間話〜騒動の後 ハロルド視点〜
一瞬、目の前で何が起こったか理解できなかった。気づいた時には騎士科の学生達が鎮圧されていたからだ。呆然としていると、ライオネルさんに他の先生を呼んでくるよう声をかけられた。声色は普段の優しいものだったが、瞳はいつもとは違う静かな色を浮かべていた。
呼びに行く道中も、先ほどのライオネルさんの身のこなしが頭から離れずにいた。襲いかかってきた学生達が騎士科で体格がよかったことを考慮し、力のある騎士科の先生を呼びに行った。
その後、無事学生達は引き取られ、即日長期の停学処分となった。だが、2人のうち1人は時間を置かず退学となり、そのままその生徒の一族郎党牢屋に入る事になった。その1人が使用していたナイフには、やはりというべきか、致死量の毒が塗られており、それを持たせたのがその学生の親だったということが取調べをしていくうちに判明したからだ。
そのことを王弟は重く受け止め、一族連座でそのような対処をしたのだ。王弟殿下が関わっている事もあり、おそらく元凶であるその学生の両親は、近いうちに死を賜る事になるだろうと予想される。
あと、事件当時の先生の反応も印象的だった。というのも、事情を説明した際、襲いかかった生徒のことよりも対処したのがライオネルさんだという事を伝えた瞬間に血相を変えたのだ。
あの表情はまるで「|殺されていないだろうか。《・・・・・・・・・・・・》」と言っているかのような形相をしていた。
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「おぉ、ライオネル殿の戦うところを見れるなんて幸運だったな!羨ましい…、俺も久しぶりに見てみたかったぞ」
その時のことを父上に話したら、こんな反応を返された。そもそもこんな砕けた話が気軽にできるようになったのも、今回の件に巻き込まれてしまった怪我の功名のようなものだった。
どうも俺が相談した後、ライオネルさんが直接父上と、なんと王弟殿下に連絡を取ってくれていたらしく、すぐに2人とも動いてくれたらしいのだ。
父上からその話を聞いた時は、天上人である王弟殿下まで自分の話が伝わっているとは思わず、驚きのあまり目の前が一瞬チカチカとしてしまった。また、父上からは「相談に乗ってやれずすまなかったな」と頭を下げられた。
あと、先日相談していた内の1つ「賢妃の首飾り」の件を王弟殿下が調べてくれた結果、確かに宝物庫からなくなっていることが判明した。だが、現在王弟殿下の指揮下で作戦が遂行中なのに伴い、即座に箝口令が敷かれた。
父上からは「よくやったな!」と手放しで褒められた。面と向かって褒められことが幼い時ぶりだった事もありこそばゆい心地もしたが、それ以来お互いに気兼ねなく話せる関係になっていった。
今日も夕餉を済ませた後、談話室にある暖炉の前でくつろぎながら雑談をしていた。王都は南西に位置するカーネリアン領に比べ夏でも夜は気温が低く感じるのもあり、暖炉を年中使用している。
「こうやって話せるのもライオネルさんのおかげだなぁ…」と暖炉の火の揺らめきを眺めながら耽っていると、父上が先程とは違い真面目な声色で突然問うてきた。
「…ハロルド。お前は本当に″怖い奴″ってどんな奴かわかるか」
「え」
この国の近衛騎士団長である父上の口から″怖い″という言葉が出て思わずそちらに目を向けた。
「お前もこれから騎士になるにあたって、嫌でも自分や護衛する主に害意を向ける敵と対面することだろう。俺も陛下を護衛している間、何度も見てきてはいるが…。息子であるお前には、その時のために覚えておいてもらいたい」
目の前の火を見ながら過去に思いを巡らせているかのように言葉を切った後、1人掛けソファから身を起こし、俺に視線をよこしてから姿勢を正した。
俺は突然のことに身を固くし、己も固唾を飲みながら聞く姿勢を正した。
その様子に満足したように微笑んで見せた後、言葉を続けた。
