第7話 真夏の夜の悪夢
「それがね、もしかしたらこの国、…無くなってるかもしれないの」
一瞬の静寂が部屋を包んだ。
「えっと、どういうことかな?」
「ごめんなさい、いきなり言われても困るわよね。…カミラ、ちょっと地図を持ってきてくれるかしら」
「かしこまりました」
言葉を選びながらおずおずと尋ねると慌てて弁解しはじめ、その間に先程のメイドが地図とペンを持ってきてくれた。
「えっとね、このゲームの"続編"が、前作から17年位経っている設定で、舞台が隣国のローゼリア国。それで、その国の範囲が…」
そう言いながら地図にペンを走らせた。
「この範囲なの」
その書き記された範囲は、アダマス王国だけでなく近隣の国2〜3カ国も含まれたものだった。
「これは…。つまり、アダマス王国が隣国ローゼリア国に"吸収"されているかも、と?…ちなみに"続編"では、この国周辺はなにがあったか覚えているかな?」
「それが…何もないの」
「何もない?」
「えぇ…。あった場所は、確か砂漠地帯のように荒廃していて、盗賊の根城になっていたと思うわ」
「えぇ?砂漠だって?この国は気候も安定しているし、そんな10年やそこらでそんなことになるなんてあり得ない。それに…っ!」
まるで想像のできないことを聞かされ、さすがに否定しようと思った刹那、1つの可能性が頭をよぎった。
「……ま、まさか…だよな」
「?」
「…ねぇ、ミスティ嬢。その"続編"にさ、何か『大きなスフィア』を置いている場所や、『調和を司る"ナニ"か』がなかったかな?」
「え?そうねぇ。…あっ、そうそう!ローゼリア国皇宮中央にある薔薇園に"大きな水晶?"みたいな丸い石があったわ!ゲームの中の皇子は『この石のおかげで国花である薔薇達は永く咲き続けられてるんだ。』と言って薔薇を一輪摘み取り、続編のヒロインの髪にさしていたわ」
ミスティ嬢は「あのシーンはときめいたわ〜」なんて暢気に言っているが、
俺は、全身が総毛立ち戦慄した。今までの事象が、点と点で繋がりはじめているのを感じた。
ミスティ嬢は知らなかったようだが(そもそもごく一部の者しか知らない)、王宮の中央ホール最上階に、大きな祭壇があり、そこに"大きなスフィア"があると云われている。
"云われている"というのは、そこに入れるのは"王"あるいは"王の配偶者"が"王に付き添う場合のみ"許されているからだ。そして王は、王族特有の魔力を駆使し、″祭祀者″という名目でそのスフィアの管理をしているらしい。
このスフィアは、アダマス王国全土の鉱石と共鳴し合い、土地のバランスを保つ役割をしている。また、その相乗効果で、この国の気候や、俺の実家がある辺境の国境付近を守る結界石の安定化などに一役買ってくれているのだ。
そして、ローゼリア国は俺の実家オブシディアン家と隣接している。
つまり、隣国に″スフィア″が強奪され、おそらくそれが原因でアダマス王国が″滅亡″する。そして、その争いで1番最初に犠牲となるのは、隣接している俺の実家があるオブシディアン辺境伯領ということだ。
「どうしたの?さっきからどんどん顔色が悪くなってるわよ。それに、まるで親の仇を見たような顔してるわ」
…親の仇どころかこの国を滅ぼす国と、その具体的な方法までわかってしまったらそんな顔にもなっているだろうよ。
その上、″乙女ゲーム″という茶番には、俺は"関係ない"と思っていたら、"そうではない"かもしれないのだから。
今考えていた内容は、国家機密の内容が含まれている。なので、ミスティ嬢に加え、一般市民だと思われるメイドのカミラさんには共有できない内容だ。
だが、この内容は取り急ぎ友人達に連絡しなくてはいけないものだ。もう外は暗くなっていたが、戻らなくてはなるまい。
ミスティ嬢に、急遽帰らなくてはならない旨を伝えた。夕餉の支度をしたからそれだけでもと言ってくれたが、丁重に断った。
先程聞いた話が俺の胃に重くのしかかっている為、とてもじゃないが食べられる状態ではなかったのだ。
気持ちばかりと手土産を貰い、再び駅まで送ってもらった。当日ではあったが、なんとか市民が主に利用する三等車の切符が取れ、列車に揺られながら王都にとんぼ返りをした。
ベゼルエリアの最寄駅に着いた後、魔送郵政通信局(前世の郵便局)へ寄り、まず今回の件に巻き込んでしまった友人で近々会えないか魔電報を送った。
この世界には魔鉱石を使った電話もあるのだが、1人は各地を飛び回るギルド長、かたや宮廷内で外部からの通信連絡が不可となっている仕事をしている為、今回のように急な連絡の場合は、手紙での連絡が確実な手段だ。
ただ、連絡が届き日程が決まるまで2〜3日はかかるだろうから実際会うのは来週末位になるかな…それまでに情報をまとめたいが、できるだろうか。
社宅に無事に着き、今日聞いた内容を自分のデスクで書き起こした。
その後、やはり自分だけでは抱えきれないことなこと。そして、この話をする為には俺が前世の記憶があることを友人達に告げなければならない。という結論が俺が中で響いた。
…正直言うと、言いたくはない。それにより今までの関係が壊れる恐れがあることが怖いのだ。
気晴らしに、俺のいる邸の執事から受け取ったここ2週間程の手紙を、仕分けることにした。
手を無心に動かしていると、深く沈んでいた心が少し軽くなるのを感じた。だが、それは最初までで、ジャックから届いた手紙の内容に手を止め、ソファにあずけていた体を起こした。
