第13話 砕けた夢
ヒカルにヨイショされながら気持ちよく話していると、スタッフがユウキに駆け寄ってきて、なにやら囁く。
「え......?でも今日はラスソンまでカプルスちゃんと......」
戸惑ったような表情のユウキにスタッフが更に囁くと、彼は目を丸くして驚いた。
「し、信号機......!?マジっすか......」
ユウキは迷ったように黙り込み、スタッフは彼に両手を合わせてなにか頼み込み始めた。
「ユウキ君、どうかしたの?」
きょとんとした顔で尋ねるカプルスに、ユウキは気まずそうに言う。
「飛び入りでいらっしゃった王子様が、俺の顔見たいって言ってるみたいなんだ」
「いいよいいよ、行ってきて!」
「......いいの?」
「うん!だって、今日はユウキ君が主役の日だもん!お店に来たなら、ユウキ君とお話ししたいって思うのは当然だよ!」
「ごめん.........すぐ戻ってくるから」
そう言って、ユウキは席を立つ。ばいばーい、と明るく手を振って見送ったカプルスは、彼が見えなくなると寂しそうな顔をした。
間もなくソウタと名乗るホストが代わりに来たが、カプルスは明らかに元気がなく、おしっこ行ってくる、と言って立ち上がってしまった。
「こりゃ、人前でおしっこなんて言うな。お手洗いに行ってくる、と言わんか」
「ごめんラクちゃん」
虚ろな口調でそう呟いて、彼女はカーペットの上をとぼとぼと歩いていった。
と、店内の音楽が切り替わり、せわしない電子音楽が流れ始める。同時に、内勤のスタッフたちが一斉に集まり出した。
「アルマン信号機、頂きましたー!!」
少し裏返った大声が響く。ユウキだった。そちらを見ると、彼は金のスパンコールスーツを着て、サングラスをかけたミノタウロスの客の横にいた。ミノタウロスの体躯は3メートル近くはありそうで、スーツの中にははちきれんばかりの筋肉がみなぎっている。彼は他にも4,5人のホストをはべらせており、いかにもVIPといった様子だ。ユウキが何か話しかけると、彼は真っ白な歯をむき出しにして笑った。
「わ、キンカクさんじゃん。ツイてるな、ユウキ......」
横で呟いたヒカルに、誰なんじゃ、と尋ねる。
「音楽業界の重鎮で......魔都のホストクラブじゃ有名なVVIPです」
「ほーん......」
キンカクの席の周りに埋め込まれていたLEDが明滅を始める。スタッフがマイクでコールを始め、周りのホストやスタッフがワッショイだのハイハイだのと言いながら手を打ち鳴らして音頭を取るのに合わせ、ユウキはシャンパンのボトルに口を付け、飲み干す仕草をした。
「祭りでも始まったんかいな......ったく、こっちの時とはえらく対応が違うじゃねーの」
ヒカルは耳ざとく私の愚痴を聞きつけ、違うのは演出だけですよ、感謝の気持ちは同じです、とのたまった。
「ふん、調子のいいこと言いおって.....」
戻ってきたカプルスは、通路に立ったまま、熱狂の渦の中心にいるユウキをじっと見つめていた。
光の加減のせいか......純白のはずの彼女の翼に、わずかに黒が混じって見えた。
・・・・・・
その後もキンカクは次々と高額オーダーを重ね、ついに時刻は12時を回った。内勤のスタッフがユウキの誕生日を祝い、彼の勤務態度をたたえた後、彼へ花束を贈る。じっとそれを見るカプルスはもう泣きそうになっており、二人のホストは懸命に彼女をなだめている。私は資本主義の残酷さを突き付けられたような気になりながら、いたたまれない気持ちで彼女の様子を心配していた。
と、ユウキがキンカクのもとを離れ、客たちの間を回って記念撮影を始めた。
「あ、ユウキと写真撮れるよ。カプルスちゃん、オリシャンのボトル持って撮ってもらおう、ね?」
すかさずソウタが言うと、カプルスはぱたりと羽根を動かし、少しだけ明るい顔になって頷いた。
......ユウキは、少しこわばった顔で近づいてきた。
「カプルスちゃん......約束破っちゃって本当にごめん。ラスソンもキンカクさんのところで歌うことになりそうなんだ......」
カプルスの顔から、見間違いかと思うほどのほんの一瞬、表情が消えた。
「ううん......いいよ。いっぱい高いもの頼んでもらったんだよね」
彼女は優しげな微笑みを浮かべながら言う。
「うん......コールが追いつかないくらいで、戻るきっかけも見つけられなくて......」
「そっか。じゃ、仕方ないね」
穏やかな口調で話す彼女には、なぜか息苦しくなってくるような圧迫感があった。それを間近で感じているであろうユウキは、それでも笑顔を作って言う。
「写真、入口で撮ってもらおうか。カプルスちゃん、おっきいフラスタくれてたよね」
「ううん、小さいよ」
たった五万円だもん、と彼女が囁く。......場の空気が凍り付いていくのが分かった。
撮影役のスタッフと共に、私とカプルス、ユウキは歩き出す。ユウキはカプルスの横について、今日の埋め合わせは必ずするから、と必死さの見える口調で言う。
カプルスはゆっくりと彼に顔を向けて、静かにこう言った。
「ユウキ君は、誕生日がいっぱいあるの?」
・・・・・・
空になったシャンパンのボトルを持ってカメラを見つめるカプルスの微笑みは、見ていると背筋が寒くなってくる。......こいつ、こんなにこえーやつだったのか。ユウキも気が気でないようで、笑顔が引きつっている。
『HAPPY BIRTHDAY BIGBIGBIGLOVE Capulus』
フラワースタンドに記された文字だけが、虚しく今夜を祝っていた。
撮影が終わるとカプルスは踵を返し、一人で歩いていく。
「こりゃ、待たんか。どこへ行くんじゃ」
もう帰る、と呟いて受付へと向かう彼女を、ユウキが呼び止めた。
「ま、待って!店が終わったら、十分でいいから俺に時間くれないかな!?」
「......今日じゃなきゃダメなの?」
「伝えるって決めてたことがあるんだ。だから、お願い......!」
彼の必死な様子に心を動かされたようで、カプルスは黙って頷いた。
しかし......ユウキはカプルスに何を伝えようとしているのだろうか。並大抵のことでは、彼女の怒りは収まりそうにないが......。
「逆転満塁ホームランがあんのか、ここから......?」
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