第6話 OH HIS MYSTERIOUS GIRL
手紙を貰ってから最初の休みの日。俺は1人、魔導列車の特急二等席に乗り、王都から3時間ほど行った先のアゲット伯爵領に向かっている。
魔導列車は、環状線のガードルラインの他に、外地に向けてローワーガードルラインという長距離列車が八方へ放射状に運行している。
その線路は、王都と1番外側な辺境の中間くらいまでは延びている。
招待されているハロルド青年の婚約者ミスティ・アゲット嬢のいるアゲット伯爵領は、王都から南西に向かった先にあり、海近くで温暖な気候の場所だ。特に海から採れるパールや珊瑚、魚などを商品にした貿易が盛んな領となっている。
実はこの用事が済んだら、近くの街に宿を取っているので、夜は露店を食べて回りたいと思っている。
そんな予定に想いを馳せながら、アゲット伯爵邸の最寄駅に着く。暖かく湿り気のある潮風が吹いており、海が近いことを感じていると、駅前に停めてあったアゲット家の紋章が施されている馬車から執事らしき人が降りて来て出迎えてくれた。
そのまま馬車に揺られること1時間、小高い丘の上にアゲット伯領邸が見えた。
邸に入り、そのまま客間に通され少し待つように言われた。出してもらった紅茶を飲みながら、潮風で乱れた前髪を少し整えていると、ノックがされ、メイドと共に1人の令嬢が入って来た。
「急な呼び出しだったのにも関わらず、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。改めまして、私がハロルド様と婚約しておりますミスティ・アゲットです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
そう言うと、流れるような見事なカーテシーを見せてくれた。ゆるりと留めたベージュ色の髪に深い青色の瞳をした令嬢を見れば…なるほど、これはハロルド青年と並んでいるところが見てみたい。きっと絵になることだろう、と思った。
「やあ、どうも。こちらこそ時間をつくっていただいてありがとう。話はハロルド君から聞いているよ。「自慢の婚約者」だってね」
簡単な自己紹介をした後にそうつけ加えると、少しキョトンとした後、花が開くように笑みをほころばせた。
「えぇ、ワンコみたいで可愛いんですのよ。たまに尻尾が見えますわ」
…確かにミスティ嬢のことを話している時は千切れんばかりに尻尾を振ってるように見えたな。
肯定で声が出るのをグッと堪え咳払いをした後、さっそく仕掛けてみた。
『彼も"乙女ゲーム"の"攻略対象"なのかい?』
空気が少し張り詰めた気がした。目の前の彼女は先程とは違い、年齢以上の重みのあるオーラを放っている。
『そうよ。…それで、あなたは"味方"なんでしょう?』
『はい、あなたがハロルド君を守りたいと思う限り僕はあなたの味方だ』
俺のことを少し探るように見た後、ふっと笑い張り詰めた空気がほどけた。
「そうよね、ごめんなさい。それにしても久しぶりの"ニホンゴ"は疲れるわ。普通に話していいかしら」
「えぇ、実は僕も少し口が痛いです」
少し顎を手でさすりながらおどけてみせる。
「そうなのよ!でも嬉しいわ、同郷の人に会えて…。あ、ちなみに彼女は私が前世の記憶があること知ってるから同席させていただきますわ」
彼女の後ろ隣に控えているメイドがお辞儀をした。
「えぇ…?じゃあ乙女ゲームのことも?」
「存じております。ミスティお嬢様は、婚約者様との顔合わせの時に泡を吹いて倒れられてから少々おかしくなってしまわれて…。それから、ずぅ〜……っと聞かされております」
「ちょっと!!そんなウンザリした言い方しなくたって…」
「”してる”からお伝えしているのです。それと今回私が同席してるのは、"婚姻前のお嬢様を異性と2人きりにしないように"という意味より、お嬢様がオブシディアン様に”何かやらかさないか見張る”ためにいるのですよ」
「…すみません」
ビシッとそう返され、先ほどのオーラはどこへやら、メイドに言い負かされ萎れた風船のようにしょげている。
…なるほど、どうやら相当のお転婆らしい。このメイドさんには頭が上がらない程何か影でやらかしているんだろうなぁ。
婚姻するまでハロルド君の為にも黙っといてあげよう、…うん。
俺が遠い目をしていると、顔を赤くしながらコホンと咳払いをした。
「…それで、今日は"乙女ゲーム"の内容について聞きに来ましたのよね?」
「え?あ、あぁ…そうだね。良ければ教えてくれるかな?僕は乙女ゲームに一切触れたことがないから困っていてね」
「"ミリしら"ってわけね。わかりましたわ!長くなると思うけど教えますわね」
そう言うと同時に、先程のメイドがいつ用意したのか新しく淹れてきたらしい紅茶とお菓子をワゴンで運んできた。テーブルに配置した後、ミスティ嬢の後ろ隣に戻り、こちらに向かい光を無くした目でコクリと頷いて見せた。
…これは相当長くなりそうだな。
再び遠い目をしそうになるのを堪え、これから始まるミスティ嬢の話に集中した。
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まず、ここは「恋のジュエリック⭐︎ラビリンス」略して「恋ラビ」という乙女ゲームの世界らしい。
