第8話 あぶない生徒
立ちはだかる2人の生徒は騎士科の学生だろうか。あまり見覚えがないがどちらも体格が良く、うち1人は帯刀している。
「キエルナー、何の用だ」
ハロルドが声色を低く尋ねる
「お前に用があるんじゃねぇ。そっちのヒョロイおっさんに用がある。アンタだろ、俺らを探ろうとしてるって野郎は」
顎をしゃくって言う彼を見ながら隣にいるハロルド君の耳元でこそっと聞いてみる。
「だれ?あの元気な子は…」
「キエルナー・スピネル。騎士団長のご子息です」
…えぇ?近衛騎士団長の子息だけでなく騎士団長の子息までいんの?"乙女ゲーム"盛りすぎでは?
「おい、何コソコソしている。はっきり言ったらどうだ?」
…随分と短気なようだ。苛立ったように喚いてたので、あちらに視線を戻し、持った本を小脇に挟みながら両手を上げおどけて見せた。
「…なんのことだい?君達の事を授業でも見かけたことが無いのになんの用事があるっていうんだ」
「惚けるな。学校にこの張り紙をして探ってるのは分かってんだよ」
掲示板に貼っていた張り紙をこちらに突き出して見せた後放り投げた。それを目で追った後、静かに尋ねる。
「…それを知って、君達はどうするつもりなんだい?」
「簡単さ。この件からお前が手を引けばそれでいい」
「"嫌だ"と、言えば?」
そう言うとニヤリと笑い、帯刀していた剣をしゅるりと抜いた。それに合わせて、もう1人も懐からナイフを取り出す。
慌てて動こうとするハロルド君を片手をかざして制し、再び相手に問うた。
「今、君は学園で剣を抜いている。私闘は禁止されている上に、僕は宮廷から出向で来ている職員だ。その意味はわかってるかな?そんなことをして君達に何のメリットがあるんだい?」
「決まってるさ。"次期王妃になるアン"に手柄を見せられる。そして俺は父と同じ将来の騎士団長になるんだ」
抜いた刃をこちらに向けながら、さも当たり前のように宣う彼を見て思わず眉間を摘んでほぐした。
やれやれ…。こちらはハロルド君とは違い"脳筋"で"ヒロインにコロッといっちゃった"タイプのようだ。
よくよく考えれば、攻略対象者に彼の名前は無かったな…。つまり、そういうことなんだろう。
ため息をつきながら下を向いた時、床に落ちた張り紙が目に入りふと思った。「はて、"脳筋"な彼等がこの張り紙の意味が本当にわかったのだろうか」…と。
「ちなみに君達はこの張り紙の意味を"理解"してここに来たのか?」
視線を彼等に戻し、尋ねてみる。
「あ?そんなんしらねぇよ。そんな事しなくても"お前の所に行こうとしてる奴がいた"から聞いたんだよ。抵抗しやがったから"少し"痛めつけてやったがなぁ」
「…!その学生は無事なんだろうな」
「あぁ、アイツ逃げ足は早いから残念ながらあまり可愛がれなかったよ。それで鬱憤がたまってたからアンタの所にそのまま向かったってワケ。だからさぁ…あんまり抵抗しない方がアンタの身の為だぜ、おっさん」
そうか、その見知らぬ学生には悪い事をしたが、無事逃げられたようでホッと息をついた。廊下奥に視線を走らせた後、口元が緩んだのを感じた。
「…ちなみに君達の中でこの張り紙の意味を知ってるのは今のところ"逃げた子"と"君達"の3人だけって認識であってるかな?」
「あぁ!他の奴らに手柄は取られたく無いからな!!」
落ち着き払った俺の態度が気に食わないのか、苛立たしげに言い捨てた。
「…っおい!お前達いい加減にしろ!この方を誰だと思ってるんだ!!」
その様子を見ていたハロルド君がたまらず声を荒げた。
「知ってるさ、つってもオブシディアン辺境伯子息の四男で、学園に"天下り"してるしみったれたオッサンに何ができるっていうんだ。お前だって"こちら側"だろ?…それとも邪魔しようっていうのか?」
相手の見え透いた挑発に、ハロルド君がそれに応えるように剣を握るのを見て間に入った。
「ハロルド君、挑発に乗っちゃ駄目だよ。さっきも言ったが"私闘"は禁止されている。…大丈夫だから」
落ち着かせるよう静かに伝えると、不安そうな顔でこちらを見てから柄にかけていた手を下ろしてた。
その様子にヘラっと笑って見せた後、相手に視線を戻し、もう一度尋ねる。
「…君達は将来"騎士"になりたいんだよね?」
「あぁ、そうさ!」
「だったらね、"根底を疑う"ことができなくてはならないよ?」
斜陽が射し込む回廊を、支柱側に移動しながら先程より低い声色でそう尋ねる。壁側にいる彼等の顔に俺の影が長くかかる。
「…?何言ってんだおっさん」
「何事も疑わないといけないということさ。自分に与えられている"モノ"や"力"をね。"想う令嬢に良いところを見せたい"というだけで"僕"に剣を向ける君達は、本当にその"スタート地点に立てている"と、思っているのかい?」
「"立つ"までもねぇ!すでにその未来が約束されているんだからな!!…っおい、変な動きをすんじゃねぇぞ!そこに何隠してやがる!!」
夏用の薄手になったジャケットのポケットに手を入れていると間合いをとりながら剣を構え喚いてきた。
「君達が頭が痛くなる位わめくもんだから、飴でも舐めて回復しようと思っただけだよ。君達もいかがかな?気休め程度かもしれないが弱いお頭も少しは良くなるかもしれないよ?」
