第5話 ラクリモーサ、大勝負に出る
翌日は臨時休業にする。出せるコーヒーがないのに、店を開けてもしょうがない。
『Closed』の看板をかけた扉の奥で、私は悩ましい選択を迫られていた。
「焙煎する豆の量……どうすっかのー……」
「どうすっかの~」
いつの間にか横に立っていたカプルスが、私の真似をして指を顎に当て、小首をかしげてみせる。
「こりゃ、真似をするでないわ」
「えへへ、ごめーんラクちゃん」
「お主.........言いつけておいた掃除とゴミ出しは終わらせたんじゃろうな」
「もっちろん!あ、お店の前を掃除してたらね、今日は休みなの、って、いっぱい聞かれたよ!」
「むう……そりゃお客様に申し訳ないのう。……そう言えば、今日はやけに人通りが多いな……?」
「ねね、コーヒーの素はいっぱい作っておいた方がいいよ!そうしたら、みんなが好きなのを飲めるから!」
「そりゃあそうなんじゃが.........コーヒー豆っつーもんは焙煎してすぐ飲めるわけじゃあない。張り切ってどっさり煎ったはいいものの、それが飲み頃になった時には客足が元通りになっていた......ということになれば目も当てられん」
焙煎直後の豆は盛んに二酸化炭素を吐き出しており、それがドリップの邪魔をする。また、味も安定していないため、少なくとも数日は寝かせておかなければならない。
「心配しないで大丈夫だよ!わたしが頑張ってお客さんを呼んでくるから!」
「最初のうちは物珍しさで客足が伸びるじゃろうが、それがいつまで続くか......」
......と、店の前をカツラギが通る。彼は入り口の前で立ち止まり、扉にかけられた看板を見ると、踵を返して帰っていった。
「カプルス、カツラギを呼び戻してくるのじゃ」
「え?今日はお店休みじゃないの?」
「ゲイシャならまだある。......それに、昨日の礼もせねばならん」
「りょうかーい!」
矢のように飛び出していった彼女は、カツラギと共に帰ってきた。
「いつものでよいな?」
返事を聞く前に、私はもうドリッパーにフィルターをセットし終えている。奴は優雅な仕草でコートと帽子を脱ぎながら、恐縮したように言った。
「いやあ......なんだか、すみませんね。ご迷惑じゃありませんか?」
「気にするな。売るもんがないから閉めとるだけじゃ」
「では、ささやかながら売り上げに貢献させていただくことにしましょうか......」
そう言って彼はいつもの席に座り、カバンから取り出したノートパソコンを広げた。ドリップし終えたゲイシャをカップに注ぎ、カプルスに目配せをする。明るく笑いながら頷いて、彼女はそれをカツラギのところへ運ぶ。
「お待たせしました、ゲイシャです!」
そう言って彼女は、初日より幾分か洗練された動作でテーブルにソーサーを置いた。まだ少しぎこちないが、少なくとも中身はこぼしていない。
「今日は私のおごりじゃ。好きなだけ飲め」
私が言うと、カツラギはキーボードを打つ手を止め、肩越しにこちらを振り向いて言う。
「それはありがたい。いつかゲイシャをお腹いっぱい飲むのが私の夢だったのです」
「一杯1800円じゃぞ。この店潰す気か?」
「ははは、冗談ですよ」
「ったく......。しっかし、焙煎どうっすかのー......牛乳や食パンの発注量も悩ましいのー......」
「だから、とにかくいっぱい用意しとけば......」
「そんな簡単な問題じゃないとゆうたじゃろうが......」
しばらく私たちが言い争っていると、控えめにカツラギが声をかけてきた。
「少し、いいですか。......僕はカプルスさんの言う通り、強気に準備をしておいても問題ないかと思います」
「そーだよね!みんなが好きなの飲めた方がいいもん!」
「ほう?お主が経営コンサルタントも始めたとは知らなんだ。ついに物書きでくいっぱぐれるようになったか?」
「ああ、すみません。差し出がましい真似だとは思ったのですが。……こちらに来ていただけますか?お二人にお見せしたいものがあります」
「なになに、おじいちゃん?」
「なんじゃ、全く.........…」
二人で彼のノートパソコンを覗く。彼がタッチパッドでなにかすると、何やらごちゃごちゃとした画面が表示される。
「これはインスタグラムと呼ばれるSNSサービスです。.....SNSというのは、インターネット上の交流所のようなものですね」
「馬鹿にするでないわ。それくらい知っとるわい」
「よくわかんないけどすごそう!」
「これは昨日、とあるインフルエンサーが投稿したものです」
画面が切り替わり、短い文章と共に、何枚かの写真が表示される。
魔都で見つけた隠れ家カフェ「ヘブンズ・ドア」
ウェイトレスさんもマスターもかわいすぎる…♡
もちろん見た目だけじゃなくて、コーヒーもトーストも本当に絶品でした!
また絶対行きたい♪
★★★★★
#魔都カフェ #隠れ家カフェ #カフェ巡り #コーヒー好き #喫茶店 #今日のカフェ
「あっ!この写真、私だ~!」
一枚目の写真は、街路でVサインを決めているカプルスだった。そして二枚目はカツラギに持ち上げられて無様を晒している私、三枚目と四枚目は、アイスコーヒーとシュガートーストを収めた写真と、店の外観を映したものだった。
「褒めてもろうているのはありがたいが、この写真は......」
これは昨日、猫耳の獣人に撮られたものだろう。注文の内容から考えても、恐らく間違いあるまい。
「この投稿がバズっていましてね。一日で3万いいねを集めています」
「なにゃあっ!?3万もの人々に私の醜態が晒されてしもうたと言うのか......」
「ははは、醜態だなんてとんでもない。コメントは好意的なものばかりですよ」
『こんなちっちゃい子がマスター!?かわいすぎる♡♡』『え、マスターって右の年配の方じゃないの?』『いえ、私はただの常連です マスターは魔人族で、もうすぐ200歳ですよ』
『ルミさんの★5にハズレなし!絶対行きます』
『鳥人族かな?1枚目の子めっちゃ好み…』
「わ、好みって言われちゃった。嬉し~っ!」
自分を褒めるコメントを見つけて、カプルスは子供のように喜ぶ。......が、ふとなにかに気付くと、焦ったように言った。
「どうしよう、3万人なんて、お店に入りきらないよ......!?」
「いや、見た者が全員来るわけではないじゃろ......。しかし、今日は妙に人通りが多いと思っておったが、まさか......」
「ええ。多くはこの店が目当てでしょうね。これだけ大規模にバズれば、少なくとも数週間は効果が続くかと思いますよ」
こんな機会は、そうそうあるものではない。これは『ヘブンズ・ドア』を盛り返す最後のチャンス......そんな気がした。
「ようし、わかった!女ラクリモーサ、清水の舞台から飛び降りる覚悟で大勝負に出るぞ!」
カプルスが目を丸くして、私の肩を掴む。
「駄目だよラクちゃん、飛び降りたらケガしちゃうよ~!」
「あほう、ものの例えじゃ!」
「ははは。これは、明日からまた忙しくなりそうですね......」
エスプレッソマシンやグラインダー、焙煎機の清掃、大量の焙煎、生豆や食材の発注......私は決戦前の将のような気持ちで、慌ただしい一日を過ごした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。気軽に感想をいただけると励みになります。




