第5話 憎しみは雪のように
初めて生徒指導室に入ったのだろうか、興味深そうにキョロキョロと室内を見ている。
しかし、赤髪を短く揃え、黄金色に輝く瞳を持ったこの男子学生くん、
…明らかに攻略対象者じゃないか?
いやいや、まさか1発目からそんなわけないだろうと、かぶりを振り余計な雑念を消してから名を尋ねた。
「改めてだけど、まず君の名前をうかがっていいかな。僕はライオネル・オブシディアン。現在宮廷から出向で学園に来ている者だ。よろしく」
「あっ、あの王国屈指と謳われる辺境伯家の御仁でしたか!はじめまして、アダマス王国近衛騎士団長のカーネリアン公爵家が長男ハロルド・カーネリアンと申します。お見知り置きを!」
ぱっと顔を明るくしそう名乗ると、ビシッと足を揃え、右の拳を胸に当て見事なお辞儀をしてみせた。
しかし脳内にこの言葉が駆け巡る…。
絶対攻略対象者じゃんかこの子〜〜〜!!!
先日調査された書類の中で、たしか彼も逆ハーレム集団の内の1人として記載があったはずだが…。どういうことだろうか。
ひとまず立たせたままなのもあれなので、動揺を抑えながら応接用の革張りのソファに座るよう促した。
促されるまま座ると、彼は抑えられないという体で前へ身を乗り出しながら続けた。
「父上からも辺境伯の伝説は沢山聞かせていただいております!いつかそちらにうかがって戦術を学びたいなと思い憧れてたんです!まさか、こんな近くに縁者がいらっしゃるなんて…。お会いできて光栄です!!」
「い、いや〜、別に僕がすごいわけじゃないからね。でも、こちらこそ光栄だよ。ありがとう」
彼のキラキラとした眩しさに目を霞ませながらも、たどたどしくお礼を言った。若さが眩しい…。
しかし、彼が憧れるのも仕方がない話なのだ。俺の父親はある意味、この国の騎士だけでなく貴族の男達が憧れるこの国最強のヒーローだからだ。
アダマス王国は、内地の王都だけが諸外国から「宝石の国」と呼ばれているわけではない。もう一つの由縁は、この王都や国土を囲むように連なる山脈から、それぞれ潤沢な魔鉱石が採掘できるからだ。
その魔鉱石の種類の広さと品質の高さもさることながら、それを利用する魔道具に対する技術も高い。
なので、魔鉱石並びに魔道具はこの国の主要産物となっており、諸外国との外交では重要な手札としても活用されている。
もちろん周辺国もこの国を狙っているが、それを絶大的な力で阻止しているのが、俺の父親率いる辺境伯オブシディアン家の猛者達なのだ。
侵入してくる賊や、侵攻を試みてくる敵軍を無慈悲に屠るその逸話や伝説は、貴族や騎士なら幼い頃から寝物語として聞いているのだ。
なので前世でいえば、男の子にとっての戦隊ヒーローのように神格化されている。
俺も実際、兄達も含めてその話が事実であることを間近で見て知っているため、こういう反応をもらい驚きはするが誇らしくも思っている。
それにしても目の前の子のような人物は、もし"ゲームの登場人物"なのであれば、皆等しく「脳筋」だったり「何か悩み事を抱えてる」なんてのが常套な設定であって、悩みを一緒に解決してくれるヒロインにコロッと堕ちてしまいそうな印象がある。
だが、この子はあの謎掛けが分かってここに来ており、今のやり取りや所作からもどこか知性を感じ取れた。
「それにしても、あの謎掛けがよく分かったね。花言葉の意味を知っているなんて大したものだ。僕が君位の頃なんて、友人達と遊び回って気にも留めなかったものだよ」
「それは、"私が"というより、"私の婚約者"のおかげですね。彼女に花を贈る時に花の意味は気をつけてますから」
「なるほど、君の様子を見るにとても良い関係を築けていそうだね」
「はい!彼女はとても魅力的な人で…、私にはもったいないくらいです」
「へぇ、じゃあ何か助けられたこともあったのかな?」
「えぇ、私が小さい頃「力だけでは本当に強い人になんてなれない」ということを教えてくれたのが彼女でした。当時苦手だった勉強も一緒にやってくれて…。今の私があるのは、彼女のおかげなんです」
説明しながらも、婚約者のことが頭に浮かんだのか照れくさそうに顔をはにかませた。そういう表情を見ると年相応の青年に見え、今回の件でささくれた心が潤う気がした。
…なるほど、彼の悩みはすでに婚約者のご令嬢が解決済みか。
それが「少し気になった」が、場が和んだところで、そろそろ本題に入ることにした。
