第6話 初任給でホスト遊び
その後の数日は、まさに決戦と呼ぶに相応しい忙しさだった。早朝から焙煎、グラインダーの調整、エスプレッソマシンの準備等を行う。開店と共になだれ込んでくる客をさばくため私はドリップと会計に集中し、カプルスはウェイトレスとして接客を行う。そしてカツラギは皿洗いに給仕、客同士のトラブルの仲裁など、私達の手が回らない所をさりげなくフォローしてくれた。
そうした一秒でも惜しい状況の中で、やたらと写真撮影を求められるのは本当に辟易した。......しかし客の要望である以上断るわけにもいかず、私は手を動かしながら引きつった笑みをスマホのレンズへ向けたのだった。
・・・・・・
「し、死む......」
日曜の閉店時間を迎え、最後の客を送り出すと同時に私はカウンターの上に上体を投げ出した。......明日ようやく休めるのだと思うと、涙が出そうなほど嬉しい。カツラギもまたスツールに腰かけ、山盛りに食器が積み上がったシンクの前で疲労困憊といった顔で腰を叩いている。
「はーっ、今日も頑張ったね!お疲れ様、ラクちゃん、おじいちゃん!」
カプルスだけはにこやかに微笑んで、もうほうきを手に取って店の掃除を始めている。彼女はこの数日ですっかり給仕の仕事が板につき、仕事ぶりを私が心配する必要などなくなりつつあった。
「か、カプルスさんはお元気ですね......若さが羨ましい……」
「うん!天使だからね!」
彼女は私と違い、写真撮影の要求にもいやな顔一つせず、常に満面の笑みで応えていた。人を魅了する天性の才、のようなものが......確かに彼女にはあった。
「よーし、お掃除終わり!おじいちゃん、食器、わたしが洗ってあげる!」
カツラギは頷いてよろよろと立ち上がると、申し訳なさそうに言う。
「お願いします。......すいません、僕はここで失礼します。一本、締め切りの近い原稿があるので......」
「すまんな、カツラギ。この借りは必ず返す」
「いえいえ。またゲイシャをおごっていただければ、それで十分です」
そう笑って奥へと消えた彼は、いつもの帽子とコートを身に付けて戻ってくると、お先に、と私達に挨拶をして去っていった。
フルシティのマンデリンを粗挽きにして不織布のバッグに詰め、コールドブリューの仕込みをしていると、天使が興奮を抑えきれない様子でにじり寄ってくる。
「頼まれた仕事、全部終わったよ!だから......」
「うむ、分かっておる」
私は引き出しから用意しておいた封筒を取り出すと、彼女に手渡した。少しイロを付けて8万円入れてある。カプルスの働きぶりからすれば、正当な対価だろう。
受け取った彼女は中を覗き込むと、目を輝かせながら言った。
「ありがとう、ラクちゃん!」
「............礼を言うのはこちらの方じゃ。お主のおかげで、私も諦めかけていた気持ちを入れ替えることができた。お主がいれば、この店はもう一度やり直せるやも」「それじゃ行ってきまーっす!待っててねユウキ君......!」
扉をぶち抜く勢いで走り去ろうとする彼女へ、私は怒号を浴びせる。
「待てえええぃ!!人の話を聞かんか、ホス狂堕天使!」
「あっごめん!なに?そわそわそわ.........」
「ハァ......もうよいわ。......とりあえず、アルコールの飲みすぎには注意せいよ。気持ち悪くなったらすぐにやめるんじゃ。それとボトルとシャンパンは絶対に頼むな。ま、初回じゃから大丈夫だとは思うが.........」
「気持ち悪くなったら飲まない、ボトルとシャンパンは駄目......うん、覚えた!もう行っていい?」
「待て。一番大切なことをまだ言っておらん。…...店にいる間、ユウキがお主に何を言ったとしても、それは営業トーク......接客の一環に過ぎん。本物の愛を求めたりするでないぞ。......それで辛くなるのは、お主自身じゃ」
カプルスはきょとんとした顔をして、それから、少し困ったように笑った。
「......もう、ラクちゃんは心配性だなー。大丈夫だよ、わたし、人に好きになってもらうのは得意だから!きっとユウキ君も、すぐわたしに夢中になるよ!」
彼女は外へ出ると、繁華街の方角に向かって、文字通り飛んでいった。......私は窓越しに小さくなっていく白い翼を見送りながら、ぽつりとつぶやく。
「そんな簡単なもんじゃねーぞ、恋愛っつーのは.........…」
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