第6話 レモネア
「お困りのようだね、リーダーさん? おおよそあなたには相応しくないボロボロ具合だ」
大広間にいる人間はすべて葬った。
今ここにいるのは俺一人。
完全にそう考えていたし、気配も、音も、何も無かったから、とにかく気を抜いていた。
眼前に立つ、女か男か、性別のよくわからない小柄な人間は、ボロ布だけを身に着けていて、俺と同じように汚れているのにも関わらず、嬉しそうにこちらを見つめてにこりと微笑んでいる。
明るい黄緑色をした、クルクルと癖のある髪の毛。
それを尻辺りまで伸ばし、前髪も奴の左目を隠し、見えているのは右目だけ。
だが、その瞳はキラキラと輝き、不思議な光を放っていた。
どことなくわかる。
ただ者ではない、と。
とにかく異質だった。身体に鎖が付いていないのにも関わらず、異形化もしていない。どういうことだ。
「……別に。あんたには関係ない。リーダーっていうのもおかしい。俺はあんたを知らないし、あんたのリーダーになった覚えも無ければ、誰かと徒党を組んだことだって無い」
吐き捨てるように言って、俺は身体を引きずりながら先を目指す。
奴は、飛び跳ねるようにスキップしながら俺の後を追ってきた。
「お待ちになってくれよ、リーダーさん? ボクとあなたの仲じゃないか」
「だから、あんたのことは知らないと言っている。人違いだ」
ボク、ということは、こいつは男なのだろう。
どうでもいい情報だが、頭の中で納得した。
「人違いということはない。ボクはあなたのことを偽物と間違えるはずがないし、恐らくあなたはただ記憶を失っているだけなんだ。その記憶の失い方がこれまた厄介なんだけどもね」
「そうか」
「こんな場所で再会できるなんて、やはりボクとあなたは運命の糸で繋げられているんだなぁ、とつくづく思うよ。まあ、ボクの方はあなたがこの施設の中にいらっしゃる、ということを認識してはいたんだけども……はははっ! なかなか最下層まで行くのは大変でさぁ~! 色々な人たちの目があるし、そもそも一番下までの行き方、マオポロら幹部級の人間しか知らないんだ! 囚われの身であるボクが行けるはずないよねぇ~?」
「……」
「でも、こうしてあなたとお話しできるタイミングが生まれたから言おうと思うんだけど、やっぱりあなたは強いよ~。前も研究階層の三十五階で拷問官と結構荒々しくやりあっていたものね! その前は副所長のイオラだったかなぁ? 彼を半殺しにしていたでしょう?」
「……」
「あれ、実はボクこっそり見ていたんだ! ボクも三十階層でちょうど実験という名の拷問を受けていてねぇ~。神様からいただいた鎖なんて無いって言ってるのに、陽光魔法の遺伝子を複製するために、ボクはボクで肉体の一部を切除されたり色々大変で大変で……。あ、でも大丈夫! あなたよりは壮絶な状況には陥っていないし、ボクはあなたほど強くはないからね! 多少の痛み程度なら大人しくしておくんだ! 暴れると、不用意に連中を刺激して、今度は所長が出てくるからさぁ~? ボク、あいつ苦手なんだよね~! レイアードの大天使様を崇拝しております、ってうるさくてうるくさくて。顔もシンプルに嫌い! ふふふっ! 面食いなもんで! ごめんなさい!」
何だ、この状況は。
ひたすらに俺は先へ進んでいるわけだが、隣を強引に陣取って並走してくるこの女男は、俺が無視し続けても話すのをやめない。
もはや独り言状態だ。
それでも、こいつは楽しそうにペラペラと喋りまくる。
「いやぁ~、今日は実に気分がいい! あなたとの再会の日! これを祝日とし、後世に語り継ごう! きっと世界にもう一度光が差し込んだ時、人々はありがたげに祝い合うはずだ! 天使様の喜びの日だ、ってね!」
その言葉を聞いて、俺は思わず意識を隣のうるさい女男へ向けてしまう。
奴も俺の些細な変化を見逃さなかった。
