第2話 容姿端麗、純粋無垢、猪突猛進
「なにゃあっ!?わ、わしにこいつの面倒を見ろじゃと!?」
ユウキとやらのパネルを見つけて帰り、私の作ったラテをすすりながら、ユウキ君とおっはなし~、と呟いて期待に胸を膨らませているカプルスを指さし、私は言う。
「どうやら彼女は遠方から家出してきたようで、このあたりには身寄りがないそうです」
「だからっつって、なんで私が.........」
「マスター.........なぜ彼女は自らを天使だと思うようになったのでしょうか。恐らく彼女の人生には、我々が想像もできないような苦難があったに違いない.........それを乗り越えるため、彼女は幻想にすがるしかなかったのでしょう」
「そんな陰のある奴には見えんがの.........」
「見捨てて.........しまうのですか?」
彼女に手を差し伸べる義理など、私には一つもないが......こんな世間知らずの能天気が、魔都で身を立てることができるとも思えなかった。
「......ちょうどアゴで使える従業員が欲しかったところじゃ。
おいカプルス、お主、明日から住み込みで働け!」
「スミ、コミ?どういうこと、おじいちゃん」
「明日から、マスターの家で暮らしてもいいということです」
「本当!?ありがとう、ラクちゃん!」
ラク、というのは私の愛称だ。
「.........なぜ私の名を知っておる?」
「おじいちゃんに教えてもらった!ラクリモーサって、かわいい名前だね!」
「私をその名で呼んでいいのは家族だけじゃ。ラクリモーサさんと呼べ」
「一緒に暮らすんだから、もう家族みたいなものでしょ?」
「たわけ、居候が図々しいわ!最低賃金でこき使ってやるから覚悟せいよ!」
「サイテー、チンギン?どういうこと、おじいちゃん」
「マスターの手伝いをすれば、お小遣いが貰えるということです」
「お金までくれるの!?ラクちゃん、大好き~っ!」
カプルスは席を立ち、私に飛びついてきた。
「ふむぐぎゅ!?や、やめんかーっ!」
「ほほほ。微笑ましい光景ですね」
「謀ったな、カツラギぃ.........!」
「さて、何のことやら.........」
・・・・・・
私の家に入ったカプルスは、歯ブラシから炊飯器、体重計、果ては水道の蛇口にまで興味を持ち、いちいち私にこれは何かと尋ねてくるので辟易した。風呂に入れというと、なにそれ、というので、仕方なく付き添ってやることにする。
「脱げ」「うん!」
何のためらいもなく、彼女は豊かな裸体を晒す。.........あまりにも無防備すぎる。やはり、保護して正解だったかもしれない。
「こら、脱ぎ散らかすな……かごの中へ入れんか」
彼女が脱ぎ捨てたシミューズドレスを拾う。散々雨に打たれたはずのそれは不思議と乾いており、シミ一つできていなかった。まるで、大いなる存在からの加護を受けているかのように......。
と、視界の端で見慣れぬものが揺れる。何の気なしにそれを目で追った私は、愕然とした。
「つ、付いとる.........」
何が?と小首をかしげた彼女は、私の視線の先を追うとそれを指さした。
「あ、これ?ラクちゃんには付いてないね」
一瞬だけ動揺するが、すぐ両性具有の存在について思い出し、気を取り直す。実際に見るのは初めてだが、知識としては知っていた。
「うむ。.........ま、大したことではない。ゆくぞ、床で滑らんように気を付けろよ」
「はーい!」
・・・・・・
「一体全体、なぜにわしがこんなことをせにゃならんのじゃ.........」
私はタオルにボディーソープを泡立てると、そっと天使の背中を洗い始めた。驚くほどなめらかな彼女の肌は、白玉のように透き通り、輝いている。そのあまりの美しさに、私は羨望を通り越し、芸術品に対する畏敬の念に近いものを抱かずにはいれなかった。あれだけの衝突を起こしておいて傷一つ付かない頑健さ、私以上の怪力、そして陰陽和合の肉体.........彼女が天使であるというのも、あながち嘘ではないのかもしれない。
