第23話 君といるだけで
「それでは、当主様がいらっしゃるまで、どうぞお寛ぎくださいませ」
「はぁ、ありがとうございます」
サロンに案内され、広い部屋を見渡す。温かみのある黄色を基調とした植物の模様が施された壁面と、床一面に
は豪華な絨毯が敷かれている。控えめに濃紫の宝石のようなカット模様が施され、アメジストを彷彿とさせる。
室内は良い具合に暖炉によって温められ、来る道中に冷えた体がゆるりとほぐれてくるのがわかった。また、先ほどメイドに淹れてもらった紅茶も俺の状態を察してか、シナモンと同じく温められてから入れられたミルクと砂糖の程よい甘さが身に沁みた。
紅茶に程よく癒されていたところで扉がノックされ、急いで身を引き締めた。
「やあ、オブシディアン殿。ようこそ我が邸へ。待たせたかな?」
「いえ、お招きいただきましてありがとうございます。ちょうど頂戴した紅茶のおかげで体が温まってきたところですのでお気になさらず」
公爵が俺に笑顔を向け歓迎の言葉を言うのを席から立ち上がり出迎えた。すると「おや?」と少し目を見張り俺を見てきたが、すぐ表情を戻した。おそらく初対面の時と違い、今は社交界に出る時のように身綺麗にしているから驚かれたのだろう。
「そうだな、この時期になると王都も冷えるからね。私もこの時期は身体がどうも軋むようだよ」
そう言うと杖に体重を預けながら、ゆっくりと俺の向かいの椅子に腰掛けた。先日会った時に比べ、鋭い目元が柔らかく、幾分距離が近く感じた。
よく考えれば、不思議なものだ。今まで、俺が出不精なこともあるが、年に1〜2回ある国内貴族は参加必須の祝賀会で遠目で見る程度だった国内有数の権力者であるアメジス侯爵と膝と膝を突き合わせて話す機会ができるとは。この″乙女ゲーム″に介入しなければまずない機会であろう。……″乙女ゲーム″恐るべし。
「よければ、今日は君のことも知りたいからね。ぜひゆっくりしてもらいたいんだが…」
「はあ」
「その前に例の件についての情報共有を面倒だからしてしまうかな」
「えぇ、承知しました。王弟殿下からの手紙や書類も預かってますのでご共有できたらと存じます」
俺は前世の営業の経験からか、染みついた自然な動きで資料をテーブルに広げ、王弟からの手紙を名刺のように渡した。…それにしても俺のことを知りたいってどういうことだ?なんか興味を引くようなことがあったのだろうか。
「まずなんだが…、殿下から君のところに刺客がよく来ると聞いていたのだが、最近数が減ってはいないかな?」
「はぇ…?」
思わぬ質問に変な声を漏らしてしまった。どういうことだろうかとは思ったが、まずは考えてみることにした。
「…確かに、まだ来てはいるのですがよく考えると酷かった頃に比べれば3分の1位に減ってるかもしれないです」
「やはりな…」
はぁ…と疲れたようにため息をつきながらどっかりと背もたれに身を預けた。
「すまないね、君はなんのことだかさっぱりだったかと思うのだが……君に刺客を送っていたのはどうやら義子のカミュのようなんだ」
「えっ……?!」
ガタッと思わず身構え立ち上がってしまった。だが、息を整えた後再び椅子に腰を下ろした。落ち着け、もし卿が関与してたらこんなこと言うはずがない。
俺の様子を申し訳なさそうに見ながらゆっくり瞬きをし、目礼して話を続けた。
「先日殿下の部屋で我が家の金を彼奴が横領していたと言っただろう。そのお金の一部をどうやら君へ刺客を送る為の資金として利用していたことが発覚したんだよ」
逡巡するように手元の杖を弄りながら、説明する。
「現在は資金を運用する際の名義や方法をカミュには教えず変えていてね、もう手をつけられないようにしているんだよ。それで、これまで使用されているお金の先を調べていたらこの事実が発覚したわけなんだ」
