうしようもありませんわ。星はもう降ったのです。オリビアの子にはできるだけの事をしてあげなくてはね。そう…男の子…なのね…。オリビアに辛い思いをさせてしまったわ」
王妃は複雑そうでいながら、穏やかな微笑を浮かべた。
「私の弟なのね。わたくし嬉しいわ。出来のいい子ならいっそ後継になさってよろしくてよ」
クラウディアはカラッと言った。
昨年の法改正で女王即位を可能にしたばかりだと言うのに、まだ見ぬ弟に王位を譲っても良いというクラウディアに、王は仰天した。
「何を馬鹿な事を!今までそなたが後継教育にどれほど努力していたかを私は知っている。それをそんなに軽々しく!」
「それがどれだけ重かったと思っていらっしゃるのです?私に選択肢は存在しなかったではありませんか!お父様がお母様を愛していらっしゃるのは分かります。ですが、お父様こそ王族の責務をなんだと思っていらっしゃるのです?もし私に何かあったら、どうするおつもりなのです?」
クラウディアはわざとらしく、はーっとため息をついた。
「そ…それは…」
「ですから、弟には王になる可能性も視野に入れて学んでほしいんです。もちろん、平民で育ったからには能力が追いつかない場合もあるでしょう。それならば致し方ありませんわ」
「オリビアは、とても賢い娘だったわ。王宮の作法も短い間に覚えて。そして、クラウディアのお世話も申し分なかった。きっと、その子…グレンも大切に育てられたはずよ」
王妃も後押しするように呟く。
「もちろんグレンの資質や意向もあると思うわ。けれど王の子である以上、やはり相応の待遇と教養を受ける権利はあると思うの」
王妃は子を望めなくなってから度々、男の子を産めなかった事に涙していた。
他に妃を迎えろと度々訴えてきた。
けれど王は盲目的と言えるほど王妃を愛しており、頑なに拒否していた。
責められるどころか大歓迎の妃と姫に王はそこはかとない寂寥感が募った。
数日後、マーカスがグレンを伴い登城した。
王との対面は王城の小さな一室でひっそりと行われた。
「陛下。こちらがグレン様です。母君のオリビア殿は確かにかつて王城で働いていた侍女で間違いございません。いかがでしょうか」
王子と認めるか否か、とマーカスの目は言外に聞いている。
ここで知らぬと言えばマーカスは良きに計らってくれるだろう。
だが、実際対面したグレンは、一目見れば間違いないと誰もが納得するほど、王にそっくりで、王はいよいよ居た堪れなくなった。
年の割に小さく、とても痩せている。
ブレイグでの暮らしは厳しかったようだ。
過ちとは言え、間違いなく自分の子の境遇を思うと、ただただ申し訳なかった。
「ご苦労だった、マーカス。顔を上げなさい。グレン。長旅でさぞ疲れたであろう?私が、そなたの父だ」
見上げた瞳は紫色だった。
確かに昔、この瞳の色の王妃づきの侍女が、王女の世話をしていた気がする。
「あの…はじめまして。王様…」
おずおずと所在なげに話す様子がいっそう切なかった。
「父と、呼んでくれぬのか?」
王は少し寂しげに笑った。そんな顔も、やはり二人はよく似ていた。
「グレン様。父上とお呼びになられてはいかがですか?」
どう呼んだらいいか困っている様子のグレンにマーカスが耳打ちした。
「あ…はい…。父…上?」
「うむ。よく来てくれた。苦労をかけて、本当に済まなかった…。オリビアは、残念であったな…」
王はグレンを抱き寄せた。
一瞬身を固くしたグレンは母の名を聞くと、くしゃりと顔を歪ませ、静かに声を殺して王の胸で泣いた。
「僕の死んだ父さんはどんな人だったの?」
物心ついたときから母一人、子一人。
母の弟の叔父の家の近くの小屋で母子慎ましく暮らしていた。
グレンのように母と子どもだけの家は少なく、寂しく思っていた。
父の墓も無く、叔父もどんな人かは知らないらしい。隣国ワーズウェントに働きに出た母は、祖母の訃報で帰ってきたあとにお腹に子どもがいるとわかったらしい。
だから、当たり前のように聞いてしまったときの母の苦しく悲しげな顔は忘れられない。
「お父さんはね…。お母さんの憧れの人だったのよ。とても素敵な方だったわ…。グレンがお腹にいるとわかった時、どうしても産みたくて。ごめん、ごめんね…。寂しいよね…?」
辛そうな母に、グレンは慌てて謝った。
「ううん、母さんがいるから寂しくない」
そんな母は死の間際に父がワーズウェントの王である事を打ち明けてくれた。
正直、父を恨む気持ちはあった。
けれど、グレンを胸に抱き、母を悼んでくれたその誠実さに、母が憧れた父の姿が分かった気がした。
その後、王妃、クラウディアが呼ばれ、グレンに紹介された。
マーカスも席を外し、身内だけの対面となった。
王妃はグレンを一目見た瞬間にポロポロと涙を流した。
「王の…お子ですね。この面差し、違えようもありませんわ。オリビアはわたくしの侍女だったのよ。クラウディアの…あなたの姉のお世話をしてくれていたの…」
涙をハンカチで拭いながら王妃はグレンの手を取った。
王妃の横からクラウディアも顔を出した。
「はじめましてグレン。私はクラウディアよ。弟ができて、とても嬉しいわ。私、少しだけどあなたのお母様の事、覚えているわ。とても優しかったの」
そして、フワリとグレンを抱きしめた。
王と王妃と姫は新しく迎えた王子を優しく囲み、皆サメザメ泣きながら今は亡き侍女を悼んだ。
本編ではまったく空気なワーズウェント王。
女性陣に頭が上がらないようですね。
グレンを迎え、抱きしめてあげたのはこのときただ一度きりですが、グレンはようやく母の死をキチンと悼む事ができたのでしょう。
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もうすぐ1周年。もうすぐ100話。
何気に連投しています(笑)
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