エピソード1 幽霊からの手紙 第10話【終】
10話です。エピソード1の最後のお話となります。
「ただいまー」
竹内は未開封の猫缶を持って帰ってきた。
今日も猫に会えなかったと、竹内は肩を落とした。
――最初に公園に立ち寄った理由は運動だった。
しかしそこで一匹の猫と出会った。
子犬ほどの大きさの猫。
長い体毛と凛々しいその表情には気品があった。
一目惚れだった。
竹内はそれから猫に夢中になって運動目的のはずがいつの間にか猫目的で公園に通うようになった。
餌をあげようとしても通い始めの頃はなかなか食べてくれなかった。
だが、回を重ねる毎に距離は縮まり、十回を超える頃にはようやく餌を食べてくれるようになった。
このまま懐いたら家で飼いたいなと思っていた。
その矢先、猫の姿が見えなくなった。
縄張りを変えたのか。
それとも事故に遭ったのか。
どうかもう一度あの猫に会えないだろうかと、竹内は「はぁ」と溜息を吐いた。
リビングの奥にいた母から「勇真、手紙が届いてたわよ」と声が掛かる。
「手紙?」
誰からだろう。
四人掛けのテーブルの上に置いてあったその手紙はコンビニでも売ってるような茶封筒で、宛名には確かに自分の名前が記されていた。
ただ直接郵便受けに投函されたのか、切手もなければ住所も無かった。
少し不気味な封筒。
階段を上りながらしげしげと眺めた。途中、妹とすれ違い、「今日の夕飯はお兄の好きな生姜焼きだよ」と声を掛けられる。それに生返事を返したら、妹は「お兄、なんか変なの」と呟いた。
妹と一緒の二人部屋で自分の荷物を床に落とすように置いて勉強机の椅子に腰かけた。
竹内はもう一度じろじろと封筒を観察してみる。
綺麗な字だった。そのおかげで不気味さが軽減している。
竹内は引き出しの中からカッターを取り出し封を切った。長年使ってるカッターは切れ味が少し悪い。
荒い切り口から中を覗くと、二枚の白い紙が三つ折りになって入っていた。
竹内は中を取り出すと封筒とカッターを机の上に放り投げ、白い紙をゆっくりと開いた。
縦の罫線が入った便箋。
そこに書いてある内容に竹内は目を見張った。
手紙には次のように書いてあった。
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竹内 勇真 様
突然こんな手紙をお送りしてすみません。
私はあなたが公園で可愛がっていたガッツを拾った者です。
私もあの公園でガッツを可愛がっていて、飼う準備が整ったので迎え入れました。
そんな私が今回手紙を書いたのは、あなたが公園でガッツを日々探している姿を見て、いてもたってもいられなくなったからです。
安心してほしいのですが、ガッツはとても元気です。
あなたに会えないのを時々寂しがっていますが普段は自由気ままに過ごしています。
あなたにもガッツに会わせたいのですが、環境の変化でほんの少し不安定になっているためそれが叶いません。
また、仕事の関係から私は遠くに引っ越すことが決まってしまったため、もうガッツをお見せすることはできません。
ごめんなさい。
ガッツはあなたに会えて本当に幸せだったようです。
ガッツはいつでもあなたの幸せを願っています。
ガッツの飼い主より
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竹内は一通り読んで、フッと体から力が抜け、背もたれに体重を掛けるときしむ音がした。
窓に掛かるレースのカーテン越しに夏の明るい夕方の陽が入り込んでいる。
蝉の音がガラスをすり抜けて竹内の耳にまで届いた。
「お兄ぃ、生姜焼き出来たって!」
ぼんやりとしながら蝉の声を聴いていると妹が部屋に舞い戻って竹内を呼びにきた。
「……あとで行くわ。先に食べてていいから」
「へー、めっずらしぃ」
「そういうときもあるんだよ」
「ふーん、まあいいや。伝えとく」
妹はあっさりと部屋を出て、ドアの外で「お兄ぃはあとで食べるってー」と他の家族に伝えている声が聞こえた。
生姜焼きは大好物だ。
だけど今は、足が動かなかった。
竹内はもう一度手紙を、今度はじっくりと味わうようにして読んだ。
