先駆者よ眠れ
地球からやってきた宇宙船が、土星の衛星タイタンに着陸した。それは移民船であり、移民船には、数千の人間がこの星に移住するために乗船していた。
タイタンに豊富に存在するメタンや鉱物で一攫千金を狙う者。宇宙に移住するというロマンに魅せられた者。愛を失い、すべてを捨ててやってきた者。地球の隅々を渡り歩き、今度はタイタンの全土を踏み締めるためにきた者。人類の更なる発展を夢見て参加した者。幾多の思惑を乗せて移民船はタイタンの地表に着陸した。
初めに、船長と3名の部下が移民船から降りた。彼らは先遣隊であるロボットたちが建造した、ドーム型のコロニーが完成しているか確認するために編成された調査隊である。船長は点呼をとり、船が着陸した場所から2マイル離れたコロニーに向けて出発した。全員が宇宙服に身を包み、重い生命維持装置を背負って歩く。太陽から遠く離れている上に、分厚い大気によって太陽光が殆ど地表に届かないタイタンは薄暗い極寒の世界だった。
少し歩いた先にうっすらと巨大な半円のシルエットが現れた。移住先のコロニーである。
「無事に完成していたか」船長が呟く。
「中は本当に人が住めるようになっているのでしょうか」と部下のビルが言った。
「きっと大丈夫だ。彼らが任務を果たしてくれているだろう」
「ドームはどれくらいの広さなんですか」
「約14万k㎡だ。アイオワ州と同じくらいの面積だな。おや、あれは」
船長がコロニーの麓で何者かが仰向けに倒れているのを発見した。
「人か?違うな。もしや…!行ってみよう」四人は早足で倒れている者のもとへ向かった。
「船長これは」
「間違いない、タイタスだ」
倒れていたのは、コロニーの建造のためにタイタンに送り込まれた作業用ロボットだった。胸に『TITUS』と刻印されたプレートが取り付けられている。ロボットたちは区別するために、型式番号のほかに、それぞれ固有名詞が与えられており、船長はプレートの名前を見てタイタスと判断したのだ。
「完全に機能を停止しています」ビルがタイタスの状態を調べて言った。
「あっちにはマーカスとルーシアスもいました」
「ほかにも大勢のロボットたちが倒れています」
部下たちが付近を探索し、ほかのロボットも発見した。皆、タイタスと同様に機能を停止して倒れていた。
「役目を終えるとロボットたちは自動でデータを消去されてその場に倒れる。機密保持のためにな。多分、こいつのメモリーバンクには何も残っちゃいない」船長はタイタスをビルと二人掛かりで運び、ドームの外壁に寄りかからせた。タイタスの頸が、がくりと垂れる。その姿はまさしく物言わぬ屍。
「なんの機密です?」ビルが訊ねる。
「コロニーの建造方法さ。移民船に同乗している技術者は、万一のときのコロニーの修復方法は教わっているが、建造方法そのものは全く教えられていない」腰をおろし、タイタスの肩の砂を手で払いながら船長は応えた。
「どうしてそんな大事なことを政府は教えないんです?」
「地球から我々をコントロールするためさ。コロニーの建造方法を知っていて物資さえあれば、我々が勝手にコロニーを量産して独立するかもしれないと思っているんだ」
「そんな。だって、ここはニューヨークでもなければカリフォルニアでもないんです。土星の近くなんですよ!」
「そうだ」
「こんな遠くに来て独立なんて考えてる余裕はありませんよ。そんな我々を地球からコントロールするですって?」
「政府の人間はそういうふうに考えられないから、この者たちにこんな細工をしたんだ」
「姑息な」
「仕方ないさ」船長は立ち上がり、タイタスに敬礼した。
「ポーラ、ここからいちばん近い入り口はどこだ」
「南ゲートです」
「よし、コロニーを確かめたら、あとでタイタスとほかのロボットたちをコロニー内に運ぼう。行くぞ」船長はコロニーの入り口に向かって歩き出した。
「は。タイタス、みんな、そこで少し待っててくれ」ビルもタイタスに敬礼し船長の後に続いた。
コロニーの入り口に到着した一行を出迎えたのは、鉛でできた160フィートの巨大な扉だった。
「開けるぞ」船長は入り口の横にあるコンソールにパスワードを入力してゲートを開いた。扉の先にはエアロックがあり、その奥の扉がコロニー内部に直接繋がっている入り口になっていた。船長一行はエアロックに入り最初の扉を閉めてから奥の扉を開けた。
その瞬間、「――んっ」ゆっくり開いてゆく扉からまばゆい閃光が洩れ、船長たちは両腕で眼を塞いだ。数秒が経過しおそるおそる腕を下げて眼を開けると、一行の前には広大な草原が広がっていた。遠くには森が見え、上には青空と太陽がある。
「なんと」
「素晴らしい」
「この景色を、あのロボットたちが作ったというの」
「これほどとは」
各々が喜悦の声を上げる。
「タイタスたちは無事にドームを完成させてくれていたか」
「すごい。ドームの中に太陽がある…!」ビルが空を見上げる。
「おいおい、あれを直視しちゃいかん。人工太陽と言えど、このドーム全体を照らせるほどの出力があるんだからな」
出発前に地球で説明を受けていたとは言え、実物のコロニーを前にしては、皆ただ驚くばかりであった。この驚愕は知識と体験の相違が生み出した産物――。
「まるで地球ね」ポーラが言った。
