第9話 キミのためにできること 〜断罪まであと4ヶ月〜
8月、噂を聞いてから2ヶ月が経った。学園は夏休みに入り、地方の子達は家に戻って休暇を楽しみ、大人達は夏の社交シーズンでお茶会や夜会に参加し、顔繋ぎに励んでいる。
俺は先日の襲撃があってから、早朝や夕方などの空いてる時間を利用し、学園内を走ったり、騎士科から木刀を借りて鍛えている。
この前は動けたが、もう若くないおっさんなもんだから、ある程度身体を慣らしておかないと、いざという時に対応できず不覚をとるばかりか、最悪の場合肉離れを起こすこともあり得る。…悲しい話だ。
だが、今回の襲撃により身体を動かしたことで、頭がスッキリした面もある。ミスティ嬢からの情報で得た事は由々しき話ではあるが、まだ可能性の域から出ていない情報だ。そこで、この夏期休暇中の時期を使い、もう少し俺の方で話を詰めてから上げることに考え直したのだ。
友人達にはあの後、魔電報を送り直してもう少しまとめてから話す旨を連絡した。2人からはすぐ返事が来て、揃って「無理するなよ」とねぎらいの連絡を寄越してきた。
…本当に、今世は良い友人に恵まれている。
調査はひとまず、あの後から続々と来ている生徒からの話を聞き出すことに専念している。話の中で、ソフィア嬢が冤罪である目撃者の証言もあったので、"影"からの証言を見える形で使える情報も一緒に集められている。
学生達もゲームや小説のモブのようにただ傍観している訳ではない。ちゃんと自分で考え判断し、この世界で生きているのだ。
今日は昼休憩の時間を使い、走りながら午後の予定について考える。
実は、2人目の攻略対象者から手紙が届き、今日の夕方に会うことになっているのだ。ハロルド君は良い子だったが、騎士団長子息のケースもある。
…少し警戒した方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、学園西側にある噴水広場の見える曲がり角を走り抜けると、噴水付近に1人の令嬢がうずくまっていた。
夏の暑さから具合悪くなっているのかと思い、走る足を早めたが、なにか違う様子だった。
「…ない。…どこに落としたの…?アレがないと……」
そう言いながら、手が汚れることも厭わず花壇やあたりを探し回っている。どうやら、何か落とし物をしてしまっているらしい。
だが、今は夏の真っ昼間。王都は前世のニホンに比べ、比較的涼しい地域といっても昼間の日差しの強い場所に長いこといるのは危険だ。
「何か探し物かな?よければ一緒に探しますよ」
「!…っ本当?ありがとうございま…っ!?あ、貴方様は…」
「おわっ?!ソフィア嬢??」
心配になり優しく声を掛けると、バッと音もせんばかりに振り返る今にも泣きそうなソフィア嬢と目が合った。
驚きのあまり思わず後ずさってしまったが、彼女もちょうど目元を少し隠し、落ち着こうとしてる所だったため幸い気付かれていないようだ。
改めてよくよく見てみると確かにソフィア嬢だ。夏の強い日差しで淡い紫色の髪が色飛びして見え、すぐに気づけなかった。
「失礼、いきなり声をかけてしまって。ところでこんな所で何を探していたんだい?」
失礼を詫び、気になっていたことをそのまま尋ねてみた。少し目を伏せ土の付いている指をいじった後小さく応えた。
「…いつも身につけているロケットをここら辺で落としてしまいまして…。おそらく、落とすとしたらここしかないから…」
「…?それまたどうして」
「…午前中、学園の図書室に用があり登校しましたら、お忍び姿の殿下とローズクォツ様にお会いしましたの。その時、少々言い合いになり、…手を、あげられまして。きっとその時に…」
そう言うソフィア嬢の顔を見れば、確かに左頬が少し赤みがまだ残っており、爪も引っかかったのか切れた痕も残っていた。
…あの王子。令嬢に手をあげるなんて、しかも婚約者だろ…!
殿下への怒りでカッとなるのを抑える。おそらくソフィア嬢についてる"影"がその現場の記録を残しているだろう。…だが、それに今は介入できない自分に歯痒さを感じた。
ひとまず、ソフィア嬢に大事がないか問うた。
「えぇ、これ位であれば大丈夫です。…それよりも、あのロケットを見つけないと…私にとって、とても大事な物なんです…!」
そう言いながら再び探し始めた。『少し気になる』ことも言っていたし、本当は早く保健室に連れて行きたいところだ。
でも、この様子を見るに先に探してあげた方が良さそうだ。
近くに"影"がいると思うのだが…。ロケットを探すフリをしながら少し離れた所で日陰になっている回廊へ向かい舌打ちし、反響定位をした。その後、目星をつけた場所に向かいハンドサインをすると、近くの石天井の隙間から紙が落ちてきた。
『噴水から南西へ行け p.s.その手は反則っス!』
最後のクレームに思わずニタリと笑ってしまったが、書かれた場所へ向かう。
指定された場所に着くと、どこからか小石が投げられた。投げられた場所へ向かうと、そこにお目当てのロケットが落ちていた。それは純金製のようで古く、シンプルではあるが、表面にはアメジス家の紋章が見事な意匠で施されていた。
ソフィア嬢が探している噴水周辺からは少し離れている上に、ロケットのチェーンは切れている。
もしあそこで手をあげられて、ここまでコレがふきとんだのであれば、その力は相当な強さだったのだろうと安易に想像ができた。
思わず唇を引き結び、ロケットを持つ手にも力が入りかけたが、探しているソフィア嬢の元に駆け寄った。
「ソフィア嬢!コレじゃないかな、あってるかい?」