「…それで、君が「疑念」や「不審」を感じることは何かな?近衛騎士団長子息ということは、"彼の方"に関わることだろうか」
そう尋ねると、スッと真面目な顔つきになり、コクっと頷いた。
「はい、そうです。やはり把握されていましたか」
「うん、大人だからね。でも学生として共にすごし、彼のそばに1番いる君の見てきたことや、ちょっとしたことでも異端なく僕に教えて欲しい」
「わかりました。では、そちらが把握されていることと重複している箇所もあるかと存じますが、できる限りお伝えいたします」
そう述べ、王子とヒロインの出会いから彼女の周りにつくられる逆ハーレムについて説明していった。大体はこちらとほぼ同じ内容だったが、2つ新たな情報があった。
まず1つ目が、「最近ヒロインが豪奢な髪飾りや装飾品を身につけている」ということ。
彼女を養子にとったのは伯爵家ではあるが、それでもあり得ないほど高価な品々を日替わりで身につけているらしい。その中で、宝物庫についての本に記載があった「賢妃の首飾り」に似ている物を身につけている時があったとのこと。思わず王子に尋ねたら「違う」と否定され、彼自身、確証が持てなく相談できないでいたそうだ。
顔色を悪くし説明するこの青年に、ひどく同情した。今年最終学年とはいえ、まだ17か18の未成年の子供だ。しかも、父親はこの国の王を1番近くで護る近衛騎士の団長だ。周りに相談できる大人がおらず、かといって愛しい婚約者にも言えなかったのだろう。
「よく頑張ってね、君はすごい」
思わずそう声をかけた。ハロルド君は一瞬驚いた様子を見せた後、唇を噛み締め緊張の糸が切れたのか泣きそうな顔を見せた。
こちらも少し驚いたが、「大丈夫、大丈夫」と優しく声をかけ、彼が落ち着くまで待った。
「すみません、取り乱してしまって…」
「いいんだよ、もっと落ち着きがなくてもいいくらいさ。君はもうちょっと周りに甘えて、面倒な事は大人に任せてくれていいんだからね」
そう優しく諭すと、肩の力を抜き落ち着いた様子でこちらに向け微笑んでみせた。
…そうだ、この子は攻略対象かもしれないんだった。予期せぬ眩しさにまたもや被曝してしまい、思わず目を細めてしまった。
不思議そうに首を傾げられてしまったが、咳払いをして話の続きを促した。
「それで、もう1つの"気になる点"というのはなんなんだい?」
「はい…。それなのですが、その…少々確証がない事なので言いづらいのですが…、その…」
「大丈夫、一緒に考えられるから教えてくれるかな」
「はい!実は、最近ローズクォツ嬢が一緒にいる周りの男性達にお菓子を配り始めたんです。それからなんというか殿下の様子がおかしくなった気がして…」
「ふむ、具体的には「どのようなところ」か説明できるかい?」
俺からの問いに、口元を手で覆い考えながら、慎重に答えた。
「はい、なんとなくですが、以前よりローズクォツ嬢と殿下や他の男性達との距離が近くなった気がします。それも異様に短い期間で…。あとは…そう、殿下がローズクォツ嬢の作るお菓子を毒味をさせず、ある日を境にその場で食べるようになったんです」
「は?」
聞いていた俺は驚きのあまり低い声を出してしまった。それにビクッと肩を揺らしていたので、慌てて弁明しながら先を促した。
「ごめん、ちょっとありえない話に驚いちゃったよ。本当かい?」
「はい、そうなんです。私も「毒味をしてから」と訴え、最初はそれに従ってくれて「王宮に着いたらそうするよ」と持ち帰っていたのですが、ある日を境に「もう大丈夫なのはわかってるからいい」と私の意見を拒否し始め、最近ではローズクォツ嬢に食べさせてもらったりと…。加えて、周りの奴等もおかしくなってきて、私にまでくっついてこようとしてきて心底気色わる…いえ、なのでどうすればいいか…と思った時にあの張り紙を見て「あ、私と同じ違和感を感じている人がいる」と思い、すぐ貴方をうかがったんです」
色々溜まっている物があったのか、言葉を荒げながら一気にまくしたてて説明してくれた。
…今途中「気色悪い」って言いかけたな。
「他の子も貰っていたって事は、もちろん君も貰っていたんだろう?その話が本当なのであれば、君はよく無事でいられたね」
「えぇ、貰ってますが、あんな気色悪…いえ、気持ち悪い…あ、…とにかく!アレは食べたくなかったので、すぐ捨てていました」
…もう本音が隠せなくなってるくらい気持ち悪いのか。…可哀想なんだけど、面白いな、この子。
