天使とのお茶会
ガブリエルに捕らえられちゃった世界線(IF)です。
××月××日
美しきウィンター領を離れ、この日から私はルドニア国王陛下の妻となる。
アレキサンダー陛下はとても優秀な方だ。幼い頃に不治の病に罹ったが克服され、今では誰も疑いようのない賢王だ。
そんな素晴らしい方の妻となるのだ。政治的な婚姻関係とはいえ、私はあの方にふさわしい妻にならなければならない。……そのために、今まで努力してきたのだ。
××月××日
写し絵で見るよりも、陛下はとても美しい方だった。
長い銀髪は光を浴びて輝き、透き通る様な紫の瞳は目を離せない。発せられる声は低く冷たいものだったが、それが更に彼の神々しさを表す。
私はつい、美しい髪だとつぶやいてしまった。
陛下は少しだけ目を見開き、「自慢の髪なんだ」と笑って見せた。
××月××日
婚姻式は滞りなく行われ、陛下との閨も定期的に行われている。陛下の妻は私だけ、故に次期王を産む為に必要な事だ。
初めての閨から、陛下は優しく私を抱いてくれている。……けれど。その手つきや眼差しから、何処か義務的なものを感じている。
もう少し、陛下との心の距離を縮めていける様に出来ればいいのだが。
×月××日
皇后殿下と行われる定期的なお茶会で、私は陛下との関係改善に向けての助言を伺った。
その時彼女は苦い顔をした後、とある女性の名前を告げた。その女性は私もよく知っている人物で、陛下を病から救った異邦人だ。
陛下は、その異邦人をとても慕っていたらしい。その情熱は凄まじく、爵位を与えて正妻にしようとしていた程だ。
だが彼女はその想いを受け入れなかった。結果彼女は陛下と会う事をやめ、今では辺境の街で独り過ごしているらしい。
皇后殿下は目線を落とし「息子は今でも彼女だけしか見ていないのだろう」と教えてくれた。
……私は、何も声を出せなかった。
×月××日
陛下の彼女の恋物語は有名な話だった。私が知らなかった理由は、僻地にあるウィンター領に籠っていたから。そして王室に嫁ぐ私へ、周りが心配しての事だろう。
彼女の名はイヴリン、ファミリーネームはなく、身寄りのない女性。幼き陛下を救い、足繁く陛下の元へやって来ては、まるで恋人同士の様に過ごしていたという。
それだけではない。彼女の見た目はこの数十年変わる事がなく、若々しい美しさを保ったままなのだと。……そんな人間あり得ないだろうと半信半疑だったが、城に長年仕える侍女が言うのだ。
《 天使とのお茶会 》
「今日も君は素敵だね」
テーブルに置かれた蜂蜜たっぷりの紅茶よりも、酷く甘い声が聞こえた。
私は気にせずにティーカップを手に取り、紅茶を飲む。
「お前に言われても嬉しくない」
「永遠の伴侶に向かって、それは酷いんじゃない?」
「伴侶だと思った事はないんだけど」
私はため息を零しながら、目線を正面へ向ける。
目の前には、癖っ毛のある深緑の髪と瞳を持った男がいた。皺のない純白の正装に身を包んだ奴は、テーブルに頬杖を付きながら目を蕩けさせて私を見つめている。
「君がどれだけ僕を拒絶しても、この場所から出る事は永遠に不可能なんだよ」
この場所、とは。私と奴が今いる屋敷だろう。煉瓦で作られた、まるで御伽話の中に出てくる屋敷と、その屋敷周りを見渡す限りに囲む美しい花。
一度興味本位に屋敷から出て歩いてみた事もあったが、何処まで行ってもあたり一面は花のみだった。……多分、その先も花だけの世界なのだろう。
気づいた時には、私はこの場所に囚われていた。奴の言葉を聞き、この場所が奴が用意していた棲家だと知った時。私のオーシャンビューは永遠に消え去った事を悟った。
……まさか私が天使にまんまと騙されるとは。流石にサリエル達も黙っていないと思うし、いつかは助けに来てくれると思うが……悪魔が天界に来れるのか分からないが……。
過去の出来事を思い出していると、表情で察したのか奴は鼻で笑ってくる。文句でも言ってやろうと思ったが、その前に私の頬に手を添えられた。
「ルシファー、僕は最高に幸せな天使だ。君の様な素晴らしい女性と、永遠に添い遂げる事が出来るのだから」
そう告げるガブリエルへ、私はお返しと言わんばかりに鼻で笑い、頬に触れる手を払う。
「お前の思い通りになるか。絶対に私は此処から逃げてみせる」
「まだそんな事言ってるの?君も懲りないよね」
「伊達に何十年と悪魔から逃げてないんだよアホ天使」
ガブリエルは払われた手を見つめ、面白く無さそうに目を細める。だがそれも少しの間だけで、次には自分に用意された紅茶のカップに手を添えた。
だぁれが、こんな性悪天使のものになるか。そもそも親の決めた相手となんて嫌だ。私にだって男の好みはある。この天使なんて論外だ論外。
