第2話 パブへ行こう!
仕事を切り上げ、まだ日が沈んでない時間に退勤する昂揚感に胸を膨らませながら帰路に着く。なんといっても今日は久しぶりに学生の頃からの友人達と食事をするのだ。
そんな事を考えているうちに、ホームに蒸気を燻らせた魔導列車が到着した。
ここは魔法が実在するファンタジーな世界ではあるが、魔法を使える者はあまりいない。代わりに、空気中の水分から生成される蒸気と魔道具を使った文明が栄えており、さながらスチームパンクを彷彿とさせる技術や乗り物もいくつか存在している。
代表的なのが、この蒸気魔導列車の「ガードルライン」だ。ダイヤを彷彿とさせる洗練された水色のボディをしており、王都内を弧を描くように敷かれたレール上を縁取るように走っている。
座席は等級分けがされており、貴族から市民、もちろん俺のような職員も日常的な交通手段として利用している。
特急列車に乗ること30分、俺の住まう王宮関係者の居住地区、ベゼルエリアの最寄り駅に到着した。
少し薄暗くなってきて街灯が灯り出している中、停車した列車の蒸気に背中を押されるように帰路への脚を早めた。
社宅の邸に着き、荷物を置いた後、仕事用のツィードスーツから、気軽なシャツと小慣れたレザージャケットに着替えた。王都は日が暮れると夏でも少し肌寒くなる。
その後、くだんの件を調査した資料を普段使いのバッグに入れる為手に取り、軽く目を通して思わず眉間に力が入った。
調査の結果、どうやらソフィア嬢はシロらしい。
「やはりな」という安堵の気持ちが胸を満たすと同時に、冤罪で彼女を陥れようとするアンという令嬢についての目的はいまだ掴めていない。ただ現状として、学園内の男性達を侍らせており、それが原因で婚約がご破綻になっている家も少なくないようだ。
学生の中だけの恋愛ごっことして留めておけばまだいいが、俺の中で何かが少しひっかかっている。なんでも、この婚約破棄の計画は王太子自ら率先して企てているらしい。
ただ、仕事をしながら調査するのには技量や時間的にも限界がある。今日は、その事を友人達に相談できたらと考えている。
バッグに資料と貴重品を乱雑に詰め込み扉の鍵を締め、再び最寄駅に戻り、友人と落ち合う予定のパブがある市民街パビリオンエリア行きの急行列車へ足早に飛び乗った。
揺られること20分、駅に着くとすっかり日も暮れていたが、街中は活気に満ち溢れている。
この街の建物は、木を骨組みにし、この土地で多く採れる白く平たい石を煉瓦のように積み上げて建てられている。それらの家や店からは、夕飯時だからか料理のいい匂いが所狭しと漂い始めており、俺の空腹な胃袋を刺激した。
駅から歩いて10分、今日友人達と落ち合うパブが見えてきた。
周囲と同じく石造りの建物で、王都の商会ギルドと併設されていることもあり、クリスタルの絵柄の刺繍が施されたギルドの旗を入り口に掲げている店内はいつも活気づいている。
店に入り、カウンター奥に視線を向けると先に友人の1人が既にいた。軽く声をかけて隣に座り、エールと付け合わせのつまみと食事を注文した。
店内は、天井に魔鉱石を使った目に優しい暖かい色の照明が灯り、各テーブルごとにオイルランプが置かれ大人の秘密基地のような雰囲気だ。
注文して程なくして、もう1人の友人も到着した。カウンター席から近くのテーブル席に移動し、届いたエールで乾杯をして渇いた喉を潤した。
「相変わらずここは繁盛してるな。」
先程来たばかりの友人になげかけた。応えるように灰色がかった瞳を揺らし、髪と同じく短く切り揃えた白い顎髭を得意げに撫でながら屈託なく笑った。
「そうだろう。最近は商品だけじゃなく、用心僕の仲介や情報にも手を伸ばしてるからな。まぁ、それで信頼が勝ち取れているのはこれのおかげなんだがな。」
「お前の加護な。でもそれを最大限に活用できるお前がすごいんだと俺は思うけどな。」
そう、王都内のギルド商会を取り締まっているのが、向かいの席で目元を指でトントンしているこの男、ケイ・クォツなのだ。
会ったのは学生時代の頃、彼は市民枠の奨学制度枠で入学し、いじめられ荒れていたところでたまたま俺と出くわし、なぜか目をつけられ仲良くなった。
その後、ケイに「鑑定」の加護があることが分かり、いまやその鑑識眼を使って王都内の情報網を牛耳り、その功績から男爵の籍も賜ったのだ。
だが、本人は貴族としての生活よりここにいる方が落ち着くようで、男爵兼ギルド長として兼任している。
