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どうか、ワルツを。


 人混みの中で、ふとした馬車の景色で。

 いる筈もない彼女を探す。それはやめる事が出来ない日課になっていた。



 あの日、目覚めた時にはイヴリンはいなかった。

 別れの挨拶をしない所が彼女らしい。そう笑ったのを覚えている。



 それからは与えられた公爵の地位を、只々守る事に力を注いだ。

 彼女を少しでも忘れようと、必死になっていたのかも知れない。




 ……月日が経ち、大切にしたいと想う人が出来た。

 やがて、妻となったその人との間に息子を授かり、幸せな日々を過ごす事が出来た。流行病で妻が先立った時には、年甲斐もなく涙が溢れたものだ。


 息子は育ち、立派な後継者へと成長した。その息子が妻を迎え、そして私に孫を見せてくれた。

 孫は大人しい息子夫婦に似ず相当なお転婆で、よく授業を抜け出しては私の部屋にやって来た。その度に孫はある物語をせがんだ。



 突然この国にやって来た異邦人。先王と現王の病を救った女性。老いを知らない姿故に、人々から魔女と蔑まされた人。……もう薄れた記憶の癖に、忘れたくとも、永遠に忘れる事の出来ない存在。



 孫は彼女の話を聞くたびに目を輝かせて、いつか自分も会ってみたいと意気込んでいた。その純粋な視線に目を細め、私はいつも同じ台詞を告げる。



 嗚呼、そうだね。私も会いたいよ。





 今夜は、毎年行われる国王陛下の生誕祭。そのフィナーレで行われる舞踏会だった。此処まで車椅子を引いてくれた息子と孫が、私の代わりに挨拶へ向かう為に側を離れる。


 私は迷惑にならぬ様に壁際に移動して、豪華絢爛な舞踏会の様子を眺めた。会場中央では、王妃殿下と仲睦まじく過ごす国王陛下がいる。……私の視線に気づけば、陛下は穏やかに微笑んでくれた。



 幸福とは、今この状況を言うのだろう。家族や友が笑い、誰一人として不幸ではないこの世界を。私の努力は決して無駄ではなかったのだと、そう教えてくれる。



 ……なのに、私はどうしても探してしまう。

 未熟で滑稽だった、過去の恋(彼女)を探してしまうのだ。


「どうせ彼女の事だ。こんな私の事など忘れて、来世を謳歌しているだろうに」


 つい出てしまった独り言に笑い、私は祝杯でも受け取ろうと給仕人を探す。





 ……だが、その時。私の目に入ったのは、懐かしい薄水色のドレスだった。






 永い月日で朧げとなっていた闇色の瞳が、私を嘲笑う。

 





「……イ、イヴリ……」



 身体中の血管が沸騰する。麻痺していた足が反応する。

 乾いた唇を動かして、嗄れた声を出す。



「イヴリ、ン……イヴリン……イヴリン!!!」



 周りの目を気にする暇はなく、私は彼女を追いかける為に車椅子を動かした。

 途中で人にぶつかろうが、息が荒くなろうが。彼女を見失うまいと手を動かす。


 此方などお構いなしに華麗に歩む彼女が、たどり着いたのはバルコニーだ。人気がないこの場所では、私の廻す車椅子の音と、私の荒い呼吸がよく聴こえる。





 彼女は、イヴリンは。

 バルコニーの柵にもたれて、私の姿を見据えた。



「お久しぶりです、パトリック様。随分と男前になりましたね」


 朧げな記憶を呼び覚ます様に、変わらぬ姿、声で。イヴリンは恭しく私へ頭を下げる。

 漸く呼吸を整えた私は、その姿へ目を細めた。


「どうして、ここにいるんだ?てっきり夢を叶えたのかと……」

「あー……色々ありまして。そこは聞かないで頂けます?兎に角今の私は、パトリック様の死神みたいなものです」

「……私は死ぬのか?」

「相変わらず話が早いですね、その通りです。この後パトリック様は発作を起こし、舞踏会場で倒れ亡くなります。七十五年間お疲れ様でした」


 イヴリンは穏やかな声で、平然と私の最期を告げた。……不思議と納得してしまうのは、自分自身もう長くないと悟っていたからだ。


 彼女は私の元へ歩みながら、再び口を開く。


「……で、ここからが大事な話になります。パトリック様がお亡くなりになる運命は変わりませんが、死に場所は今なら選ぶ事が出来ます。……今すぐ会場に戻って、ご家族に別れの挨拶をして、見守られながら終わりを迎えるか。それ以外か」

「それ以外とは?」



 その質問に、彼女は照れながら私へ手を差し出した。



「ご家族との別れの時間の代わりに、私と一曲ダンスでもどうです?」



 ……嗚呼、それは反則だ。

 私は差し出された手に、ゆっくりと、皺まみれの手を重ねた。



「……光栄だよ。ミス・イヴリン」



 そう答えれば、イヴリンは皺がなくなった手を握り返してくれる。

 俺の声は、もう嗄れてはいなかった。










 俺の人生は幸福だった。

 愛する人達に囲まれて、温かな暮らしを過ごせた。

 己の持つ能力を存分に発揮し、新たな道を開く事が出来た。


 嗚呼、幸福だった。最高の日々だ。

 妻を、子供達を、友を愛している。




 ……ただ、イヴリンはそれに付け加えて。



 見過ごせないんだ。








 ワルツの曲に引き寄せられる様に。

 どこか懐かしい闇が、俺を包み込む。






「あの屋敷の女主人は、五人の悪魔に飼われている」を此処までご覧いただき有難うございます。

なろう版での「あの屋敷」はこれにて終了となります。ムーン版はもう少し続きます。


 散々な目に遭う、強気で下品な主人公書きたい。その一心でこの作品を考えました。めっちゃ悪魔とか天使とか聖人とか逸話とか調べました。私のスマホの履歴は中二まっしぐらです。

 正直私利私欲全開の作品でしたので、此処まで感想やブックマークを頂けると思いませんでした。ただ感謝しかございません。


 此処までお読みいただいて、本当に有難うございました!

 

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― 新着の感想 ―
お疲れ様でした!ほんと出逢えて良かった作品です。 パトリックは人としての充実した人生をおくれて善かったね。なんやかやイヴリンもそれを望んでた気がするし。でもフライングで迎えに来ちゃうところがね~ワタシ…
完結まで執筆お疲れ様でした!私もこの作品と出会って悪魔とか天使のこと調べましたよ☆ミステリーの部分もあってとっても読み応えがありました。読了後に唸らさせて、調べてさらにほぉーっと思うことも何度もありま…
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