「ふふっ…」船長が笑う。
「船長?」
「いや、気は確かだよ。ただ、地球からこんなに遠く離れているのに、人間は地球を再現しなければ生きていけないと思うとね。それがちょっとおかしくてね」
「仰る通りです。私はこのドームの中を見たとき、人間はとても脆い生き物だとつくづく思いました」
「そうだ。脆い。脆いな。だが、人間は脆いだけではない。同時に勇気というものを持ち合わせているのだ」船長はおもむろに宇宙服のヘルメットを取る。
「船長!」
船長はヘルメットを取ると、空気を大きく吸い込み深い息を吐いた。
「大丈夫だ。君たちもヘルメットを取って深呼吸してみろ。とても美味い、新鮮な空気だ」
そう言われ一同は少しためらった後、船長と同じようにヘルメットを取り、深呼吸した。コロニーの酸素発生装置によって作り出された酸素が肺に、血液に、全身にまわる。地球上と何ら変わりのない、生物の生命活動。これが正常に行えるということは、人間がこの人工の世界で生きていけるということを証明しているのだ。
全員が深呼吸を終えるのを確認した船長は部下たちを整列させた。
「うむ。コロニーの内部は確認できた。酸素発生装置と重力発生装置、そのほか、すべて正常に稼働している。全く問題ない。早速、我々の仕事を始めるとしよう」
「外のタイタスたちの回収ですね。ですが船長」ビルが一歩前に出る。
「なんだね?」
「彼らを回収したら、そのあとはどうなさるおつもりです?壊れている箇所を修理して、再起動させるのですか」
これはビルだけではなく、ポーラを含めた部下たち全員が感じていた疑問である。回収されたロボットたちの用途とは――。
「そんな酷いことはせん。もちろん、使える部品を外すなんてこともな」
「では、何を?」
船長は遠くの丘を指差した。
「あそこにな。あそこに彼らを埋めてやろうと思ってな。諸君、考えてもみたまえ。彼らはな、地球から遠く離れた場所で、休むことなくこのコロニーを創り上げたんだ。太陽も見えない、暗い世界でだ。そして彼らは、政府の人間に労われることもなく、勝手に生涯を終わらせられたんだ。勝手にだ。いくら相手がロボットだとしても、こんな酷なことを人間がしてはいかんのだ」
「では、彼らを弔うと?」
「そうだ。私は彼らの墓を建ててやりたいのだ。ここはタイタスたちが創ったコロニーだ。彼らにはここで眠る権利がある。そうだろう?だが、これは私の独断だ。コロニーのスペースには限りがある。たとえ小さな墓でも、貴重なスペースを使ってしまうことに変わりはない。君たちの中で、いや、船に残っている人々にも聞いてみよう。誰か一人でも私の考えに反対する人間がいれば、彼らの墓は建てない。君たちはどうかね?私が上司というのは関係ない。自分たちの判断で答えを聞かせてくれ」
沈黙。しかし、これは長く続かなかった。
「私は――」とビル。
「私は船長と同意見です。私もタイタスたちを弔いたい」
「私もです」ポーラが続いた。
「私も」
「自分もであります」
部下たちは全員、船長に賛成だった。
「ありがとう諸君。感謝する」船長は部下たちに頭を下げて言った。
「そんなよしてください。我々がもし、タイタスだったらと考えたのです。このままスクラップにしたら彼らが報われません。そうでしょう、船長」
「君たちもそう思うか。私はとても嬉しい。本当にありがとう」船長は改めて礼を言った。
「それでは一度船に戻りましょう。移民者の方々にも事情を説明して賛成してもらうのです。それに我々だけではロボットたちを運べません。人手も必要です」
「わかったよビル。善は急げだ。船に戻ろう」
調査隊は一旦、コロニーを後にした。
船長たちが船に戻り、タイタスたちのことを説明すると、墓の建造は満場一致で賛成となった。
移民船が到着したその日のうちに、数百体のロボットたちが埋葬されて墓地が造られ、その墓地の中央に石碑が建てられた。その石碑には『偉大なる開拓の先駆者、ここに眠る』という銘文が刻まれた。
「みんな、我々人類が本当にすまないことをした。どうか許してほしい。これが君たちへの償いになるとは思わん。ただ、私は君たちにこのコロニーを創ってくれたことへの礼がしたかったのだ。身勝手かもしれんが、この丘から我々のことを見守っていてほしい。そして、我々は君たちのことを決して忘れない。次の世代に、そのまた次の世代にと永遠に君たちのことを語り継いでいくことを誓う。だから安らかに眠ってくれ」船長は石碑に花束を供え、――タイタスをコロニーの外で見つけたときと同じように――敬礼した。その後ろで部下たちも揃って敬礼する。一同が敬礼を終えると、小さな風が吹き、供えられた花束の花びらが空中に舞った。時は夕刻。人工太陽が夕焼けを演出し、その夕焼けに吸い寄せられるように花びらは飛んでいった。
その後、コロニー内は都市、農場、観光地と開発が進められ数年で地球上と遜色ない世界が築かれた。
幾多の宇宙船が地球とタイタンの間を往来するようになり、移民者も増加の一途を辿った。コロニーは目まぐるしく変化していく。
しかし、どんなにコロニーの開発が進んでまわりの風景が変わっても、タイタスたちが眠る墓地だけは変わることなくあの丘と、そしてタイタンに暮らす人々の記憶に存在し続けた。




