第14話 狂いだした歯車
流行りのバラードを熱唱するユウキを遠くから眺め、受付で支払いを済ませ、預けていた荷物とオリジナルシャンパンの空き瓶が入った紙袋を受け取って、私は一人で帰途につく。カプルスはユウキと二人きりで話したいと言っていたし、私もその方が良いと思ったからだ。
しっかしあのキンカクとかいう野郎、間が悪いことこの上ないのー......。おかげで浮かれ気分が吹っ飛んじまった......。
服を着替えてメイクを落とし、カプルスの帰りを待つ。......三十分ほどして、玄関の開く音がした。
「たっだいま~っ!」
普段通りの朗らかなその声に、私はほっと胸をなで下ろす。ユウキはうまいことやったようだ。
足取り軽くリビングまでやってきた彼女は、幸せそうに笑っている。
「何を話してきたんじゃ?」
カプルスは私の向かいに座ると、羽根をぱたぱたさせながら堰を切ったように喋り始めた。
「ユウキ君ね、わたしと会う前はホストやめようかと思ってたんだって。元々人見知りで、接客の練習にって思い切って始めたホストだったけどやっぱり緊張して上手く話せなくって、指名も全然貰えなかったんだって。
最初にわたしに指名された時、ユウキ君、びっくりしたんだって。自分のことをこんなに好きになってくれるお客さんもいるんだって、勇気付けられた言ってた。それでね......いつも笑顔で、話していると元気を貰える......わたしみたいな接客ができるようになりたいって思ったんだって。
そうしたら、だんだんわたし以外から指名してもらえる事も増えてきて......売り上げも増えて、お店の人から生誕祭を開いてもいいって言ってもらえたんだって。だからね、今日のユウキ君があるのは、わたしのおかげなんだって!」
「そうか......良かったな」
カプルスの底なしの明るさは......私だけでなく、ユウキの人生も好転させていたらしい。周囲の者に幸福を振りまく......まさに彼女は、天使と呼ぶにふさわしい存在なのかもしれない。
「ユウキ君ね、わたしに、誰にも教えてない秘密も教えてくれたんだよ!
実はユウキ君、男の子が好きなんだって!そんな人もいるんだね~」
私が絶句していると、カプルスはハッとした顔になって口を押えた。
「あ、これ秘密だからね!?言いふらしたりしちゃダメだよ!」
「あ、ああ。そりゃもちろんじゃが......」
「わたしの事、本当に信頼してるから......これからも、お店に遊びに来てほしいって言ってくれたんだ~。でゅふ、でゅふふふふふふ......」
そう言ってだらしなく頬を緩ませるカプルスは、本当に幸せそうだ。
まさか......彼女はまだ、気付いていないのだろうか?自分の恋が、終わりを迎えてしまったことに......。
私はどう伝えるべきか悩んでから、こう切り出した。
「なあ......カプルス。お主が天使で、色々と特別なのは知っとるが......大体の奴は、お主のことを女だと思っとるんじゃねーかな。私もそうじゃし......」
カプルスはきょとんとした顔で首をかしげると、それがどうかしたの、と言った。
「いや、じゃから......ユウキもお主を女だと思ってるんだとしたら......奴の信頼っつーのは、あくまでも友人として、ってことになる......ぞ?」
ぽかんと口を開けた後、彼女は笑って首を振る。
「そんな訳ないよ、ラクちゃん!ユウキ君は、わたしのこと好きって言ってくれたし、特別って言ってくれたし、信頼してるって言ってくれたよ!全部嘘じゃなかった!天使だからわかるんだもん!」
「じゃから、それも」「ラクちゃん。ユウキ君は、わたしの運命の人なの。......だから、そんな意地悪なこと言わないで」
私の言葉を遮ると、彼女はにこやかに微笑みながら、わかった?と念を押してきた。
「カプルス……」
彼女を最初に見た時に感じた危うさが、遂に現れてきてしまった。どうしてこう、嫌な予感というのは当たってしまうのだろう。
「あっ!ユウキ君からメッセージ来てる!二人で来てくれてありがとうだって!......わ、今日の売り上げ、300万円だって!すごいね~」
そう言ってスマホを覗き込むカプルスの翼から、一枚の羽が抜け落ちる。拾い上げ、手のひらの上で眺めてみると、それは照明のせいなどではなく、かすかに、だが確実に黒ずんでいた。
......ユウキの誕生日を祝う、大切な記念だったはずのその日から......歯車は、少しずつ狂っていくのだった。
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