嬉しそうに右目を合わせてくる。
「あなたの今の名は……確か……ユドラ……だったかな?」
「……何で知ってる?」
奴は自分の耳に触れて、
「おおよそ人間離れした耳を持っていてね。情報はすべて入っているんだ」
「神鎖も、元は耳に付いていたのか?」
俺が問いかけると、奴は「まさか」と笑った。
「ボクは生まれながらにして神鎖を纏ってはいなかった。その理由については……おいおい話すとして、今はご想像にお任せする、と言っておこうか。べらべら喋り過ぎると、『あの方』もご機嫌を損ねられるしね」
「あの方……?」
「ああ、こっちの話! 大丈夫! 悪い方じゃないし、あなたに悪影響を与える人物でもない。むしろその逆なんだけども……うん、黙っておこう!」
言って、歩きながら自らの口を手で塞ぐ。女男。
もごもごしながら、それでも奴は話すのをやめない。黙っておく、と自分で言ったのにだ。
「ふふふっ……! しかし、あなたと再会すると色々話したくなってしまうよ。いけないいけない」
「……わからないな。記憶を失ったどうこうの話もそうだが、俺が親しくしているのはナシャラだけだ」
ナシャラ。
その名前を出すと、奴はひと際大きな声で笑った。
「そうだね。うん。そうか。ナシャラ、か」
「何だよ?」
「いえいえ、これもこっちの話! ボクの名はレモネア! よろしくお願いいたします!」
「聞いていないよ」
「聞いておられなくとも、お伝えするよ! ふふふっ!」
言葉の節々に意味深なものを感じる。
このテンションの高さも不気味ではある、が……。
同じボロ布を着て、同じ実験対象であるという境遇だからだろうか。
奴――レモネアと名乗った女男と並んで歩くのは、ユフの人間が傍にいる時と違い、不快感が無かった。頼もしさすら感じる。
「それで、だ! ユドラ様?」
「びっくりする。様って、どういうことだよ?」
「じゃあ、ユドラ?」
呼び方としてはそうなるだろう。
俺はレモネアへ耳を傾けた。
「あなたの困りごとを解決します。元々そうだった。ボクは……あなたの行く先を……」
目を細め、徐々に語尾の声を小さくさせていくレモネア。
俺が疑問符を浮かべると、奴は小さく笑みを浮かべて、
「何でもない。とにかく、あなたの困りごとを解決します」
「封印区画最下層から、ナシャラが連れ去られた。連れ去ったのが誰なのかは見当がついてる」
「誰かな?」
「ここ、ユフ強制実験収容所の所長――ジオドリだろう」
名前を出すだけでも苛立ちが募る。
地上階層。そこへ出た瞬間、俺は持てる力のすべてを解放して施設を破壊する。奴らがどれだけ高い場所にいようが、下を破壊すれば崩れるのみだ。探す手間も省けることだろう。
「承知いたしましたよ。なら、ボクの予想と相違ない。地上階層へ出たいというあなたの願い、このレモネアが聞き入れます」
立ち止まって、と。
そう俺に言って、レモネアは右手を宙に掲げた。
そこから発現されたのは――
「……!? お前……何だこの魔法陣は……!?」
「ふふふっ! 珍しいでしょ、と言っておくべきかな?」
レモネアが作り出した魔法陣は、眩く光り輝いており、それを直視することができない。
「全盛期の力はとうに失ってる。でも、あなたの近くにいれば、もう一度ボクも復活できそうだ」
「……レモネア……お前は……」
「質問と、その応答には後でお答えしますよ。愛するユドラ」
無邪気にほほ笑んだその表情は、さらに輝きの強くなる魔法陣によって徐々に見えなくなる。
――が、
「まずは、調子に乗っている『人間もどき』を殺すことから始めましょう」
冷徹さに満ちたレモネアの顔は、あまりにも雰囲気が変わったもので。
俺は、奴のその顔にどことなく見覚えがある、と。
なんとなくそう思うのだった。
「地上階層へ共に行こう、ユドラ」
――ボクも、自らの信念の元に、ここを破壊したい。