「っ?!!舐めてんじゃねぇぞテメェェッ!!」
俺の挑発を理解した瞬間カッと顔を真っ赤にし、興奮した闘牛のように髪を振り乱しながら襲いかかってきた。
刹那、俺は今いる位置から半歩横にずれて彼の視界いっぱいに西日をくれてやった。
先程まで俺の影で目を慣らされていた相手は、眩しさから反射的に目を細めた。それにより照準がずれ、回廊の支柱にガキンッと音を立て剣をぶち当てた。
…これで正当防衛成立だな。
ぶつけた衝撃に一瞬身体を怯ませたが、果敢にも再びこちらに襲い掛かろうとしてくる彼の顔面にポケットに入っていた飴を一掴み投げて目潰しをした。
思わぬ奇襲に声をあげ、片手を顔に運んだ。その隙を見逃さず、剣を握るもう一方の手首に重心を重く落とす手刀をした。
剣がカシャンと転がり、あっと声を上げながら取ろうとする彼の懐に潜り込み、本を抱える腕を鳩尾に鋭く叩き込んだ。それに怯んだ巨躯に勢いそのまま顎を目掛けもう一方の掌を突き上げた。
「かはっ…」
もろに食らってしまい脳震盪を起こした彼は、白目を剥き、口の端から泡を出しながら受け身も取れずその場に倒れた。
「"舐める"のは飴だけで十分だよ」
回廊に俺の声だけが響いた。
呆然としているハロルド君の方に、落ちた剣を蹴り払い、後ろから忍び寄って来ていた相手から引き離した。
その後、倒れている生徒から残っている相手にゆっくりと、目を向けた。
バレてるとは思ってなかった相手がビクッと一瞬動きを止めたが、再びナイフを構え直し、震えた声を張り上げながら襲い掛かってきた。
よく見ると刃先に何か液体がついている。
それに気づき、抱えていた本をバッと開いて相手に向けて構えた。興奮と恐慌状態で振りかざしてきた刃を開いた本で白刃取りをするが如く挟み込んだ。
強く挟み込まれ、抜き取ろうと力を入れた瞬間、内側に潜り込んでいた身体を、抑え込んだままくるりと外側に回り込ませ、同時に腕を捻り上げた。
腕を曲がってはいけない方向に力を入れられて、手の力が緩んだのを見計らい、自分側に巻き込むように身体を回転させ、本ごとナイフを相手から奪い取った。
腕を痛めながらもこちらに向かって襲い掛かろうと振り返った刹那、胸ポケットから取り出したペンの先を喉元に突き立てた。
流石の反射神経で突き刺さるすんでのところで動きを止めたが、その隙をついて足払いをし、その場に強制的に座らせた。
不意の足払いにより回廊の石畳に骨盤を強く打ち付けて思うように動けないでいる相手を静かに見つめた。
「ヒイィ…っ」と情けない声を上げて後退りしようとする彼の顔を屈んで覗きこんだ。
「…さて、さっき僕が"根底から疑え"と言ったのを覚えているかな?」
じりっと近寄りながら続ける。
「そして"本当にスタートラインに立ててると思っているのか"ともね。答え合わせをしてみようか。…僕がこの学園に出向している理由は2つある。まず1つ目は通常の事務業務。そして、もう1つがね…」
一旦言葉を切り、ぐっと顔を近づけた。
「君達騎士科の子達の卒業後の進路を決めて上に上げる仕事なんだよ」
「え?」
「だからね、先に君達に"僕に剣を向ける意味をわかっているか"って聞いたんだ。…でもね、君達はその言葉を無視し僕に襲いかかって来た。しかもだ。君の武器は、おそらく傷が付くだけではすまされないモノが付いてるよね?そんな輩を僕は国の要所に紹介することなんてできない」
さらに顔を近づけて、最終通告を告げた。
「…つまり君達は、不合格だ。もう、騎士になる将来は"未来永劫"存在しない」
静かにそう告げてから顔を離すと、最初放心していたが理解が追いついたのか「あ、あ…」と声を漏らしながら全身をガクガク振るわせ泣き出した。
もう襲いかかってくることはないだろうが、ハロルド君に他の教員を呼ぶように伝え、自分はその場に残り2人を見張った。
少しして、騎士科の教諭と比較的体格の良い職員達が急いでやって来た。現場の惨状と俺の手元に保管していた毒が付着しているであろうナイフを見て苦しそうな顔をした。その後、俺に深くお辞儀をし、他の教員と共に2人を連行していった。
それと入れ替わりに来た学園の調査団による現場検証が済む頃には、すでに日没に差し掛かっていた。常夜灯に切り替わる前の薄暗い回廊で、この後の2人の学生のもう輝くことのない未来を想った。
それと同時に、自分の願望のために周りの人達の人生を滅茶苦茶にしていくヒロインに対して、俺の中で明確な敵意の輪郭が形どられていくのを感じた。
また、連行された2人の学生を助けることもできたのだろうかとも思い、ほろ苦い気持ちが心を満たした。
だが、俺のことを聞く為に痛い思いをさせてしまった生徒が出ている以上、さらに酷い事態も考えられたのも事実。
「これ以上好きにはさせない…」
そう呟くと足早にその場を後にした。
———————その場を見ていた学生がいるとは知らずに。
「…うっわ、かっこよ」
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数日後、その学生は俺の前に現れた。
…父親の魔術師団長をつれて———。
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