エピソード2 幽霊は殺人事件の犯人を知っている 第1話
エピソード2のはじまりです。
楽しんでいただければ嬉しいです。
痩せ型の男が早贄のように裂けた木に逆さで突き刺さっていた。
万歳をするように腕は垂れさがり、瞳は目玉が飛び出さんばかりに開かれ、口は餌を欲しがる鯉のように開いている。体を貫通した木の先端には臓物が絡みついていた。
古い都営団地の植え込みにある哀れで奇妙な死体は今や警察に取り囲まれていた。
規制線が張られ、鑑識がカメラで記録を残していく。
それを少し遠巻きに見ていたスーツ姿の若い男が顔色を青くさせていた。
「酷い遺体ですね……どんな生前を過ごせばこんなむごい死に方をするんすかね……」
「さぁねぇ……考えもつかないわ」
「ちょっと吐いてきてもいいすか? 気持ち悪くなってきました……」
「いい加減慣れなさいよ。少しは我慢しなさい」
若い男の隣には男より少し年上の女が答えた。
「そんなことより、被害者の名前とかは確認できた?」
「は、はいっ。――名前は荒木光さん、三十八歳。三号棟の四階に一人で住んでたようです」
「部屋は? 確認した?」
「え、いえ、まだです」
「おっそいわね。少しは考えて先回りしなさいよ。あんたの頭にはジャムでも詰まってんの??」
「青柳先輩、それパワハラっす。そんなんだから結婚できないんすよ」
「このぐらいでいちいち騒ぎ過ぎよ。それに、それを言ったらあんたの発言はセクハラよ、小紫巡査」
年上の女――長い艶やかな黒髪が特徴的な刑事、青柳春子はぴしゃりと言った。
これを受けて若い男――小紫瞳が口をへの字にして不満を露わにし、視線は青柳を責めた。
「おー、どうだ。捜査の方は」
「白石警部! どうしてこちらへ?」
「いや何、ちょっと引っかかることがあってな」
そこへやって来たのは身長百九十近い大柄な中年男性――白石研二だった。
青柳と小紫の上司である白石は小紫から手書きの資料を奪うように取り、目を通して「やっぱりな」と呟いた。
「被害者の荒木。こいつは、連続猫虐待死の容疑者だ」
区内ではここ半年で九匹の野良猫が殺された。
荒木はその犯人として目されていた一人だった。
「現場の住所に見覚えがあったんだ」
「猫の件と何か関係があるんですか?」
「まだ分からん。だが、何かしら関係はあるだろう。荒木は精神科への通院歴がある。それにもしも本当に猫の虐待死に関わっていたとしたらそれを知った誰かの手によって荒木が殺された可能性もある」
「私刑ってことですか……」
「ああ。そういう事例もないわけじゃないからな」
「――すみません、いいですか?」
刑事三人が集まっているところへ鑑識がやってきた。
鑑識は手に持ったタブレットを三人に見せた。
そこには部屋の画像が映っていた。
「今、部屋を調べていたのですが、今のところ争った形跡はありません」
何枚か画像を送りながら鑑識は説明する。
そして何枚目か画像を送ったあと、一枚の画像で指を止めた。
「……ただ、猫を飼ってないのに猫の餌が置いてありました。それから神経毒系の薬品と大型のナイフも。どちらも使用した痕跡があります」
そこには開封済みの猫の餌にホームセンターでよく見る農薬、油で汚れた大型ナイフが映っていた。
白石は顔を歪める。
「ドンピシャか……」
「じゃあ、荒木は虐待死の犯人で間違いなさそうですね」
「可能性は高いだろうな」
猫の虐待死に関わっているのはほぼ確定だろうが、それが今回の事件にどう関わってくるかはこれからの捜査次第だ。
何せ、不可解な死に方だ。
どうやって人間が木に突き刺さるのか。
「――四階の自室から飛び降りでもしたんでしょうか?」
「憶測であまりものを言うな。視野を狭めるぞ」
小紫が推論を出すのを白石が咎めた。
「白石警部、よろしいですか?」
死体近くの調べていた別の鑑識がやってくる。
「被害者のポケットからこんなものが……」
保管用のビニール袋に入った一枚の紙。
それはちょうど名刺サイズだった。
「ボロボロですね」
「洗濯しちゃったんですかね?」
「ええ、そうだと思います。ただかろうじて文字は読めます」
青柳と小紫が交互に感想を言うと、鑑識が肯定する。
白石はそのかろうじて読めるという文字を読もうと目を細めた。
そして、
「健康美神社――クソっ、『ケンコミ案件』じゃねぇか!」
「えっ」
「げっ、『ケンコミ案件』?」
白石の言葉を聞いて、青柳と小紫が嫌そうな顔をした。
白石も苦虫をかみつぶしたような顔をしながら振り仰ぎ、周囲に声を張り上げた。
「撤収だ、撤収ー!! この件、『ケンコミ』が絡んでるっ!!」
白石の言葉に周囲が明らかにざわついた。
「青柳は上に報告しろっ。小紫、お前は部屋の調べてる奴らに伝えてこい!」
「「はっ!!」」
青柳と小紫は指示に従い駆け足になった。
白石はそれを見送り、それから目の前の死体を見た。
「『ケンコミ案件』なら悪霊ってことか……荒木、お前、そうとう恨まれてたんだなぁ」
――ニャァアン
白石はどこかで猫が鳴いた気がした。
しかし辺りを見回しても猫の姿はどこにも見つけることはできなかった。