「″怖い″相手というのはな、力を誇示する者や、自分の技量に驕りがある者、頭でっかちに策略を練る者のことじゃない。もちろん相手を威圧するような輩でもな。そういう奴は気配で程度が知れるから準備すればどうってことがない。
…だがな、本当に″怖い″奴っていうのは、力や技量があることをこちらにまったくと言って良いほど、自分の力を″気取らせない″んだよ。どう言う意味かわかるか?」
その瞬間、ふと先日のライオネルさんが思い浮かんだ。武器も持たず手元にあった者を使い、最低限の動きと力で自分より体格のある相手を一瞬で無力化した。
「そう、お前も見ただろう?あのタイプはな、″わざと″自分の爪を隠しているんじゃあないんだ。あることが″当たり前″すぎて″自然体″でいるんだ。だから、一般人に紛れて混んであたかも「僕は普通の人ですよ」って具合でいるのさ。…俺はさ、そういう奴が、"怖い"」
俺が想像していたことをわかっているのであろう父上がそう述べ、髭が薄く生えた顎をなでてながら暖炉に目を戻した。
「あの男はな、武器を選ばず戦え、なけりゃないでその場の物を使って相手を無力化する技量を持っている。…おそらく、俺の近衛騎士団を束にしても仕留められるかどうかってところか。2対1ならほぼ確実に全滅するぞ、…″コチラ″がな」
そう言いながら苦笑するところを見て愕然とした。あの近衛騎士団が全滅する…?
「なのに当の本人はさ、宮廷に勤めるのは「実家にいるよりコッチの方が家族のために役立てる」なんて言ってわかってねぇようなんだがな。そもそも″あの辺境伯″がそんな理由だけで王都に息子を送らないんだよ。…つまりな、ライオネル殿は辺境伯家の″顔″として王都に送られているわけだ。舐めた真似すんじゃねぇぞって意味でな。…まぁ、だからな」
一度言葉を切り、少し言いあぐねるように首を捻り考えた後、
「お前はあの人の″味方側″になれて、よかったな」
そう投げかけてニヤリと笑った。その後、俺の頭をくしゃくしゃと撫でると立ち上がり、「もう、寝る。」とあくびをしながら談話室を後にした。
父上が退室した後、俺は1人部屋に残り、乱された髪も直さずに暖炉の火をぼぅっと見つめながら考えた。
もし"味方側"じゃなかったとしたら…。そう考えると背筋がゾッとした。
王弟にも認められ、この国の騎士達の採用や紹介も担う重要な仕事をしていて、実際腕の立つライオネルさん。そんな彼が、今回の騒動の解決に動いてくれて、俺のことまで気にかけてくれている。…これ以上心強いことは今までにない程だ。
「俺にできること、役立てることは、なんだ…」
暖炉の火が消えるまで、自分に問い続けた。
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翌朝、俺は殿下とローズクォツ嬢に頭を下げた。周りの取り巻き達も少し驚いている。
「どうした、お前らしくないじゃないか」
「いえ、最近のことで殿下やローズクォツ嬢に度を超えたことを言ってしまったことをお詫びをしたくて…。申し訳ございません」
「べっつに〜、私達は気にしてないわよ!ね、サイラス様♡」
「あぁ、引き続き頼むぞ」
「はっ」
「そんなことより〜、またみんなにクッキーを作ってきたわよ!」
そう言うとクッキーをみんなに配り出し、周りの男達が活気づいた。その際、取り巻き達に視線を走らせると瞳孔が開いて様子がおかしい者もいるのに気付いた。
「今日はぁ、ハロルド様もアンのクッキー、食べてくれるよね?」
みんなに配り終わると俺の腕にするりと腕を絡ませ甘えるように言ってきた。俺はグッと唇を噛みしめ、荒れ狂う感情の嵐を堪え、睨め付けないよう細心の注意を払いながら微笑んで見せた。
「はい、いただきます」
「よかったぁ〜!すぐ食べてね♡」
「今は任務中ですので後ほど」
…この学園で、俺ができることをやり、あの人の役に立ってみせる。
決意を新たに俺は、そのクッキーの入った包みを大事に受け取った。
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