エピソード1 幽霊からの手紙 第9話
9話です。
「オレの、言葉……?」
猫は不思議そうに言った。
「言葉って、オレはただ、アイツにオレが死んだことを伝えてほしいだけだ」
「じゃあ質問を変えよう。手紙を書くのに俺はお前のことを知らなすぎる。だから、教えてほしいんだ――」
佐渡は大学ノートを机の上に広げ、ペンを右手に持った。
「――お前が生まれてから、これまでのことを」
猫に視線を投げ、言葉を待つ。
猫は眉を顰めた。
「よくわかんねェな。その『手紙』だかにはそんなのが必要なのか?」
「ああ。少なくとも俺には必要だ」
「……まァ、アイツにオレの死が伝わるんだったら、何でもいい……」
猫は佐渡に近付くと、ひょいっと机の上に飛び乗り、遠くを見つめた。
「……生まれたときのことはさすがに覚えてねェが、兄妹がいたのは覚えてる。雄がオレを含めて三匹。雌は二匹だったな」
「へー。兄弟はどうしたんだ?」
「死んだヤツもいれば、どっかに行っちまったヤツもいるし、オレの縄張りの近くを縄張りにしたヤツもいた。会えば挨拶ぐらいはする程度には仲は良かったな」
「縄張りか。お前……っていうか、名前はなんかないのか? メモするとき見分けづらいわ」
佐渡は猫の話をノートにメモしながらぼやく。
これに猫は少し考えてから答えた。
「ガッツだ」
「変な名前だな。なんでそんな名前なんだ?」
「知らね」
猫改めガッツは佐渡の質問に答えていく。
兄妹たちと母猫のおっぱいを取り合ったこと。
妹が車に引かれたときにはじめて死というものを知ったこと。
体が大きくなりすぎて狩りはあまり得意でなかったこと。
そこまで話を聞いて佐渡の腹が鳴った。
一旦休憩にして佐渡は夕食を摂ることにした。
シンクに溜まった食器類を洗い、キッチンを綺麗にしてから料理をはじめる。
佐渡の慣れた手つきから普段から自炊しているのが伺える。
あっという間に主菜の麻婆豆腐と汁物の玉子スープ、それにパックご飯を用意し、それらを先ほどの書き物をしていた机の上に置いた。
一人暮らしの狭い部屋なのもあってその机がダイニングテーブルも兼ねていた。
佐渡は料理を食べ始めようとしたそのとき、少し考えて、小皿を用意した。
小皿の上にひと口大のご飯とその上に麻婆豆腐を一掬い掛けた。
「ほい、どうぞ」
「……どういうつもりだ?」
「お供え」
小皿をガッツの前に置いて、気が済んだ佐渡はようやく食事をはじめた。
ガッツはそんな佐渡と眺め、それから小皿を興味深そうに見つめていた。
食事を終え、ガッツへの質問会を再開した。
話題は竹内との出会いになった。
「アイツと出会ったのは独り立ちしたばっかのオレが獲物を取れなくて、腹を空かせてるときだったな……なんかしんねーけど、やたらとオレのあとを付いてきて、しつこく声を掛けてきやがった。一回目は逃げて、二回目に会ったときにはアイツはエサを持ってきた。でも、知らねェーヤツからエサを貰うときは気を付けろってお袋から言われてたから、二回目も逃げた。それでも、アイツは諦めなかったんだ……」
ガッツは昔を懐かしむように表情を緩めた。
「オレが何度逃げても、何度も公園にやってきてエサを俺に渡そうとしてくる。で、何回目かでオレも腹が空きすぎて、観念してアイツからエサを貰ってやることにしたんだ」
「…………」
「そのときに食べた缶詰がとにかく美味くて美味くて……オレはあのとき食べた缶詰より美味いものを知らねェ」
「それは、美味いだろうなー」
「アァ……サイコーに美味かった。……それから、ほぼ毎日アイツは公園に来るようになったんだ。缶詰以外にも鶏の肉だったり、カリカリしたエサだったり、なんかドロドロしたやつだったり、とにかく美味いモンを色々食わせてくれたんだ」
「その話を聞いても竹内らしいな。それで?」
「そのうちオレのこと触りたそうにしてたから、頭を撫でさせてやったり、毛を梳かさせてやったり、顎も掻かせてやったな。なんでかアイツはやたらと嬉しそうにしてたけど」
佐渡はガッツのその話に自然と竹内が見せてくれた画像を思い出した。
あれだけ気を許してる写真が撮れるのだ。
竹内とガッツの関係は深いものだったのだろう。
「だけど、それもこれもオレの油断で全部シメーだけどな」
「……なんで死んだんだ?」
「別の人間から貰ったエサを食ったら痺れて動けなくなったんだ」
「それって、毒入りだったってことか?」
「知らね。で、腹を掻っ捌かれて、お陀仏」
ガッツはなんてことのないようにあっさりと自分の死を語ったが、佐渡にとっては衝撃だった。
自然死や事故ではなく、悪意で殺された。
そんなことをする人間がこの世にいることに対して無性に腹が立った。
「なぁ、どんなやつだったんだ?」
「覚えてねェ」
「そんなことないだろ」
「イヤ、本当に覚えてねェーんだよ。興味が無かったから。男だったような気もするけど、曖昧だ。ただ、殺されたのは月が綺麗な夜だったってのは覚えてる」
「……許せないな、その犯人……」
「そーかよ」
ガッツは本当に興味が無いようで、くわっと大きな口を開けて欠伸をした。
それから、
「なァ……アイツの名前はタケウチって言うのか?」
「そうだよ。竹内勇真って言うんだ」
「タケウチユウマな。フーン……」
ガッツの白い髭がピクピクと動いた。
「名前くらいは覚えといてやるか」
ベッドの上ではガッツが丸くなって寝ていた。
幽霊になっても眠るのかと佐渡は妙な感動を覚えた。
佐渡は机に向き直りノートに残したガッツの話を眺めた。
ここから手紙にしていくわけだが佐渡はどんな内容にするか決めかねていた。
朧げには考えてある。
ガッツが満足して、竹内ができるだけ悲しまないような手紙だ。
だが、今更ながら猫が手紙を書くだろうか?
手が無いからペンが持てない。
そもそも本来であれば人間の言葉が喋れない。
佐渡が猫の言葉を理解できるのは本当に言葉を聞いているのでは無くて、感情を受け取ってそれを脳が勝手に翻訳してるという現象だろうと藤原は言った。
だとしたらガッツの言葉をそのまま書いても竹内に伝わるわけがない。
逆の立場だったら手紙を受け取っても佐渡は質の悪い悪戯だと思うだろう。
時計の長針が二周してる間佐渡はノートに、ああでもない、こうでもないと下書きを続けるのだった。




