第4話 鎖を外したのは
私が目を覚ますと、そこには醜悪な存在、白衣の男が複数人立っていた。
驚かないわけがない。
寝起きはいつだってユドラが隣にいてくれるし、そうなるようちゃんと鎖で私のことを繋いでくれている。
今回だってそうだった。
簡単に離されないよう、誰かが来ても大丈夫なよう、彼は私を守ってくれていたのだ。
でも、今日は目を覚ました瞬間に恐怖で身がすくむ。
寝ているユドラを横に、私の方へ顔を近付け、至近距離で一人の男がジッとこちらを眺めていたから。
「おはよう、『特別な少女』よ。……と言っても、地上時間ではまだ夜だがね」
不気味にそう言って、男は私の頭へ『人のものではない手』を乗せてくる。
「い、いやっ……!」
すぐに頭を振り、化け物のような手を退ける。
体の震えが止まらない。
男はそれでも笑みを浮かべて、私へ語り掛けてくるのをやめなかった。
「悲しいものだ。こうも拒否されてしまうとは。これもすべて、地上に陽光が降り注がなくなったせいかもしれない」
……?
何を言っているのかわからず、私はただ怯えるだけ。
隣にいるユドラの手を握り締めて、必死に恐怖と戦う。
「色々と神経が昂っているんだ。所長は人使いが荒くてね。この施設から陽光魔法の使い手をさらに多く輩出しろ、ととてもうるさい。そのストレスで僕の顔にも優しさが失われているのかも」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!
なぜかはわからないけれど、不思議と体の芯から湧き出る恐怖心が止められなかった。
呼吸が苦しい。
今までにないほど怖かった。
隣のユドラを起こそうとしても、体が動かない。
一人で目を覚まし、この人たちを相手にしていると、どうにかなってしまいそうだった。
「まあいい。特別な少女、寝起きで申し訳ないが、今からあなたは僕についてきて欲しい」
嫌だ、と。
反射的に口から感情が漏れ出てしまう。
止められない恐怖がそうさせたのかもしれなかった。
変に抵抗して、刺激を与えちゃダメなのに。
「ふぅ……。やれやれ。相当深刻なようだ。……おい、そこの君?」
ため息をつき、男は後ろにいる白衣の人へ語り掛ける。
「僕の顔はいったいどうなっている? そんなに怯えられるようなものかい? 神鎖からの解放もされたばかりだし、近頃は鏡を見るのも嫌でね。自分がどうなっているのか、よくわかっていないんだ」
いえ、と。
後ろに立つ白衣の人がそう答えた瞬間のことだ。
何が起こったのかわからなかった。
私に語り掛けていた男の不気味な手が動き、答えた白衣の人の首が体から離れ、その場に落ちる。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
私は反射的に悲鳴を上げてしまう。
恐怖が一気に爆発した。
目の前で人が亡くなった。
一瞬。
ほんの一瞬。
疑いも抵抗もできないまま、自然の成り行きのように、ただそこで人が亡くなってしまった。
「はははっ。いやぁ、適当な答えをくれるのはやめて欲しい。もう少し考えて、僕の顔を見てから思慮深い回答を用意して欲しかったんだ」
それだけで人を殺めてしまうのか。
どうしようもないまでのショックが体全体に広がる。
どうやってあの人を殺してしまったのか、その方法にも疑問が尽きない。
あの手?
人間のものとは思えない、あの手で白衣の人間の首を裂いたの?
私の悲鳴を聞いたからか、隣にいたユドラが起きかけた。
けど――
「――おっと。危ない。こいつには今起きて欲しくないんだ」
睡眠薬か何か。
目を開きかけたユドラに、素早く男は注射器で何かを注入させる。
「やめて! ユドラに変なことしないで!」
叫び、私は鎖で繋がれたまま、身をよじって男をユドラの元から退けようとする。
それでも私の抵抗は効果を発揮せず、注射器の中の液体はすべてユドラに注がれてしまった。
勝手に涙が出る。
この人たちは何。
どうして私たちを実験の道具にしようとしているの。
「特別な少女よ、安心して構わない。こいつは今すぐにでも殺し、解体した後に神鎖の実験台として利用したい気持ちで山々だが、おかしなことなど一つもしていないよ。ただの睡眠薬を盛っただけだ」
「そういうのもやめて! ユドラは……ユドラには……本当に何もしないで……! 手を出さないで……!」
必死に懇願したところで、それは何の意味も持たない。
男はただ笑みを浮かべるだけで聞き入れてくれず、そんな彼に対して後ろにいた白衣の人間がそっと彼に「マオポロ様、お時間が」と声を掛けた。
仲間が殺されたのに、すごく冷静な語り口調だった。
「さあ、特別な少女。色々と問答を重ねたいところだが、残念なことに僕にはあまり時間が無い。上の方々から急かされている。あなたを地上へ招待するよ」
「嫌! 私は絶対について行かない! ユドラと一緒じゃなきゃ嫌!」
「残念ながらこの少年は連れて行けない。私たちは……いや、もはや世界があなたを望んでいる。あなただけでいい」
世界がどうとか、私だけがどうとか、そんなのは関係なかった。
私はユドラの傍にいる。
ユドラの傍じゃなきゃ嫌だ。
「ユドラ、起きて! ユドラ! ユドラ!」
必死にユドラへ肩をぶつけて揺り起こそうとする。
けれど、彼は薬のせいで目を覚ましてくれず、ただ鎖に包まれて眠りに落ちている。
心臓が激しく揺れた。
私の、鎖に覆われている心臓が。
左目も痛む。
今の状況は、私をどこまでも不安にさせ、冷静でなくさせた。
「ユドラっ! ユドラぁっ!」
泣き叫ぶ私の前に立つ男は、面倒くさそうにため息をつく。
「じゃあ、こうしよう」と。
表情から笑みを消失させて語り掛けてくる。
「あなたが僕たちに今からついて来ないのであれば、明日以降、この少年の神鎖をすべて剥ぎ取る」
「――!?」
耳を疑う。
それはつまり――
「そう。――殺す、ということだ。この少年には、本格的に死んでもらう」
嫌だ。
そんなの、絶対に認められない。
「それが嫌なのであれば、簡単なことだ。あなたが今から我々の実験に助力してくれるだけでいい。それだけで、この少年は救われる」
二つに一つだな、と。
後ろにいた白衣の人が付け足した。男の人だ。
「簡単な話だろう? 自分を守るか、この少年を守るか。さあ、選びたまえ?」
目が、本気だった。
この男――マオポロは、本気でユドラを殺そうとしている。
……それならば、出てくる答えは簡単。
生きていて欲しい方。
それは、自分自身じゃない。
「……本当……なの?」
「……何がかな?」
呼吸が早くなる。
あるはずのない記憶のようなものが、一瞬フラッシュバックした。
それでも、と。
私は息を呑んで続ける。
「本当に……私があなたたちについて行けば……ユドラは無事なまま?」
マオポロは頷いた。
本当か嘘か。
それは限りなく彼の意思次第だけれど。
「ああ、本当だ。約束しよう。必ずね」
今さら疑っている暇は無かった。
私は、意を決して頷く。
この人たちについて行く、と。
ユドラを守るために選択したのだった。