学園でソフィア嬢の悪い噂が徐々に広まり始めているようだ。なんでも、先日の期末試験で圧倒的な成績で首席を獲ったソフィア嬢に、王子達が不正を働いたのだろうと難癖をつけたらしい。
ヒロインもそれに便乗し、同じ頃あったレポートの内容が提出前に紛失していた自分の物と同じ内容だったと注目が集まる広場で泣きながら主張したとのことだ。
それに対して、ソフィア嬢は「違います」と一言告げた後、声を荒げることもなく立ち去ったそうだ。
"通常"の思考の者達は、ありえない事だと把握しており、すぐに沈静化したが、一部の生徒達からは「違うと言っただけで、他は何も反論もせず否定しないということは、本当にやっているんじゃないか?」という噂がじわじわと広がりはじめ、学園内の情勢は二極化しているようだ。
ただ、最後の方に「ソフィア嬢がやっていないという事実もこちらで把握しており、今後も学園と連携しつつ、王弟殿下がソフィア嬢に影を配置し、冤罪の証拠を記録して残していく」ということが書かれていた。
ホッと一息つき、再びソファに身を沈めた。心休まらない部分もあるが、少し気を緩めることができたことで小腹が空いてきた。
部屋に備え付けてある電話を使い、受付をしている執事に何か軽い食べ物を持ってくるように頼んだ。少しして、野菜とローストチキンを使ったサンドイッチを部屋まで運んでくれた。
本来であれば、今頃アゲット領の海鮮料理に舌鼓を打っていたのだろうか、という気持ちがよぎったが、かぶりを振り、どうしようもない考えを忘れるかのようサンドイッチにかぶりついた。
トマトのジューシーな果肉と、出来立てで皮がカリッとしているチキンから滴り溢れる肉汁を口からこぼれないよう誰も見ていないことをいい事に啜りながら少々行儀悪くも平らげていく。
…うまい。今日は不安になる"モノ"ばかり食わされていた俺の胃が喜んでいるのを感じた。
ご飯も食べ終わり、明日も仕事がある為、どうにか寝れないかとシャワーを浴び、ダメ押しで飴玉を肴に寝酒のウィスキーを飲んでみる。だが一向に眠れず、かえって目が冴えているのさえ感じた。
こうなると寝れないことを知っている俺は、グラスをカランと傾けながら琥珀色の水面を見つめた。そこにはすっかりくたびれ疲れ切った自分の顔が水面の上をゆらゆらと漂っており、「きっと明日には目の下がくまで色濃くなってしまうのだろうな」と目元を手で覆いながらソファに身をゆだねた。
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朝になった。結論はというと、やはりと言うべきか。昨夜は一睡もできなかった。色々な情報が俺の頭の中で交錯し、機械で例えるならば″オーバーヒート″を起こしているのだ。
ハロルド君からの「逆ハーレムの現状」、「賢妃の首飾り」、「謎のお菓子」に「隣国の王子」。ミスティ嬢からの「乙女ゲームの詳細な内容」と「その続編について」、
…そして、「王国が滅亡しているかもしれない未来について」。
「…どう考えても″乙女ゲーム″の範疇を超えているだろうが」
半ば寝そべるようにソファに身を沈め、カーテンの隙間から漏れ出る朝の日差しを睨め付けながらこぼした。右手側のカーテンとは反対の壁にかかっている時計を見ると朝5時をとっくに過ぎていた。仮に眠くなったとしても、もう寝ることができない時間だ。
徹夜状態で重くなった腰をゆっくりと持ち上げ、軽くシャワーを浴びた後、いつもより大雑把に支度しながらグラグラとした頭で列車に乗った。
今日は学園で、前準備が必要な業務があるので、早く出勤してしまおうと気持ちを切り替えた。
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なんとか朝から午後過ぎまであった仕事が終わり、ちょっと遅い昼休憩を取ろうと学園の外側に面している1階の回廊をフラフラと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「ライオネルさん!」
「おぉ、ハロルド君、こんにちは。どうしたんだい?」
振り返るとにっこりと人懐こい笑みを浮かべ嬉しそうにしている。この前会ったばかりなのに、すっかりと懐かれてしまったようだ。少しこそばゆさを感じながらどうしたのか尋ねた。
「それがですね、私の父上を経由して、ライオネルさんに王弟殿下からの文をおあずかりしているので、それを渡しにきました」
「あらら、父上殿にもお手数おかけしてしまったね」
「いえ!父上もライオネルさんによろしくと言ってました!」
そう元気よく言う彼にぎこちなく笑って返した。王弟も学生とその父親を使いっ走りに使うなよ。そして、何を″よろしく″すればいいんだまったく。
「…まあ、なんだ。この手紙をここで開けるわけにもいかないし、前に話をした生徒指導室に移動してから確認させてもらおう。実は昼がまだでね、よければ君も一緒にどうかな。お茶くらいだすよ、この前出せなかったのもあるしね」
「はい、ぜひ!!」
そんな話をしながら歩いていると回廊の影から2人の学生が出てきて俺達の行く手を阻んだ。
「なぁ、あんたが張り紙を貼った"ライオネル"って野郎か?」
そう宣う彼の腰には、″学園用″ではないであろう剣がぶら下がっていた。
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