そんな事を考えながら睨みつけていると、ガブリエルは手に持っていた紅茶を飲み始めようと口を当てる。
……が、奴は思い出した様に唇を離す。
「嗚呼、そういえば。……ルシエール・ルドニアについて、少し確認をしてもいいかな?」
花の香りと共に、ガブリエルが語るその名に。私は驚き目を見開く。
この表情を見越していた様に、奴は妖艶に笑って見せた。
「ルシエール・ルドニア。君が愛したアレキサンダー王の妻だった女性だ」
「……彼女が何」
「そう焦らないでくれよ。何、彼女の死についての話だ」
唇を添えられなかったカップは、静かにソーサーへ戻される。奴と私だけのこの場所は、いつもよりも静寂に包まれていた。
「ルシエールの死因は「原因不明の病」だ。健康だった彼女が、見る見るうちに窶れてしまい、君の治療を拒否し続けた結果亡くなった。……そう世間には公表されている。僕もその話は辻褄が合うから信じていたんだけどね」
テーブルの上に頬杖を付いた奴は、私へ深緑の瞳で見据えた。
「君。王様の体調が悪化した理由を、血の過剰摂取だと僕が教えた時。酷く怯えてただろう?いつもの君なら僕の胸ぐら掴んで「アレクを助けろ」って怒鳴りそうなのに」
「…………」
「そう疑問が出た時、僕は王妃様の事を思い出したんだ。好いた男に愛されなかった、哀れな彼女の事をね」
ガブリエルは頬杖を付いていない手を軽く振ってみせる。瞬きの間にその手には、一冊の古びた本が掴まれていた。
本はテーブルの真ん中に置かれ、奴が手慣れた様にページを捲る。……それは、誰かの日記だった。
「彼女が亡くなった際、遺品はウィンター家に返却された。でもこれだけは王様が「妻の遺品を一つ持っておきたい」なんて理由で返却されなかった。この、王妃様の日記だけ。恐らくウィンター家が君を恨まない様にかな?……中身を見て涙が出たよ。愛する男を支えようと必死に努力して、その結果狂い堕ちていった悲劇の物語が紡がれていたんだ。特に痺れた所は……愛する男が愛していたのは自分ではなくて、ある異邦人だと知っ」
気づけば、己のカップの中身を奴へかけていた。中身の紅茶はテーブルにあった日記のインクも、流れる血の様に濡れて染みていく。
それでも奴は、深緑の瞳を決して私から逸らさなかった。
視線に耐えかねて、私は目線を滲むインクへ向けてしまう。
【 ×月××日
とうとう、私の息子も魔女に穢されてしまった。
ルークの体に、あの忌まわしい女の血が流れてしまった。
どうして私の夫は、私よりもあの女を求めるの?あんな女よりも私の方が、ずっとずっと貴方を愛しているのに。私は次期王を身籠らせるだけの、胎だけの存在だったの?
嗚呼神よ、何故あの女だけが幸福なのですか?
老いることのない瑞々しい体も、小鳥の様な声も、吸い込まれる様な闇の瞳も。……どうしてあの女にだけ与えたのですか? 】
【 羨ましい、羨ましい羨ましい羨ましい!!!あの女のものは、本当は全て私のものだったはずだ!どうしてあいつが持っている!?ああ、嗚呼嗚呼ああ、あああ、あああ欲しい!!欲しい!!!せめて、あの女と同じ体に生まれ変われればいいのに!!!! 】
……それは日記に殴り書きされた、ルシエールの悲痛な叫びだった。
王妃としての品格を持った彼女が、私の所為で狂った結果だった。
「この続き、見せなくても知ってるよね?」
ガブリエルは穏やかな声で告げてくれる。……その通り、よく知っている。
椅子の背もたれにもたれれば、浅くなる呼吸を整えた。
私の口から語られるのは、どうしようもない懺悔だ。
「……ルークを癒してから少し経った時期に、屋敷に城からの使者が来たの。内容は「まだ本調子でない王太子殿下の体調の為に、定期的に癒しの血を与えたいので城に保管させて欲しい」だった。……だから私は、その使者に小瓶何本か分の血を与えた」
私の言葉に納得したのか、ガブリエルは深く頷く。
「成程、その血を王妃様が独占した訳か。その使者の言葉が真実なら、定期的に血を与えられた王子様はとっくの昔に朽ちているからね」
濡れた髪をかき上げながら、ガブリエルは皮肉に笑った。
「憎しみが嫉妬になり、執着になり。彼女は無謀にも愛し子と同等になる未来を求めた。ただの粘土が、君に勝てるはずなんてないのに……嗚呼、でもよかった。てっきり君が手に掛けたのかと思ったけど、違ったみたいで」
「……五月蝿い」
掠れる声で反論すれば、ガブリエルは一瞬真顔で私を見る。
少し考える様に、再び髪をかき上げた。
そのかき上げ濡れた手が、再び私の頬に触れる。
「どんな君でも、僕はルシファーを愛してるよ」
甘い声と共に、深緑は愛おしく私を見据え、私へ近づいていく。
……唇が触れる前に、今度は奴のカップの中身を掛けてやった。
次回でなろう版は最後です。
最後のお話は元童貞の話です。元。




