12 ジャストパリィ60s
「次はそっちの地味目な子ー」
自分に楯突いた者を華麗に裁き、民衆から得る支持の気持ちよさたるや。
上機嫌なメアは、あの特徴的なヤンキーピンク女の横にいた付き添い人と思しき人物に声をかけ、右手をこいこいと曲げて、挑発する。
「え、えと……ひっ……比窟 那己です……対戦よろしく、お願い、します」
「私は鐘望メア。対戦よろしく」
(ま、どーせ、付き添い人だし?大した相手じゃないでしょ?)
地味目な子は前に出る。その目元まで伸びた、ボサボサの髪の毛。そして吃るような口調が、同じ女としての嫌悪感と不快感を誘う。
「ねえ。別に降参したっていいんだよ??見世物になるのは嫌でしょう??君ってみるからに陰キャだし」
「うっ……」
周りに注意を促す。ほら、そこには見てる人がいっぱい。
そっちで萎れているヤンキー女の二の舞になりたくなければ、さっさと立ち去れという温情だ。
すると那己は「い、いい、いいです、大丈夫です」と震えながら拒否する。
(陰キャってこれだから苦手なんだ。会話のキャッチボールもまともにできなかったら人生詰むよ?本当にさ)
メアは二つある部活用のヘッドギアのうち、一つを挑戦者である那己に渡した。
「一応そのデータ、全武器揃ってるから。公平でしょ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
那己はそれを受け取ろうと前に出た。
「あっ!?」
派手にすっ転んだ。
リアルで人前に出る緊張のあまり足が震えて動かなかったのだ。
周りからは笑い声が飛ぶ。転んだ本人は赤面し、相方のヤンキーは大丈夫かと駆け寄る。
(だっさいなー)
メアの心象は嘲笑にすら届かない無に近い感情だった。
(ちゃっちゃと、倒そう。こういう奴こっちが気を使うだけ無駄だね)
◆◆
メアというプレイヤーの言うことは本当だった。全武器が揃えられて、しっかりと鍛えた痕跡がある。きっと『ヴィクトリアス』が大好きで、本気でプロレベルを目指していて……。
だからこそ解せない。なぜ、そんなくだらない嘘をついたのか。どうして自分が英雄マンだとホラを吹いたのか。
(今回の勝負はいつもと違う、完全な1on1だから……武器選びも慎重にしないとね……)
カーソルをいつも使っている例の武器の方へと寄せていく。が、考え直す。
それはランクマッチで四人の団体戦で、かつ自分がソロでやってる時に最適だった武器で、今回もそれが正解とは限らない。
まず接近戦に強く、一撃で相手を倒せるぐらいのパワーがあること。
それでいてある程度のリーチを持っていること。
とにかくタイマンでの性能を重視した武器が必須。であれば……。
「よし、これにしよう」
あとは、自分の腕前を信じるのみ。
(大丈夫。わたしは英雄マンだもん……。絶対に負けない)
◆◆
闘技場を舞台に、2人のプレイヤーが登ってくる。
1人は、学園のアイドルにして、この学校一の実力者である鐘望メア。
対するは、猫背で、リアルよりちょっとサラサラに描写される黒髪。比窟 那己。
そしてその携える武器は。
「太刀……ミラー」
両者。"太刀"。
完全なる同条件による一対一のマッチングとなる。そこに運否天賦の一切は存在しない。勝った方が実力が上であると証明される試合だ。
「いいの?負けた時の言い訳できないけどー?武器変更する?」
「し、しなくて大丈夫です」
その煽りと取れるような提案。首を横に振る。「あっそう」と小さく返されて、剣を構える。
「後悔しても知らないよ?」
「わ、わた、わたしは……後悔なんて、慣れっこだから……」
「慣れちゃダメじゃない?それ?」
納刀した刀。その柄に手を添えて。那己はじっと、見つめるまま。
────両者の抜き去る剣が同時に重なり、火花を散らすことでこの勝負は始まる。
◆◆
メアは甘えを許さぬ初撃を放ったつもりだった。だが偶然か、それを簡単に防ぐ相手。故に興奮する。この女、もしかして強いのか?と。
「へえ、今の反応できるんだー」
「あ、はい」
「じゃあ、これは、どうか……なっ!!」
力と力がぶつかり重なる刃。それ引いて体勢を崩しに行き、その隙に一撃叩き込もうとした。
だが、メアの思惑は通らない。相手が力を抜いたタイミングに合わせて自分も引くだけの技量が那己にはある。
故に隙は生まれない。
刃を弾き返し、メアは逆に大きな隙を晒すことになる。
「やばっ!!」
追撃が来る。そう思ったが、那己は動かなかった。貴重な攻撃タイミングをやすやすと逃したのだ。
なぜ。
なによりもやられる側だったメアが疑問を浮かべる。
相手を見る。目元と手元が震えてる。これは……どういう反応なのか?
