間話〜学園広場にて ソフィア視点〜
声が漏れぬよう両手で口を抑えて廊下の陰に隠れる。広場からライオネルの気配がなくなるのを確認すると、その場でずるずると壁に寄りかかりながらうずくまった。
「…あぶなかったわ。もう、こちらの気持ちも知らないで」
耳まで真っ赤になっているであろう顔に触れると、王子に打たれた傷がピリっとひりついたが、それよりも頬の熱さを感じてしまい、さらに顔が赤くなるのを感じた。
…そう、ソフィア・アメジスの初恋の相手こそライオネル・オブシディアンなのだ。うずくまったまま両頬を抑え、先程のライオネルの様子を思い浮かべた。
近くに対面した緊張から不遜な態度をとってしまっている私に真摯に接してくれた。しかも今日は遠目から見ていた普段と違い、汗で濡れた身体に、いつもは目元を隠している髪をかきあげたことで見えたタレ目の瞳でコチラを上目がちに見つめてきた。その色気に不覚にもくらっと崩れ落ちそうになってしまった。
「…はしたないわよ、ソフィア。ライオネル様はあくまで、国の混乱を防ぐ為、結果的にこちらの味方なだけ。勘違いしてはいけないわ」
頬を抑えていた両手でそのままパチンと頬を叩き、自分を叱咤する。傷がヒリヒリするが気にしない。
心を落ち着かせるため、先ほど見つけてもらったロケットを手のひらにのせて見つめる。楕円状で少し大きめのそれは、小さい頃からずっとお守りとして身につけているので、いたるところに細かい傷がある。
「…それにしても、さっきはバレなくて本当によかったわ」
ロケットを開くと、左側が鏡になっており、右側には四葉のクローバーの絵柄が入った飴の包みが綺麗に収められ、上から汚れないように薄いガラスが張られている。指でそっと撫でればあの時のことが今でも鮮明に思い出された。
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『すごい、大当たりだ!きっと良いことが起こるよ!』
迷子になったと思って私に優しく声をかけてくれたライオネル様。
…でも、本当は迷子になったわけじゃなかった。本当は、厳しい王妃教育に耐えられなくて逃げ出していたのだ。
そんな気持ちも知らずに自分の飴を差し出した彼に、最初警戒はせよ、包みを開いて当たりを引いた時に手放しに喜んでくれた彼の笑顔を見てそんな気持ちは吹き飛んでしまった。
『そんなことあるわけないわ…。もう勉強で怒られるのも、好きなことができないのも嫌なの…』
警戒心が解けたのと同時に、今思っている気持ちがポロリと悪態じみた言葉となってこぼれでてしまった。自分の両親にもこぼしたことがないのにとびっくりしてしまい思わず手で口を塞いだことを覚えている。
そんな様子に、最初キョトンとした顔をしていたが、子供だからと笑ったりしなかった。
『そうだね。世の中っていうのはどうしようもないことというのは沢山あるし、それから目を背けたくなることもあるよね』
優しくそう言うと、彼は目線を合わせて飴の包みを持つ私の手を、両手で優しく包み込んできた。
『…知っているかい。この四葉のクローバーっていうのはね、最初からこの形で生まれたものではないんだ。元々は三つ葉で、外からのストレスや刺激を受けて、それでもその困難に打ち勝った結果″幸運″を花言葉にする植物に成長したものなんだ』
『でも、私はそんなに強くないわ。なのにどうすればいいのよ』
口を尖らせ、いじけるように言う私の文句にも真剣に考えてくれる。
『うーん、…そしたら簡単なことが一つあるよ。それはね、″笑顔″だよ』
そう言うとニコッと笑って見せた。それを私が胡散臭そうに見つめているのに気付いたのか苦笑しながら説明してくれる。
『昔から″笑う角には福来る″って言葉があって、笑顔でいるだけで良いことが寄ってくるよって考え方があるんだ。あと″怒れる拳笑顔に当たらず″って言葉もある。これは、笑っている人にはどんなに怒っている人も手を出せないよって意味なんだ。つまり、笑顔というのは最大の″防御″でもあり″武器″でもあるんだ。…それに、君みたいに可愛いレディには笑顔でいてもらいたいな』
そう言うと、私の鼻を人差し指でツンと突いておどけて見せた。私が真っ赤になっていると、あっと何かを思いついたかのように声を上げた。
『そうだ!ちょっとその包みを貸してもらえる?』
言われるまま包みを渡すと、彼は持っていた書類の束を机代わりにし、ペンで何か描いた後「はい!」とよこしてきた。そこには、包みのクローバーの中央に、不格好な絵柄のニコニコした顔が描かれていた。
『これを見て笑顔を意識してみると良いかなって思ったんだけど、どうかな?可愛く描けたと思うんだけど…』
『……下手くそね。』
『そんな!』
『……あははっ』
そのヘンテコな絵と少し不安そうに尋ねる顔を見比べ、クスっと笑いながらそう言えば、心外とばかりにショックを受けた顔をした。その顔がまたヘンテコでたまらずお腹を抑えながら声を上げて笑ってしまった。
『うん、やっぱりその顔の方が素敵だ。…それでは笑顔の素敵なレディ、お手をどうぞ。皆さんのところまでエスコートする誉をこの私めにいただけますでしょうか』
私の笑顔を見て安心したように笑顔を浮かべた後、芝居がかった動きで跪き手を差し伸べながらおどけてみせてきた。
『…えぇ、よろしくてよ』
それに合わせ、私も傲慢な女のようにツンして返し、その手を取りながら目を合わすと、2人で再び笑った。…この後きっと面白いものがさらに見られるだろうと思い、付き合ってあげようと考えたのだ。
案の定、人通りの多い場所に着く頃に、公爵家の遣いのものが血相を変えて迎えにきた。それで私がアメジス家の令嬢だと気づいた時の彼の顔と言ったら…。紙のように真っ白になった顔を見て、当時は「ザマァみろ」なんて面白がったものだけど、今思えば悪いことをしてしまったと思っているわ。
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その後、自分の中の彼への恋心に気付いたけれど、出会った頃からすでに王太子の婚約者だった私には全てが遅すぎた。
でも、今は王太子がやらかしていることもあり、無理だと思っていた現実が確実に変わろうとしている。
「…あの人は、四葉のクローバーのもう一つの花言葉を知らないのでしょうね」
そう呟きながら、飴の包みが収められているロケットの縁をなぞる。
「もし婚約が解消され、お父様の許可が出た暁には、鈍感な貴方にこの花言葉を私から突きつけてあげますわ」
クローバーに描かれた、相変わらずヘンテコな顔を見て笑うと、左側の鏡で口元を映し、上手く笑えているか確認する。
「…だから、私は私なりの″戦い方″で貴方を勝ち取ってみせるわ」
そこには、不甲斐なかった幼い頃の私ではなく、今や国内外で″理想の淑女″と謳われる女性の姿が映し出され、こちらに微笑みかけていた。
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