エピソード2 幽霊は殺人事件の犯人を知っている 第20話
第20話です。
白石は腕時計を見てから警察署内部にある留置場へと向かった。
武骨な鉄格子が並ぶ異質な空間。
その向こうは案外平和そうに見える。
畳敷きの部屋で人一人が暮らせるようになっているのだから。
目的の居室に着いた白石は中を注意深く伺った。
久留和吾郎。
大久保久殺害の被疑者で、長澤慎吾殺害の容疑者だ。
彼は部屋の中央で座禅をしながら目を閉じている。
瞑想というものだろうか。
自分が来ていることに気が付いているのかいないのか。
白石には分かりかねた。
「久留和さん、取り調べの時間だ。出てくれ」
「……」
久留和はゆっくりと目を開けると素直に立ち上がった。
控えていた警官から外へ出るように促されたときも静かなものだった。
これくらい素直に取り調べを受けてくれれば助かるのに、と白石は苦々しく思った。
取調室に入ると、久留和はもう慣れたもので自分が座るべき場所へ自ら移動して座った。
白石は対面に座ると、胸ポケットから一通の茶封筒を取り出し、久留和の目の前に置いた。
「お前に手紙だ」
「手紙?」
久留和は不思議そうな顔をした。
それから目の前にある手紙を注意深く伺うようにしていた。
「……誰からですか?」
「長澤慎吾からだ」
「は?」
久留和の表情が取り調べをはじめてからはじめて崩れた。
どんな詰問にも涼しい顔をして黙秘を貫いていた男が一通の手紙で表情を崩したことに白石は内心ガッツポーズをしていた。
久留和は明らかに動揺していた。
目を泳がせながらも、手紙から意識が逸らせないようだった。
「……それは生前、私宛に書かれた手紙ということですか?」
「いや。つい昨日、書かれた手紙だ」
「昨日って……刑事さんは死者が手紙を書いたって言いたいんですか?」
「そうだ」
「はっ! 人を馬鹿にしてる。死者が手紙を書けるわけがないじゃないですか。それにね、私は長澤社長の秘書として長年勤めていた。宛名の筆跡が長澤社長のものではない」
「…………」
「……本当に刑事さんはこの手紙を死者が書いたと思ってるんですか?」
「ああ」
「頭がおかしいんじゃないですか?」
「そう思ってくれても構わない。だが、間違いなく、その手紙は長澤慎吾から久留和吾郎に向けて書かれた言葉だ」
「……ここで読んでも?」
「もちろん」
久留和は机の上に置かれた一通の手紙をゆっくりと持ち上げた。
封はされていなかった。
中からはどこにでも売っているような便箋が折りたたまれた状態で出てきた。
久留和はそれを丁寧に開いた。
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思えば、お前には苦労をかけっぱなしだったように思う。
私が深夜の二時に思いついたことを突然連絡したことも――
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そんな書き出しからはじまる手紙を久留和は食い入るように読み始めた。
そして二枚目も読み終えた瞬間のことだった。
「ふふふふふっ……くくくくくっ」
久留和は笑った。
抑えきれない衝動といったところか。
「はははははははっ! あははははははっ!!」
久留和は笑って、そして眉を吊り上げながら手紙を散り散りに破り捨てた。
取調室に白い紙片が舞い散る。
白石はいきなりのことで呆気に取られ反応が遅れた。
「変な手紙だ! 実に変な手紙だ!!」
「おいっ、久留和っ!」
「あいつが、こんな殊勝な手紙を書くわけがない! 『すまなかった』? 『迷惑を掛けた』? 『母親のことは申し訳なく思う』? 誰だ、こんな手紙を書いた奴は!!」
久留和は狂ったように机を叩いた。
それに部屋の隅に控えていた警官が暴れる久留和を取り押さえる。
それで少し冷静になったのだろう。
久留和は目を閉じて、深呼吸をしてから「失礼」と謝った。
それを見てもう大丈夫だろうと久留和を押さえていた警官は離れた。
「……お恥ずかしい。怒りで我を失ってしまいました」
「気にするな。落ち着いたか?」
「ええ。――それにしても不思議な手紙だ。この手紙は絶対に長澤が書いたものではない。だが、長澤にしか書けないこともある……これはどうやって手に入れたんです?」
「……信じられないだろうが、霊の言葉を聞ける子がいる」
「霊の言葉が? ……ああ、あの駐車場で会った子か。なるほど。あの子が……」
「その子が長澤慎吾の霊から話を聞いて代筆したんだ。筆跡が違うのはそういう理由だ」
「幽霊からの手紙……ゴーストレター……いや、代筆ならゴーストライターの方がしっくりくるな……」
久留和は目を細めた。
「……刑事さん。お願いがあります」
「なんだ?」
「そのゴーストライターをここに呼んでください」
「ここに?」
「ええ。彼を通じて長澤慎吾と話をしたい。それができれば、すべてをお話しします」
久留和は不敵に笑って見せた。
白石はその久留和の瞳の奥に不気味な炎が燃えている気がした。




