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サターン・フェアリー

 タイタンには液体メタンで満たされた湖がいくつもある。そのなかでもいちばん大きな湖、クラーケン海のほとりで、土星から遊びにやってきた琥珀色の羽を持つ妖精―――土星の妖精(サターン・フェアリー)たちが軽快なリズムで歌を歌っていた。


 さあ歌え さあ踊れ

 たのしく歌おう たのしく踊ろう

 この星はぼくらのものだ


 お嬢さん その羽きれいだね

 ぼくと一曲いかがですか


 あなたの羽もきれいね

 わたしと踊ってくださるの


 もちろん もちろん よろこんで

 雨が降るまで踊りましょう

 ぼくがお相手いたしますいつまでも さあ さあ


 タイタンの長い雨季が終わると、妖精たちは土星からやってきて、次の雨季までタイタンの大地で過ごす。湖で泳ぎ、陸地を駆け回り、歌って踊り、遊び疲れたらその場に寝転がる。地表がなく、泳ぐことも駆け回ることもできない土星では、妖精たちはいつも背中に生やした琥珀色の羽で、身体を浮かせて暮らしているのである。羽を休ませることができる陸地、メタンの湖、岩石と氷でできた丘と山々。―――それらはすべて彼らのために存在していた。タイタンは妖精たちにとって、まさに楽園であった。

 自分たちが生まれたガスの星とは違う、液体と個体の楽園。雨季が来るまでの束の間の楽園。

 しかし、その楽園は突如として終焉を迎えることになる。


 あれななんだ あれはなんだ

 なにかが落ちてくる 一体なんだ なにものだ


 タイタンの薄暗い空から、何かがパラシュートを開いて降りてくる。無論、彼らはパラシュートというものを知らない。そして、そのパラシュートの先にある物体が探査機であることも彼らには知る由もなかった。


 ふしぎな ふしぎな なにか なにか

 ふらふらと ゆらゆらと 落ちてくる 落ちてくる


 あれはなに わからない どこからきた わからない

 知らない こわい わからない こわい


 皆、落ちてくる謎の物体に恐怖した。

 初めて見る得体の知れない、謎の物体がなんなのか不安で仕方がないのだ。彼らは生まれてからずっと、ほかの生命体や物体に遭遇したことがなかった。

 あれをここに送ってきた者。つまり、自分たちが認知していない、未知の存在がこの宇宙のどこかにいる。

 ―――土星生まれの妖精はその生い立ちからか、ひどく臆病な種族なのだ。未知は即ち恐怖。


 出よう 戻ろう 帰ろう ぼくらの星へ

 帰ろう 母なる星へ


 妖精たちは琥珀色の羽をはためかせて、一斉に飛び上がった。


 もうここは ぼくらのものじゃない 

 ぼくらはもう ここにはいられない

 ぼくらはもう ここにはこれない


 さよなら湖 さよなら丘よ さよなら山よ

 さよならぼくたちの友よ

 さよならぼくたちの楽園


 さよなら さよなら さよなら……


 妖精たちは探査機と入れ替わるように、分厚い大気の空に消えていった。探査機―――ホイヘンス・プローブがタイタンの地表を撮影する頃には、誰一人残っていなかった。

 それ以来、土星の妖精(サターン・フェアリー)はタイタンに一度も姿を現していない。

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