憂い
性的描写があります。
苦手な方はご注意ください。
窓から青白い月明かりが差し込み、甘く切ない逢瀬の最中の君の輪郭を浮かび上がらせる。
「あ…っ、んん…っ」
その稜線をそっとたどると君は甘い声をもらし、震える手で僕の頭を抱きしめる。
触れるほどに僕の熱は増し、理性も思考もとろとろと溶かされていく。
熱い昂りも、君はすべて受け入れ、包んでくれる。
全身でただ君だけを感じていたい。
それなのに…。
熱情は今は静寂に溶けたかのように消え去り、また頭によぎる不穏な光景と声。
僕は横で眠る君の手に自分の手を重ね、その温もりを確かめた。
そう、こちらが現実。夢の様に幸せな、現実。
飢えた人々が、多くの屍が、僕を責め立てたのは、僕の罪悪感が作ったものに過ぎない。
『なぜ、お前だけが幸せの中にいる?腹いっぱいに食べられる?』
日々の粗末な食事。身を切るような寒さ。その辛さは身を持って知っている。
母が亡くなるまで、そうして生きてきたのだから。
『お前は知っているだろう。勝利への戦略を。お前が黙っているせいで、どれだけの人間が不幸になっている?』
そう。僕はただ知っているだけ。
子供の頃に親友から見せてもらった古地図と秘密の抜け道を。
抜け道は地図のとおり実在し、二人で探検した。
ブレイグの王都に最短ルートでたどり着けるという、断崖絶壁の秘密の入江も。
禁足地となっている暗くうっそうと茂る森の先。
事もなげに入る親友について行き、洞窟を抜け目にしたのは青く広がる海。
昔、そこは海賊のアジトとして使われていたといい、船が丸ごと接岸できる設備があり、積み荷を運べるほど広く整備された隧道になっていた。
なぜ公にしなかったかといえば、ブレイグ王家が海賊行為で財を成していたので秘匿されていたらしい。
後に知る。親友は、ブレイグの王弟だった。
ホントはどれも秘密だけど、子分のお前には教えてやると、遠慮してもなんでも見せてくれた。
その時は僕も知らなかった。
自分がブレイグと敵対する事となるワーズウェントの王子だということを。
それは、ただの懐かしい思い出。
宝物のような故郷の記憶だった。
その価値を…まったく理解していなかった。
国境付近の小競り合いが何年も続き、両国に相当数の死傷者が出ていた。
僕は和平の為だけに尽力していた。
だが親書も使者も戻らず、戦火は拡大するばかり。
このままでは犠牲者が増えるばかり。どうしたら戦争を終わらせる事ができる…?
軍部は防戦ではなく総力戦で制圧すべきだと主張する。
だがブレイグは険しい山の向こう、そして断崖絶壁が続く高地で、接岸できる港の守りは厚い。
けれどふと、点と点が繋がるように気がついてしまう。
あの入江を使えば、辺境を経由せず王都に攻め入る事が可能だと。
中枢を押さえれば犠牲は最小限で済むのだと。
だがそのためには被害者ではなく自ら加害者にならなければならない。
君と誓いを交わし、幸せな日々。
それを実感するほどに、彼の国への憂いが日に日に大きくなる。
日々の食事の度に寒さと飢えに苦しんだ昔を思い出してしまう。
君をどれだけ愛しても、気がつけばまた苦しくなってしまう。
言えばいい。
軍部にその知識を告げればそれで終わる。自分で手を下す必要はない。
そうすれば、長く続くこの戦争を終わらせ、戦禍を止めることができる。
秘密を漏らしたのは王弟の落ち度だ。
僕は王子として、自国の為にそうするべきだろう。
たとえ生まれ育ったのはブレイグだとしても。
たとえそれが親友への裏切りを意味していたとしても。
「んん…。グレン…?」
きつく握りしめてしまったようだ。君が身じろぎし、僕は我にかえった。
「ごめんジェシカ…。起こしてしまったね。まだ夜明けまでは時間があるから、もう少し寝よう」
「…はい」
まどろみながら握った手の上から優しくさすってくれるもう片方の手にたまらなくなり、そこにそっと額をのせる。
「全部、忘れさせて」
吐息に乗せ微かに呟いた、心からの僕の願い。
そしてそのまま君を腕の中に包み込む。
憂いなく君を愛するために、僕は決断をしなければならないだろう。
けれど、今だけ。
もう少しだけ、この幸せの中にまどろんでいたい。
出陣を決意する前のグレンの苦悩です。
グレンはずっとブレイグを攻める有利な戦略を知ってたのに黙っていました。
その間に戦争で多くの犠牲者が。
王子妃を迎え幸せを手に入れて、でも自分が動かないことで犠牲ばかりが増えていく。
グレン、たまたまロブに色々聞いてて、忘れとけばよかったのに、ある日その戦術的価値に気づいてしまって…。
ジェシカを憂いなく愛するためにも、戦争という諸悪の根源を無くしたかったのです。
でも、結局そのせいでジェシカは敵国の手に落ち、親友はその手にかけざるを得なかった。
ハピエンからはだいぶかけ離れてしまいましたね。
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