「あと婚約者から、「もし誰かから何か食べ物を貰ったりしても食べないように」と言われてたんです。まぁ、私はミスティの作るお菓子以外貰いたいと思いませんが」
先程とは打って変わり、エッヘンという感じで胸を張り、誇らしげにしている。
…この婚約者「少し気になる」な。
「なるほどね。そんな自慢の婚約者なのであれば、今度学園で2人が一緒にいる時にでも挨拶させていただきたいな」
「あ〜、それが無理なんです。彼女は"この学園にはいない"ので」
そう言いハロルド君は、本当に残念そうに肩を落としている。
「家の事情とかかい?」
「いえ、なんでも「王立学園だけには行きたくない!」といって聞かなくて、今は女学院に通っています。私も彼女と毎日学園で会うのを楽しみしていたのですが…。あ、でも毎日手紙を出したり、花を贈っていますし、女学院なので異性に絡まれる心配がないのでそこは安心できてます」
…なるほど。
「婚約者殿は、なんで王立学園に通いたくないんだい?現状を見れば確かにこの場にいなくて巻き込まれずに済んだとは思うんだけど…」
「えぇ。私も尋ねたのですが、なんでも「"キョウセイリョク?"があると怖いから」といってました。私にはそれがなんなのかサッパリなのですが」
そう言いながら腕を組み、不思議そうに首を傾げた。
…ビンゴ。
彼女は"転生者"だ。しかも、おそらくこのゲームを知っているかプレイ済みだと予想できる。ハロルド君を助けたいのであれば、味方につけることができるかもしれない。
「なるほど。ちなみに今回の件で、婚約者殿に私の方から手紙を書いて渡してもらう事は可能だろうか?」
「えぇ?別にかまいませんが…?」
少し不安そうな彼に、ニコッと笑って見せて説明する。
「安心してくれ。学園に来るようにというわけじゃない。君の話を聞くに、もしかしたら婚約者殿は"この先の事も予測"して何か知っているかもしれないと思ってね。君の事もきっと心配だろうし、学園から離れているところで情報を擦り合わせてみたいんだ。それに、君も僕の手紙を届けるという大義名分を持って婚約者殿に会いに行けると思うんだけど…、どうかな?」
最後にそう付け加えると、少し難色を示していた表情がパッと明るくなった。本当に仲がいいのだろう。
「それじゃあ今から簡単に手紙を書いてくるからここで少し待っていてくれる?」
「はい!お待ちしております」
席を立ち部屋から出る前に、「そうだ」とポケットから飴をまさぐる。
「良かったらこれでも食べて待っていてくれ。お茶も出せてなかったからすまなくてね…」
そう言い2、3個取り出した飴をハロルド君に手渡した。少しきょとんとした顔に、どうしたのだろうかと思ったが、そこでハッと気づく。
「すまない。婚約者殿から"食べ物はもらっちゃいけない"と言われていたんだったよね!この通り食べてもなんともない普通の飴ではあるけど、気持ち悪ければ捨てていいから」
慌てて弁解しつつ、自分も飴を食べて見せる。うん、メロン味。少し顔が緩んだ。
「あ!いえ、そう言った意味で驚いたわけでは…。それに婚約者の言ったものはどちらかといえば、異性や例の令嬢周辺の人達からというニュアンスの事なので。ありがたく頂戴します!」
そう言い躊躇いもなく食べて見せ、口の中に程よい甘さが広がったのかホッとした顔になった。
改めて生徒指導室から出て、自分のデスクのある職員室に向かい手紙をしたためた。
生徒指導室に戻りハロルド青年に手紙を渡した後、部屋の出口まで見送る。
「それでは失礼します」
「あぁ、今日はありがとう。また何かあればいつでも頼りに来てくれ」
そう告げると嬉しそうに笑い、会った時に見せた騎士式の礼をして去って行った。
彼の姿を見送った後、廊下の窓に視線を移した。オレンジ色の光が差し込み、騒がしかった廊下も今は静寂が満ちていた。
「彼の婚約者の令嬢が"転生者"で"味方"なのであれば、俺の手紙に必ず食いついてくれるはずだ」
伽藍堂の廊下に、俺の呟きが静かに響いた。
———そして3日後、彼の婚約者から速達で手紙が届いた。
『私の家で話しましょう』
その字は前世で馴染み深い"ニホンゴ"で書かれていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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