「はぁ…それにしてもなぜでしょう。私は義子殿にお会いしたことが一度もないというのに…」
それとも、実は学園で会ってたりするのか?…いや、そもそも騎士科の生徒以外の生徒とは接点がないと思うんだが。
「いや、……アイツは調査した結果、ソフィアに横恋慕していたらしい。それで婚約破棄し、我が家が処された後、代わりの公爵として牛耳り、王太子と交渉してソフィアを…」
俺の為に経緯を説明してくれようとするが、あまりの内容に然しもの公爵も怒りか、それとも恐れからか、険しい表情で言葉を詰まらせた。
一方俺の方はというと、ミスティ嬢と初めて会合した時聞いていた話を思い出し、顔色を悪くしていた。というのも、確か義弟ルートに主人公が進むと、ヒロインと結婚後ソフィア嬢は、王太子ルートとは違い処刑はされないが、公爵領の離れに監禁されるという結末だと聞いていたのだ。
もし、監禁されている理由が、懸想が原因で…ヒロインはあくまで″お飾りとしての妻″ということであるのなら…。
最悪の事態を想像してしまい、気持ち悪さに思わず口元に手を当てていると、公爵が俺の様子を察し、続けた。
「現在、アイツに任せていた事業や公爵家の業務は『王太子のサポートに集中しろ』という名目で全て回収している。こうなった以上ソフィアが次期女公爵になれよう、この件が落ち着き次第、引き継いでいくつもりだ。そして今月からアイツが使用できる資金を停止したからおそらく刺客を送ることもなくなるだろう。本当に申し訳なかった」
そう言い、俺に頭を下げてきた。それを慌てて止める。
「頭を上げてください!私はこの通り無事ですし、アメジス殿のおかげでこうして原因がわかったのですから。……それよりも、ソフィア嬢が無事に過ごせるよう頑張りましょう!」
慌てて立ち上がりながらそう言う俺はきっとまだ顔色が悪いのであろう、公爵が痛ましそうな表情を見せながら被りをあげた。そしてこちらを眩しそうに見た後、何やらブツブツ考え事をし始めた。
「君は……、フム……相手として身分も申し分ないし、心が綺麗すぎる気がするがソフィアの相手としては……ブツブツ」
どうしたのだろうか、と卿の様子を首を傾げながら見ていると扉がノックされ慌てて老年の執事が入ってきて卿に耳打ちをした。それを聞き卿が目を見開き声をあげた。
「む、なんだと。……仕方がないか、度々すまないオブシディアン殿。どうやら私がの資金を差し止めたことに気づいたらしくこちらに奴が向かってきているらしい。本当は夕餉も用意し持てなす予定であったのだが…、それよりも奴に貴殿を会わすことの方が危ないので今回は引き取っていただいた方がいいだろう…」
「わかりました、こちらこそお時間いただきありがとうございました」
こちらの動きをこれ以上見せる訳にもいけないしなと、席を立ち上がり、その場を去ろうとすると再びノックされた。
「失礼いたします」
扉が開き入ってきたのは、なんと渦中の人物であるソフィア嬢だった。今日は学園と違い私服で、白と水色を基調とした清楚なドレスを身に纏っている。
「うむ、ちょうどよかった。オブシディアン殿、まだカミュが帰るまで少し時間がある。どうだろう、少しの間ソフィアに公爵邸を案内させてもらえないかな」
「え?」
俺を見たソフィア嬢が少し驚いた後目を逸らした。その様子を含みのある笑みを浮かべ、どこか満足そうな表情をした公爵にそう勧められた。
「しかし…」
「さぁ、オブシディアン様、行きましょう」
「あ…ハイ」
ソフィア嬢に有無を言わせぬよう促され思わず返事をしてしまった。それにクククッと肩を静かに揺らす公爵にひらひらと手を振られ、しょうがない…と、諦めたように肩で息をついた後彼女の元へ向かった。
「それではソフィア嬢、よろしくお願いいたします」
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