「ふひゃははっ.........は、羽の付け根はもっと優しく触って.........く、くすぐったいよ~」
神聖さの欠片もない笑い声が、物思いにふけっていた私の意識を現実へ引き戻す。
「もうちっとこう........神秘的な感じじゃないのかのう、天使っつーのは........」
「そ、そんなこと言われても、ふひゃははは........」
彼女の翼も洗い、前は自分で洗わせた後、シャワーで泡を流す。なんかさっぱりした、と、カプルスは喜んでいた。
手首に付けておいたヘアゴムで自分と彼女の髪を団子に結び、湯船に浸かる。身体の大きさの都合、自然と私がカプルスの上に抱かれるような形になる。
「どうじゃ?極楽気分じゃろ」
「うん!お湯に入るのって、すごく気持ちいいんだね!」
「ほほ。天使にも風呂の魅力は通じるようじゃな」
ゆっくり温まったあと風呂から上がり、ドライヤーで彼女の髪と翼を乾かしてやる。彼女の髪は絹糸のように滑らかで、枝毛の一つもなく、手櫛で梳くだけで美しく整っていく。翼は雲のように柔らかくしなやかで、それでいて強靭さを兼ね備えていた。........手入れするのが楽しくなかった、と言えば噓になる。ふわふわになった、と、彼女もご満悦だった。だがその後彼女の顔に塗ってやったハトムギ化粧水については、変な味がすると不満げだった。......飲むもんじゃねーぞ。
もう遅い時間になっていたので、寝ることにする。私の寝室に入ると、なんにもないね、とカプルスが言った。確かに私の部屋には、文机と本棚の他には何もない。
「無駄なものは嫌いなんじゃよ。さ、押し入れから布団を出すのじゃ。二人分な」
「はーい!」
二人分の敷布と掛布をまとめて軽々と持ち上げ、カプルスは私の指示通りにそれを敷いた。明かりを消し、横になる。薄暗い部屋の中に静けさが満ち、互いの身じろぎする音だけが時折響く。
「ラクちゃんは、どうして一人であのお店をやってるの?」
不意に、彼女が呟いた。目を閉じてしばらく考えた後、答える。
「........父から受け継いだものを、絶やさないためじゃ。チェーン店だのコンカフェだのに押されて今はあんな有様じゃが……昔はあの店も、賑わっておったのじゃよ」
「そっか。明日から、一緒に頑張ろうね」
「勘違いするでない。お主はあくまでも従業員に過ぎん。言われたことだけを忠実にこなせよ」
「はーい」
私は普段、他人の事情を詮索するようなたぐいではない。だがどうしても気になって尋ねる。
「ユウキという者に会いにこの街へ来た、と言っておったな。なぜそこまで、その男にこだわる?」
「顔が良かったから!」
「........か、顔?」
「うん!空から一目見た時に、あっ、この人だ!って思ったんだ。わたしは、ユウキくんと一緒になるために生まれてきたんだよ!」
迷いなく断言する彼女に、私は危うさを感じずにはいられなかった。それが若さによるものなのか、種族の特性なのか、あるいはその両方なのかはわからないが........彼女はあまりにも純粋で、そして衝動的過ぎるように思えた。
「その男と、まだ話したこともないんじゃろ?」
「うん、でもわかるんだ!ユウキ君は絶対いい人!わたしのことも、好きになってくれるはず!」
「........会いにゆくな、とまでは言わんが……ホストの言うことを、あまり真に受けるなよ。接客中の言葉は客を楽しませるための方便........営業トークっちゅうやつじゃ」
「心配しないでよ、嘘をつかれてるかどうかくらいわかるから。だってわたし、天使だもん!」
自信満々にそう語る彼女の言葉を聞いても、私の不安はつのるばかりだった。
・・・・・・
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