「どういうこと?」
「ひっ……!?ど、どういうこととは?」
話したら話したでさらに震えが止まらなくなっている。何かよくわからないが、怯えているような感じに見えた。
「もしかして、今更ビビってんのー??」
「あっ、そのっ」
「……いや、いいわ。すぐに終わらせるね!!」
先程から那己に良い印象を持っていないメアは、有言実行と言わんばかりに剣を振るう。
◆◆
それから、那己の動きのキレは悪くなる。メアの攻撃に対して防ぐので精一杯。
先程のカウンターは偶然だったのかと思うほどに力を感じない。
「ねえ、さっきのはたまたまだったのかなー?」
「うっ!!」
「守ってばかりじゃ、私のこと倒せないよー!!ほら次はこう!!」
「いっ!!」
「ほら!!」
「あっ!!」
逃げ腰、弱腰、腑抜け。太刀を振って。振って。振って。
防戦一方という言葉がこれほどあっている状況もまた珍しく。観戦モードのギャラリーは弱者を屠る強者の図を楽しむ見世物と化した。
「あぁ、あかん……やっぱり那己ちゃん……」
曜はいよいよ見ていられなかった。ログアウトして観戦をやめようとも思うぐらいな一方的なゲーム。
自分達はとんでもないことをしたんだと徐々に冷や汗をかきはじめる。
喧嘩を売った。有名人に。英雄マンに。
別に那己を責める気はない。友達を信じたことに後悔はないと言いたい。だが止めればよかったと思う感情も持ち合わせる。
これから、どうすればいいんだろうか、と。
「やれー!!メアちゃん」
「いけるよー!!」
「そんなやつ倒しちゃえー!!はっはー!!」
「わはははっ!!」
他の生徒たちが、ひどく恐ろしく聞こえた。このゲームが終わったら、自分達はズタズタに引き裂かれて、殺されてしまうのではないかと思うくらいに。
怖かった。
────カキイィィン!!
「……!?」
そのとき。突然。ギャラリーに響いた、大きく心地よい金属音。
妙に特徴的な音だったので、一同が一瞬ざわめく。
────カキィン!!
そしてそれはもう一度なる。
三度なる。頻度はどんどんと多くなる。何の音か。
(これって……!?)
生徒の中で理解できるものは少ない。が、曜をはじめとするヴィクトリアスを"ある程度やり込んでいる者"はそれの正体に気がつく。
(ジャストパリィの音!?……那己ちゃん!?)
もう一度見ても防戦一方の絵は変わらない。だが……。
(なにが……おきとるんや……)
そこにいるのは、メアの攻撃の悉くを最適なタイミングで受け流す那己の姿だった。
◆◆
鳴るのは刃の先が双方当たる鉄の音。
何度撃っても。何度撃っても。
攻撃は通らない。
「……おかしい。なん、なの?」
────ジャストパリィ。相手の攻撃に対して最適な防御を行う事で発生するゲーム側の特殊ムーブ。特徴的な音と青銀色のエフェクトがその印だ。
そして、目の前の那己は、まるで自分の動きと鏡合わせなのかと思うほどに。打ち込んだ場所を的確にジャストパリィを決めてくる。
それを繰り返すこと、実に1分近く。
異質。異様。不気味。違和感。
太平洋をいかだで泳ぐような底知れなさ。砂漠に水を一滴垂らすような無力感に襲われる。
(こいつは、なんなの?)
勢いをつけてもいなされる。不意をついても返される。隙を晒しても攻撃は飛んでこず。だけどこちらの攻撃も一切通らない。
何度見ても目の前にいるのは濡れた猫のように震える少女だ。
貧相で弱小。簡単に倒せそうな見た目なのに……。
(全然、倒せない……!?)
膠着。進展のない60秒間の膠着。
果たしてこれは拮抗した実力が生んだ時間なのか、それとも……。




