第11話 愛はコールドブリューのように
「生誕祭……?」
定休日の月曜の昼下がり、仕込みやら掃除やらが終わった私はスツールに座り、カウンターに腕を置いて、何をするでもなくぼーっと午後の日差しを浴びていた。そんな私へ目を輝かせながら話しかけてきたカプルスは、こくこくと頷きながら言う。
「来週の月曜日なんだ!その日はお店の人みんなで、ユウキ君の誕生日をお祝いするんだって~!わたしもフラワースタンドをお願いしたし、それに、11時から閉店までの予約が取れたの!ユウキ君を指名したがってる人は他にもたっくさんいたらしいんだけど、私のために歌を歌ってくれるんだって~!でへへへへ......」
「誕生日か……ハレの日っつーわけじゃな。いいぞいいぞ、パーッと遊んで来い」
「うん!一緒に楽しもうね!」
うむ、とうなずいた後、私は気になって聞き返す。
「一緒に......?」
「ラクちゃんの分も予約しておいたよ~」
「なにゃあっ!?な、なんで私まで!?」
「嬉しいことは、みんなでお祝いした方が楽しいよ!それにユウキ君、前からラクちゃんに会いたいって言ってたし!」
突然のことで、考えが上手くまとまらない。
「い、いやしかし、ホストクラブなんてもう何十年もいっとらんし勝手がわからん......そもそも何着ていったらいいんじゃ?服がねーぞ、服が......」
「そのままでいいんじゃない?私はいつもそうしてるよ?」
「そら、お主のシミューズドレスはにおい移りもせんし、汚れも付かん特別製じゃからな……私がこの格好のまま行ってみろ、芋臭い娘ならぬ、コーヒー臭い魔人だと陰で馬鹿にされてしまうわい」
今の私の服装は、店名の刻まれたモスグリーンのエプロンにライトグレーのワイシャツ、ネイビーのスラックスというもので、およそ社交場へ繰り出すには適さないものだ。
「そーかな?その格好のラクちゃん、すっごく素敵だよ!」
「そらどうも。じゃが、カフェのマスターとして映える服と、クラブの客人として映える服っつーのは違うからの」
そーなの?と、小首をかしげるカプルスは、野暮ったいエプロン姿でなお、呆れるほどに愛らしい。
「普通はそうなんじゃよ。お主の場合、素材が良すぎて関係無くなっとるがな」
カプルスはきょとんとした顔で考え込んだ後、それって、私の魅力がありすぎるってこと、とのたまった。少し呆れながらもそうだ、と答えると、彼女は私の肩を激しく揺らしながら、やだなーラクちゃん、照れちゃうよもー、と笑った。私は渾身の力で彼女を引き離すと、めまいを起こした頭を押さえながら言う。
「あほう、馬鹿力で揺らすな!脳震盪起こすわい!」
ごめ~んラクちゃん、と、彼女は舌を出して笑った。
・・・・・・
「これは......」
防虫剤の匂いがするクローゼットの中を物色していた私は、いつ仕舞ったのかさえ忘れてしまった服たちの中から、大昔に買った黒いカクテルドレスを見つけた。衣文かけを掴んで引っ張り出し、体に当てて姿見の方を向く。赤目白髪のちんちくりんが、似合わないドレスを着ようとしている様が見えて、私は少し暗い気持ちになった。
「わぁ......!すっごい似合ってるよ~!」
「そ、そんなことは......」
口ごもる私にカプルスは似合う似合うと畳みかけ、私の服を脱がせてドレスを着せた。幸い......と言っていいのか、数十年の歳月を経ても私の体型はほとんど変わっておらず、ドレスはまるでしつらえたかのように身体に馴染んだ。
「すごい......まるで雪の妖精みたい......」
目を丸くしてそう言った彼女は、じっと私を見つめて言葉を失っている。
「......妖精、か」
昔のほろ苦い記憶が蘇ってくる。それが顔に出てしまったのか、カプルスは不安げに尋ねてきた。
「ごめん……そう言われるの、嫌だった?」
私はかぶりを振ると、彼女を安心させるように笑ってみせる。
「ちっとばかし、このドレスを着て、夜の街に繰り出しとったころのことを思い出しただけじゃよ。......妖精だの姫君だの、男たちは私のことをそんな風に言ったものじゃ」
カプルスは私の顔を不思議そうに眺めている。
「素敵な誉め言葉......じゃないの?」
「なんか知らんけどな、私に寄ってくる男っつーのはみんな、神秘的な魅力を求めてくんのよ。んなもんねえっつーの、こちとら喫茶店のしがないマスターじゃぞ」
「そっか......みんなラクちゃんの事を、本当の妖精だって思っちゃったんだね」
「ま、言っちまえばそんなとこじゃな。あんまりにも同じパターンばっかだったもんで、めんどくさくなって行くのをやめちまった」
私がこのドレスを買ったのは、父を失い、.心にぽっかりと穴が開いたような気持ちを抱えながら、必死に店を回していた頃の事だ。返す返すも愚かしい、一時の気の迷いだった。うーっ、と小さくうなりながら、カプルスが言う。
「なんだか、もったいないな。ラクちゃんはこんなにいい人なのに、誰にもそれを分かってもらえなかったなんて」
「いい人、か?私は。
......ま、楽して連れ合いを見つけようとした私が馬鹿だったんじゃよ。愛もコーヒーと同じ......小さな積み重ねをすっ飛ばして、本物の味を引き出す事はできん。私はずっと、単一品種のままがお似合いっつーわけじゃな」
カプルスは私の手を取ると、真剣な目で見つめてきた。夏の空を閉じ込めたような澄んだ蒼の瞳に、私は吸い込まれそうになる。
「わたしがいるよ、ラクちゃん......!」
「......ふん、ユウキはどうするんじゃ?」
カプルスは自身に満ちた笑みを浮かべると、三人一緒に暮らせばいいんだよ、と胸を張った。
「たわけ......」
口ではそう跳ねつけながら、正直まんざらでもない気持ちだった。
......誰かから真っすぐな愛情を向けられることなど、もう長い間なかったことだったから。




