二〇二四年四月二十八日日曜日 午後十三時三十二分
「で、先生。本題って何でしたっけ?」
「ああ、そうだな。つい長話に付き合わせてしまった。いい加減本題に移ろう」
カフェラテで喉を潤した先生は、いよいよ口火を切った。
「第一希望はデザイン、第二希望は服飾、第三希望は美術」
「……ん?」
唐突に思いがけない内容をなんとなく噛み砕こうとして、数秒理解が遅れる。
今、先生は何と言ったか。本来、先生がまったく知る由もないはずの不自然なワードの羅列が聞こえたような──そもそもなぜ、それをどこで知ったというのか。知る方法が限られている以上、答えも真実もひとつしかあるまい。
今なら、崖っぷちに追い詰められていくサスペンスドラマの犯人の焦燥が痛いほど理解できる。話の雲行きが怪しくなっていくのを背筋の冷や汗で感じ取った。
「服飾造形などの専門知識を学べる学校は、一般学科と比較するとさほど多くはない。東京都より神奈川県内を候補にしているのは、今後の店の経営を心配してのことか? 最終的にはあの店──『Ma1-10Ro13a』を継ぐつもりだろう? 私はてっきりジュエリーデザイナー一筋で見据えているとばかり思っていたが、君の心境を考慮するにそうではないらしい。被服学だけではなく、制作職やビジネスも視野に入れたカリキュラムを想定しているとなると」
「ッギャ────!!!!」
先生の言わんとすることをようやく悟った瞬間、私は羞恥に耐えきれず叫びながら席を立っていた。
「……」
「……はっ! すみません!」
突然の絶叫に面食らったであろう先生の開かれた双眸を見た途端、私は我に返る。
こんな馬鹿でかい大声を上げたら周囲の視線を集めるどころか、営業妨害待ったなし──脳内によぎる可能性と同時に私は慌てて口を閉じた。
(……あれ?)
そこで、私はようやく違和感に気づく。
(……誰も、こっち見てない?)
我ながらかなりの大声で叫んだはず──なのだが、誰もこちらの席を気に留める気配がない。カウンターで働く店員たちも同様だ。皆いつも通りといった様子で会話なりアフタヌーンティーを続けている。
困惑しながらひとまず腰をかけると、先生は何食わぬ顔で甘々なカフェラテを呷ってから優雅にカップを置いた。
「このご時世、どこで誰が何を聞いているか分からないだろう。念のため、席に着いた瞬間から防音と音声置換の魔術を施してある。何を話しても問題はない」
(ぬ、抜け目ねェ〜……)
恥ずかしながら、私が見たかぎり仕掛けるような素振りをひとつも見せることはなかった。
目と鼻の先にいたのに気づけなかったことがすごく悔しい──と同時に、私は先生の手際の良さに羨望と畏怖の眼差しを向ける。というのも、心境的には手品のトリックを初見で見破れなかったときの感覚とよく似ていた。この程度のことは手慣れている、とでも言わんばかりの鮮やかな手腕である。
わずかな感謝と若干の恐怖を感じつつも、ここは先生の粋な配慮に甘えておこう──それはともかく。
「……っていうかなんで!? なんで進路調査票に書いたこと知ってんの!? っまさか見たな! この数週間のうちに調べたな!? 聞きたいことってそれか!?」
「少し落ち着け、興奮しすぎた。……勝手に調べたことに対して怒っているなら悪かった」
「な、ならなんで、わざわざ進路のことまで……?」
「当然、君のことを知るためだ。というのも、今まで君の身内から聞いたことといえば、大まかな性格や趣味嗜好ばかりで、君に関する客観的な人物情報が手元になかった。なので、こればかりは諦めてほしい」
机を叩きながら無意味な鳴き声で喚く私のことなどお構いなしに、先生は飄々と言ってのけた。
「君はもう三年生だ。本人にあれこれと無作為に聞いて時間を浪費する前に、できるかぎり情報整理をしておくのは当然のことだろう。だからこそ、最初に知ったときは驚いたよ。就職はまだしも、進学を視野に入れていたのは少々意外で──」
「わ゛ー! わ゛ー! わあああっ!」
ド律儀に私の将来を心配しての発言なのか、はたまたこれまでの意趣返しのつもりなのか、判別に困る。
それはそうと非常に納得がいかない。これほど用意周到な情報収集能力がありながら肝心の祖父についてはノーマークなどと、はたして誰が信じるというのか。まさか、意中の本命には奥手で臆病で恐れ多いとでも言いたいのか。
なんて恋する高校生。行き場のないいじらしさを他人に発揮するより、本人へ思いの丈をぶちまけて玉砕した方がまだ建設的──
「ウッ」
──言葉のブーメランをよりによって自分に突き刺した私は、渇きまくる喉をアイスコーヒーで潤しながらさらに声を荒げる。
「先生酷い……! まだおばあちゃんにも言ってないのに! こんな辱めっ!」
「やはりか、そんなことだろうとは思っていた。しかし、そこまで嫌がるとは想定していなかった。一応聞くが、何がそんなに嫌なんだ?」
「そりゃあ家族以外の人に見られるなんて思ってもないでしょ? も~あ~最あ……く?」
ある程度喚いたことで感情が落ち着いた瞬間、次に湧き上がるのは疑問だった。
先生が私の周囲を身辺調査していたことについては、恥ずかしくはあるものの特段怒りは湧かない。先生の立場になって考えてみれば、さほど不自然な行動ではないと思う。先生が鳶浦高校に赴任してからこの二、三週間、私がどういう人物か──あるいは『夢死』の魔法を継承するにふさわしい人物か──自分の目で見極めるために、可能な範囲で調べ上げたと思えば腑に落ちる。もしかすると、調べて得た情報を決闘の交渉材料に使う思惑もあったのかもしれない。
正直なところ、先生であれば、私相手にやろうと思えばいくらでもやりようはあったはずだ。ゆさぶり、脅迫、監禁、精神攻撃──やろうと思えば、理性が許すかぎり何でもできたはずだ。けれど結果論として、彼は情報を活用することを選ばなかった。双方の力量差を、戦闘的優位を理解していたにもかかわらず、だ。
だからこそ彼は無謀にも真正面から私との決闘を断行し、意図せず首を絞められたわけなのだが、問題はそこではない。
(ちょっと待て)
問題は、肝心の決闘の場ではなく──なぜ、今ここで、先生が私の進路の話を持ち出したのか。
「私が君に聞きたかったことは他でもない。このことだ」
「へ?」
不意を突かれて顔を上げると、先生は少し張り詰めたような表情で続ける。
「進学、諦めるのか。君自身の考えではなく、魔女の使命を優先するために」
怒っているような、呆れているような、どこか悲しそうな──とにかく一様には言い表せない複雑な声音で、先生は言った。