「それより今日は俺達に何かあるんだろ。久しぶりじゃないか?お前から相談なんて。なぁジャック。」
俺に褒められ少し肩をすくめた後、エールを煽りながら俺の隣に座る男に視線を向ける。
「あぁ、どうせ碌でもないことだとは思うが、この一杯を呑んでる間だけ聞いてやる。勿論お前の奢りな。」
そう言って気障ったらしくウィンクをよこしてきた濡羽色の長い髪に紅い瞳のこの男は、ジャック・ダマスカスといい、ケイと同じく学生の頃からの数少ない友人だ。
ジャックの家であるダマスカス侯爵家は、代々この国における監査や公安といった影の仕事を受け持つ家系で、現在は王弟の直属でそういう仕事を行なっているらしい。なので、少しでも後ろ暗いことをしている家からはある意味恐れられている。
名前も明らかに偽名のため、周りから距離を置いている中、そうとは知らず俺が空気を読まずに声をかけてから、なんだかんだとこの3人でつるんでいた。
肌が焼けているケイに対してジャックは病的に白いので2人が並ぶとコントラストがすごい。それに、ちょうど中間色の肌の俺が挟まるとカフェオレになった気分になる。
2人とも歳に比べ若々しいが、いい歳したおっさんのウィンクに思わず砂利を噛んだ気持ちになりつつ今回の相談を打ち明けた。
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「…なるほどな。あの王子そんなこと考えてやがるのか。馬鹿とは思っていたが本当に馬鹿だとはなぁ〜。」
一通り資料を読み終わったケイがウンザリした表情で口直しにと、手に取ったフォークでツマミの豚の腸詰めを突き刺し口に放り込みエールで流し込んでいた。
普通に宮廷関係者が2人いる中、よくそんなおっぴろげにぼやけるなと苦笑しつつジャックに視線を移すと、さっき飲んでいたエールを飲まず、少し表情を固くしていた。
「王子の火遊びについては聞きかじっていたが、婚約破棄を企てているというのは初耳だな。」
「でもよぉ、婚約者はあのアメジス公爵家だろ?こちらがわざわざ介入しなくてもあちらさんで勝手に対処するんじゃないか?」
ケイの真っ当な意見にぐっと言葉を詰まらせたが、流石に「俺には前世の記憶があってここが乙女ゲームの世界かもしれない」なんてトンチキな理由を言うわけにもいかない。
「…確かにそうかもしれない。一介のおっさんがなんの確証もなく首を突っ込んでいいものでもないのは重々承知している、…んだが。」
一度言葉を切り逡巡していると、じっとこちらを見て話の続きを待ってくれる2人が目に入り、ふ、と息をついて今感じている気持ちをこぼした。
「今回の件「少し気になる」んだ。」
俯いてそうこぼした瞬間、一瞬ピンッと空気が張りつめた感じがして再び2人に視線を戻すと、時を止めたかのように硬直している2人が目にうつった。
「お、おい、…2人とも、大丈夫か?」
戸惑いながらそんな2人に言葉を続けると、ハッとして時が動き出したようにいつもの雰囲気に戻った。こちらに軽く謝ったかと思うと、まだどこかぼぅっとしながら書類に目を戻し何か考えていた。
「いきなりこんなこと相談してすまないな。今回のことで悩んだ時、2人の顔がすぐ浮かんだものだから…。俺の気のせいかもしれないし、気にしないでくれ。2人ともそれぞれ忙しい身だし、今日2人に会って飲めるだけでも嬉しかったし、な!!」
今の空気を紛らわすように笑って見せると、2人はお互い顔を見合わせた後、顔を緩ませ俺の背中を強く叩き笑いだした。
「何言ってんだ!水クセェな!!どんどん巻き込んでけ!そういうことはよぉ!」
そう言いながらケイは通りがかった店員に追加のツマミとエールを3つ頼んだ。隣のジャックをそのまま見ると困ったように微笑みながら肩をすくめて言った。
「お前と何年俺達は付き合ってると思ってるんだ。別にお前が悪いことをしたわけではないだろ?それに俺とお前の場合、問題が王子に関係してるとなると、そう無関係でもない話ではあるしな。」
そう優しく諭され、いつの間にか入れていた肩の力が抜けたのを感じた。2人が協力してくれるだけで前世の言葉で例えるなら「百人力」だ。
「よし!今の話はまた俺達でも探ってみるとして今日はジャンジャン飲もう!!」
「勿論ここからは依頼料としてライの奢りでね。」
そう言い2人で色々注文するのを眺め、そっと自分の財布を見て肩を落とした。
…これは長い夜になりそうだ、トホホ。
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