胸にぽっかりと穴が開いたような感覚とはこういうことを言うのだろう。
――それにしても不思議だった。
餌をガツガツ食べて野良生活を乗り越えてガッツがあるから、『ガッツ』という名前をつけた。
だが、餌をやっていた猫に『ガッツ』という名前をつけたことは誰にも言ったことがなかった。
人に聞かれるのが恥ずかしくて、猫の名前を呼ぶときは周りに誰もいないことを確認した上で言っていたのに、どこかで聞かれていたのだろうか。
ただ、なんにせよ、一つだけは確かだ。
ガッツとはもう二度と会えない。
いつの間にか夜になっていた。
東京の空なんて星はかすかにしか見えないが、それでも星は瞬き、月は丸く輝いていた。
綺麗な月だった。
竹内はわずかなレースカーテンの隙間から遠くを見るようにして夜空を眺めた。
「寂しいよ、ガッツ……」
竹内の呟きは部屋に静かに溶け込んでいく。
その後ろで一匹の猫が座っていた。
子犬ほどの大きさの猫は満足そうな顔をして目を閉じた。
次の瞬間、猫の耳から順番に体が光の粒子となってサラサラと崩れていくようにして空気に混ざって消えていく。
竹内はそれに気が付かない。
竹内が食卓へ着くと、生姜焼きはすっかり冷えてしまっていた。
*
翌日。
竹内は一限の講義に出るために少し早めに家を出発した。
家でやろうと思っていた課題が思うように進まなかったので講義前に誰かに見せてもらおうと思ったのだ。
すると教室へ向かう途中、うまい具合に高校から付き合いのある友人の佐渡を摑まえることが出来た。
「おっはよー!! 佐渡っ!」
「うるさっ! おはよっ。今日も朝から元気だな」
「そりゃあ俺は元気が取り柄だからなっ」
声を掛ければ佐渡は迷惑そうな顔をして嫌味を言ってくる。
でもこれはいつものことで佐渡の定型文みたいなものだ。
「なぁ、佐渡、悪いんだけどさ、課題見せてくんね?」
「はぁ~? またか? 少しは筋トレの時間減らしたらどうなんだ?」
「そう言うなってっ! 前、お前が寝坊続きだったとき俺のノート貸してやっただろ?」
「ぐっ……! それを言われると弱いんだよなぁ……ま、いいぞ」
佐渡はニヤッと笑って、「ただし、昼飯は奢れよ?」と条件を突きつけた。
バイトをしていない佐渡は節約を信条としているせいか普段学食のメニューは質素なものばかりなのだ。
「ほいよ」
「サンキュー!」
「汚すなよ? あと、丸写しはやめろよな」
「分かってる分かってる」
教室に着いて、佐渡から借りたレポートの表紙を早速竹内はめくった。
この授業は今時手書きを重要視していたためにレポートは当然のことながら手書きだった。
佐渡は昔から字が綺麗でレポートは読みやすく、竹内はいつも酷く感心していた。
(……あれ?)
と、そこで竹内は既視感に襲われた。
どこか見覚えのある字。
どこで見ただろうか。
(あっ、手紙!)
竹内は昨夜見た手紙の字が佐渡の字にそっくりなことに気が付いた。
それではあれは佐渡が書いたのだろうか。
「どうかしたか?」
「あ、いや」
「ん?」
竹内は思わず佐渡を見るも、佐渡は怪訝そうな顔をするだけだった。
「……やっぱ、なんでもないわ」
竹内は時間も無いのでレポートを写すのに取り掛かる。
それでも内容を移してる間、ふとした瞬間に手が止まる。
やはり佐渡なのか?
そうすれば自分の家に手紙が届けられた説明が付く。
でもそれなら何故直接渡してこないんだろうか。
竹内の中に疑問を渦巻く。
だが、結局は、
「……これ、返すわ」
竹内は気が付かないフリをしてそのままレポートを返した。
佐渡にも事情があるのだろう。
いつか、話してくれることを信じて今はそのままにすることにしたのだった。
*
――SNS上に不思議な話が投稿された。
友人の兄の元に野良猫からの手紙が来たというもの。
大半はその話を疑ったが、一部の人間は奇跡を祝った。
そんなありふれた心温まる話はネットの波に呑まれながらわずかな時間、人間の記憶に残るのだった。
エピソード1・終
ここまでお読みいただきありがとうございました。
感想をいただけると嬉しいです。
また、エピソード2も引き続きお楽しみください。