「っあぁ…!」
見せた瞬間ロケットを奪い取られた。ギョッとしてしまったが、よく考えればおっさんに自分の大事なモノは1秒でも触らせたくないよな…。
少し傷つく自分を情けなく思いながら、ふとロケットのことについて尋ねてみる。
「これ、すごく大事なものなんだね」
「…!あの、御礼も言わずに申し訳ございません…。見つけてくださりありがとうございます。…えぇ、これは昔、お慕いしていた方からいただいなものを入れているんです」
言いづらそうにチラとこちらを見た後、ロケットを大事そうに持ちながら教えてくれた。
お、ソフィア嬢には初恋相手がいるのか!王太子と婚約が解消されたらどうなのかな…、探りを入れてみるか。
「その人に婚約者は…?」
「いない、と思います。でも私の一方的な気持ちですから…。あの、…この中は見てないですよね?」
不安げに聞かれたので、被りを振って否定した。それを見て心底ホッとしてるようだ。…もう少し踏み込んでみるか。
「もし、今の王族との関係が解消されたらその人と…って希望は?」
「…いえ。私はこの"国"と婚姻を結ぶつもりでいましたから」
先程とは違いスッと冷めた目をしてそう言うと、視線を外した。
2人の間に見えない壁を感じた。…やっちまったか。
少しの間、お互い気まずさから言葉を発せずにいると、上から花びらがひらひらと舞うように落ちてきたので思わず空を仰いだ。
すると、花が鮮やかに描かれた飛行船が空を泳ぐように飛んでおり、ちょうど学園上空を通過しているようだった。
飛行船のゴンドラからは軽快な音楽が聴こえ、窓から色とりどりの花が放出されて空一面に宝石を散りばめたかような光景が広がっている。
「そうか、今日は夏の花祭りだったか」
この祭は、夏の恵みを感謝するお祭りで、飛行船が通過する経路にいる異性同士は、男性が女性に花をプレゼントするという慣わしがある。
今考えてみれば、デートには最適なイベントであろう。
そうしていると、上からくるくるとゆっくり回りながら花が落ちて来たので、目の前に来た瞬間に手のひらで掬い取ってみる。
それは紫色をしたアネモネだった。目の前の彼女の瞳とも重なるこの色の花言葉は、確か『高貴』だったか。
「本当にソフィア嬢みたいだ…」
目を細めクスッと笑いながら呟いてしまった言葉は目の前の彼女に届いてしまったようで、恐る恐る見ると少し表情を固くしこちらを見ている彼女と目が合った。
し、しまった〜〜〜〜!!婚約者とも上手くいっていない状態の中、こんなおっさんにいきなりそんなこと言われても気持ち悪いよね!!!なんで口に出るかなぁ〜〜〜!!
俺が脳内で俺自身を何度も処刑しながら遠い目をしていると、コホンと咳払いをするのが聞こえた。
「…今日は花祭りの日で、殿下もきっとあの令嬢に今頃は花をプレゼントしてる中、悪い噂のある私には誰もきっとお花などくれないのでしょうね」
「?」
ツンとすましながらこちらを見ずに呟く彼女だが、…どうやらこんなおっさんの顔を立ててくれるようだ。
申し訳ない気持ちもあるが、これは相手が不本意だとしても、誠心誠意を持って対応させていただかなくては…。
ジョギングをして着崩れていたワイシャツを軽く整えて、前髪もオールバックにゆるくセットした。身なりを整え終えると、コホンと咳払いをしソフィア嬢に向き直った。
飛行船がちょうど頭上を通過し、花の甘い香りと花びらが風に乗って舞い踊る。
「ソフィア嬢、この花を贈らせて貰えるだろうか。『高貴』という花言葉のあるこの花は貴方に相応しい。…でもね、もう1つの言葉を僕から贈らせてもらいたい」
一度言葉を切り、ソフィア嬢の右耳の後ろに花を飾り見つめる。
「僕は君の潔白を心から信じている。周囲で不穏な動きはあるだろうが、僕も含め周りの大人達が動いている。彼等の思うようにはさせないから…。だからどうか"僕たちを信じて待っていて"ほしい」
少し上目に彼女の様子をうかがうと、少し驚いた表情を見せた後ギュッと口をつぐみ、後ろを向かれた。
うーん、やっぱりいやだったよね〜。後ろを向かれ表情は見えないが、耳が赤くロケットを握る右手が小刻みに震えているからきっと怒りを沈めているのだろう。
「僕が保健室まで送っていくのは嫌だろうから、女性の職員を連れてくるよ。だから、少し日陰で待っていてくれるかい?」
「…っいえ、結構ですわ。1人で行けます」
先程のやり取りで心がシクシクと泣いているが、ソフィア嬢の怪我も心配なので声をかけると、キッパリの断られた。…見えない壁がさらに分厚くなっているのがわかる。
「…先程はありがとうございました。それでは」
こちらを一瞥もせず足早に歩く彼女が、少し止まる。
「…私は、"待つだけ"の女ではないですわ」
そう言い残すと、再び歩き出し俺の前から去って行った。
飛行船もとっくに通過し、その場にぽつんと取り残された俺は所在なさげに頭をポリポリしていると、不自然に色んな場所から小鳥のさえずりが聞こえた。
…これはソフィア嬢の影に冷やかされている。
「そんな暇そうなことをしていると、王弟にバラすからな」
低くそう言うと、ピタっとさえずりが止んだ。
やれやれ…。もういい時間だし、心に深手の傷を負ったおっさんは午後の職務に戻りますかね。
汗のしみる服のニオイを嗅ぎ、念の為シャワーだけ浴びて着替えるからにするか、と俺もその場を後にした。
————ソフィア嬢が去った廊下の陰で、未だうずくまっているのを知らずに。
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