あらすじは、田舎から王都に来てから母親を亡くし、貴族の養子になり王立学園に編入するところからはじまる。
攻略対象者は以下の通りだ。
・サイラス・アダマス:この国の王太子。婚約者のソフィア嬢の優秀さに嫉妬し、勝手に確執をつくっている。次期王としてソフィア譲の権威を覆す実績を欲している所にヒロインが現れ、実績を作る為に協力していき絆を深めるそう。
・ハロルド・カーネリアン:近衛騎士団長子息。次期近衛団長と噂されるが、剣に一辺倒な為、壁にぶち当たっている所をヒロインに助けてもらうらしい。…今の彼とは真逆だな。
・カミュ・アメジス:ソフィア嬢の義弟。ソフィア嬢が王太子の婚約者に選ばれた為、養子でアメジス家に迎えられた。ゲーム内で彼のルートに入ると断罪後、ソフィ嬢は別邸に幽閉されてしまうそうだ。
・ユージン・オニキス:魔術師団長子息。稀少な魔術が使える家系で期待されるが、上手く能力を使いこなせず困っていた所をヒロインに助けられて国1番の魔術師として花開くらしい。少し内向的な性格だそうだ。
・ブライアン・クンツァイト:大商会の会長子息。金儲けと人間観察が好きで、学園でヒロインを見つけ面白いと興味を持ち、次第に惹かれていくらしい。
それを邪魔するのが、各婚約者とソフィア嬢らしい。特にソフィア嬢は、王子とカミュでメインのライバルとなりヒロインを執拗にいじめるらしい。
また違うルートでも、各ルートの婚約者に相談されライバルの仲間として登場するらしい。
そして、どのルートでも断罪され、身分剥奪ののち辺境の修道院や幽閉、王太子ルートに関しては毒杯を賜るらしい。
…阻止したいな、それは。
ひと通り聞き窓に目を向けると、もうすっかり日が沈んでしまっていた。話を聞いた今では、昼間に計画していた食べ歩きをする気持ちも萎えてしまっていた。
このままでは、うら若いご令嬢達に訪れてしまう未来を考え、気分が悪くなり、顔色も少し悪くなっているのを感じた。
「大丈夫?顔色が悪くなられてますよ」
彼女にも顔色が悪く見えたのか心配そうに尋ねられ、慌てて答えた。情けない…。
きっと小説の主人公や目の前の子なら「断罪?絶対にざまぁしてあげますわ!」となるのだろう。
だが、歳を重ねた自分からすれば、当事者ではない分、この件に関わってしまった責任が、今頃になってのしかかってきた気分だ。
「うん…大丈夫。情けないところを見せてすまないね」
こういう時に煙草があれば…、と指が動くのを抑え、代わりにポケットから飴を取り出し口に放り込んだ。
この場に合わないイチゴの味が口の中に広がるのを感じて深く息をつき、メイドに新しく淹れてもらった紅茶を流し込んで気分を無理矢理落ち着かせた。
「君が言っていた攻略対象者は、ハロルド君を除いてすでに攻略済みのようだ。君達には申し訳ないのだが、王子の動きを探る為、ハロルド君には引き続き近くにいるように伝えている。君からは問題ないかい?」
「…えぇ。心配なところもあるけど、何かあれば離脱していいって話も彼から聞いているから問題ないわ」
そう頷いてみせるミスティ嬢の心強さにあてられて目を細めてしまった。…大人の俺も頑張らなくてはね。
話が一区切り付いたところで、俺が持ってきた調査資料をテーブルに広げた。
「ところで、ヒロインはここに記載されているように攻略対象者以外の異性にも手を出していようなんだけど、他に隠しキャラとかいないのかい?」
「いるわ。でも、"学園内にはいない"わ。ゲームの中のヒロインは本当に良い子なのよ。普通の乙女ゲームと違って攻略対象との接触も少なくて、"恋愛"よりをミッション攻略"がメインなの。やっと進展があるのが終盤の方って位。その振り幅がたまらなかったんだけどね…。だから資料を見ても分かるけど、このヒロインも私と同じ"乙女ゲームプレイ済みの転生者"と考えて良いと思うわ」
そう言いながら資料に目を通す姿はサマになっている。俺と同じく前世で仕事をした経験があるのかもしれない。
だが、「少し気になる」ところがあった。
「攻略対象者に隣国の王子って本当にいないのかい?」
「え?えぇ、いないわ。隠しキャラにもいないもの」
そう言い「そういえば、このヒロインの逆ハーレムにはいたわね」とまた資料を見返してる。そのあと「あっ」と何かを思い出したかのように声をあげた。
「"隣国"というので思い出したんだけど、この乙女ゲーム、販売してから2年後くらいに続編が出たのよ。それでその謳い文句が『前作の世界のアナザーストーリー』っていうのだったんだけど…」
そこで言い淀んで考えている。言うか言うまいか悩んでいるようだ。
「小さい事でもいいから気にせず聞かせてもらえないかな。ハロルド君の時もそれで凄い助かったんだ」
そう促すと、少し逡巡した後、声を低くし言葉を続けた。
「それがね、その世界線だとこの国、…なくなってるかもしれないの」
そう言う彼女の膝においた手は、僅かに震えていた。
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