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魔人の喫茶店〜コーヒー好きの女マスターは、しゃかりき天使のせいでスローライフできない〜  作者: 黒倉ばくら


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第4話 『ヘブンズ・ドア』、バズる。

「い、一体何が起こっておる......?」

カプチーノに使うエスプレッソをマシンで2杯同時に抽出し、キリマンジャロの入ったドリッパーに湯を回しかけ、スチームワンドで牛乳のマイクロフォームを作り……フル稼働で注文をさばきながら、私は呆然と呟く。

「カプルスさんが、天使の魅力を発揮したのでしょうね」

微笑みながらそういうカツラギは、なぜかうちのエプロンを身に付け、私の横で食器を洗っている。

「時にカツラギ……お主いつの間にカウンターの中へ入ってきた」

「すいません、お忙しいそうだったのでつい」

彼は若い頃、この店で働いていたことがある。その時の誠実な仕事ぶりはよく覚えていた。

「いや、正直むっちゃ助かるが……ええのか?」

「どうせこんなに騒がしくては、執筆も捗りませんから」

「……すまん」

ドアベルが軽快な音を立て、朗らかな笑みを浮かべたカプルスが客を引き連れて入ってくる。

「4名様ご案内でーっす!」

店内はすでに超満員で、どう詰め込んでもこれ以上は入らない。

「外でお待ちいただいとくれ!」

「はーい!」

「待てカプルス!客引きはもう充分じゃ、接客を頼む!」

「でも、まだ100人になってないよ?」

「……分かった、分かった!私の負けじゃ!給料は週末に払う!お願いじゃからこっちを手伝っておくれ!」

「ホント!?やった〜っ!」

満面の笑みで近づいてきたカプルスに、私は急いで言う。

「カプチーノ2つ、向こうの船の絵が飾ってあるテーブルに!こっちのキリマンジャロはカツラギのテーブルにおる方に!」

「はいは〜い!」

まだ少し危なっかしい手つきでトレイを運んでいく彼女を横目に見ながら、ドリッパーにセットしたペーパーフィルターを湯でリンスして中細のグアテマラを入れ、サーバー一杯に氷を詰めてから、ドリッパーにポットの湯を回しかける。美しい琥珀色のコーヒーが流れ落ちていくと、氷が音を立ててひび割れ、溶けていく。

トースターのタイマーが鳴った。ドリップの合間を縫って戸を開けると、溶けたバターと砂糖の甘い香りが立ち昇る。厚切りのトーストをトングで掴んで皿に盛り付け、氷を入れたグラスに急冷したグアテマラを注いで、カウンター席の若い獣人の女性客にそれを渡す。

「お待たせしました。シュガートーストと、アイスコーヒーです。トーストは出来立てですので、火傷なされぬよう注意召されよ」

「キャハハ!変な喋り方!でもあの天使のコが言ってた通り、クッソかわいい~!写真撮っていいですかぁ~?」

彼女は猫のような耳をパタパタと動かしながら、やたらとデカい声でそう言った。......カプルスは一体どんな口上で客を呼び込んだのだろう?

「は、はあ......どうも。撮影は他のお客様のご迷惑にならない範囲でご自由に......」

私が次のコーヒーを淹れるために去ろうとすると、ちょっと、と呼び止められる。

「まだ写真撮ってないんですけど。動かないで?」

「......わ、私の写真をお撮りになるのですか?コーヒーや、トーストのではなく?」

「そうに決まってるじゃん!......んー、カウンターに隠れてて見えずらいな。......そこのイケオジの人、ちょっとこの子を抱え上げてみてくれない?」

承知しました、と答えると、カツラギは流れるような動作で私を抱え上げた。

「なっ、なにをするカツラギぃ!?」

慌てる私にレンズが向けられ、無情にもスマホのシャッター音が鳴る。彼女は撮れた写真を見て、めっちゃ映えている、と大喜びのようだ。

私を降ろすと、澄まし顔でカツラギは言う。

「すいません。お客様のご要望ですので」

「くうっ......あとで覚えておれよ......!」

魔人の力で暴れれば、枯れ木のようにか弱いカツラギの体などひとたまりもない。彼は私が抵抗できないことまで分かったうえで、私を持ち上げたのだろう。……そういう、食えない男なのだ、こいつは。

・・・・・・

コロンビア、ブラジル、キリマンジャロ、グアテマラといった主力の豆が軒並み切れてしまい、私は閉店時間を前にして店を閉める判断をせざるを得なかった。こんなことは、店を継いでからこのかた、初めての出来事だ。

スツールに座ってカウンターに突っ伏し、私は完全に燃え尽きていた。ずっと背伸びしながらドリップやトーストにかかりきりだったせいで、ふくらはぎの筋肉が痛い。普段背が低いことを気にしたことはないが、こういう時にはカツラギやカプルスが羨ましくなる。

「おじいちゃん、おっつかれ~!」

「はい。カプルスさんもお疲れ様でした」

顔を上げて確認すると、2人は向かい合って私の淹れたアイスのゲイシャで乾杯していた。天使の気持ちのいい飲みっぷりを見ていると、私も喉が渇いてきて、グラスに氷水を入れてあおった。冷えた水が疲れた体に染み渡り、今日を乗り切った心地よい達成感が疲れと混ざって全身に広がっていく。

「こんな気持ちになったのは……いつ振りじゃろうかの……」

まだ、この店が活気に満ちていた頃......父の手伝いをしてウェイトレスとして働いていた時の思い出が、ぼんやりと脳裏に蘇ってきた。あの頃は、まだ母も生きていて......彼女の作るナポリタンは、店の看板メニューだったものだ。

なぜレシピを聞いておかなかったのだろうかと、私は今でも悔やんでいる。流行り病はあまりにも突然に母の命と.....彼女の作るナポリタンの味を、この世から永遠に奪い去ってしまった。

失意の父を支えながら、私はこの店を盛り返そうと懸命に努力をした。だが母の不在はあまりにも大きく.........そして加速する時代の流れに、純喫茶というのんびり屋は取り残されつつあった。『ヘブンズ・ドア』が往年の賑わいを取り戻した姿を父が目にすることは、ついになかったのだった。

.「このままじゃあ......いかんのかもな。この店を潰してしまっては、父や母に申し訳が立たん......」

諦めていたはずの私の心に、小さな火が灯る。

疾風怒濤のような天使が、白い羽をはばたかせて古びたこのカフェに新しい風を吹き込もうとしている……そんな、予感がした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。気軽に感想をいただけると励みになります。


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