1話 〜濡れ縁〜
チリン、チリン、
「いらっ……中田くん久しぶりぃ」
「ははっマスター、3人なんすけど?」
「どうぞ、どうぞ、ここでいい?」
「はい、瓶を2本で」
「はいよっ」
へぇ〜、ここが主任の行きつけなんだぁ?
「とりあえず、やきとりと肉巻きからでいいかな?」
「はい、お任せします」
「俺もカヨさんと同じで」
「はいお通しねぇ。雨の中ありがとうね〜」
「はい、ナミさん。後輩たちを連れて来たくて」
「わざわざどうも。みなさん会社のねぇ?」
「はい、後輩というか……主任のチームの部下です」
「いや、ここではいいよ」
「え!?あ、すみません、しゅ……」
「呼び方くらいはいいんじゃないの?中田くんが楽にできないなら仕方ないけど」
「いや、まあそこまでは……」
「ほら、中田くん。あの人なんてみんなに店長って呼ばれているからね?」
「はは、そうですね、気楽ならなんでも」
「でも、あの人は本当は店長じゃないらしいけどね?」
は?
まあ、初めて来た店で常連さんの真相は……まっいっか?
で、店長疑惑のせいで、ちょうど自己紹介のタイミングだったモノを逃したので、ここでひとつ恒例的なのやっときますか……
ここは、『居酒屋なみのり』
気楽に呑んで食べて歌う、そんなお店……
て、私は初なんでそんなこと言わされても、まだ心が込められないんですけどぉ!?
うっうん、改めてまして私はカヨ35歳。
おうち派女子です。
そして、この横の子は高根と言って29歳で、共に独身ですっ!
「じゃあ、中田くんは会社では厳しいんだ?」
「いや、そんなことはないっすけど……たまに怖いですね」
「高根、そういうのこそ要らないから」
う〜ん、やっぱいつもと違う主任って感じだぁ!?
「ええ、じゃあこの店ではみなさん、主任のことをなんて呼んでるんすか?」
始まった、高根の悪い癖。
「いや、普通に中田くんとかねぇ?」
「とかって何すか?ナミちゃん」
おいっ、馴れ馴れしいぞ初対面でしかもお前のお母さんほどの人だろ?高根。
アレ、でも呼ばれて喜んでるっぽいぞ!?
「え、じゃあ高根くんは友達とかから何て呼ばれてんの?」
お、マスター逸らすのうまっ。
「俺っすか、下の名前か……ガキの頃の奴らはネっちて呼ばれてますね」
「ネっちかぁ?いいね」
そうでもないと思うけど……本人がいいのならそれで。
「カヨさんは、何て呼ばれるのが多いの?」
え!?私っ?
「いや普通にカヨですかねぇ?」
「ふ〜ん……カヨ」
いきなりぃ〜!?
これかぁ!?主任の言ってた、マスターは縮めるのが早いってのは——
てゆーか、力技、強引?
「マスターは何かあるんですか?」
「普通にノリちゃんとか、ノリぴーかな?」
「ノリぴー?ノリぴー!?」
「何がおかしいんだよ?ネっち」
「いや、ノリさん……ごめんなさい」
「素直だな、高根……っち。いや、ネっち」
主任、気に入ったみたいね?
ホント楽しそうにしているし、よっぽどココが好きなのね。
会社の時とは大違いだわ?
別人格ってやつね。
あれ!?
床が濡れて……あっ!
「高根くん鞄がびしょびしょじゃないの?」
「あっ!?ヤバっ!」
「書類は平気かね?っち」
「主任……ふざけてる場合じゃ?」
「あ、そうだな!?て、お前に言われるの?」
はは、能天気だなぁこの2人は。
「いや〜、ファイルん中までぐっしょりですわ」
「マジか……まっ仕方ないな?」
え!?
しゅ、主任、そんなお気楽でいいの?
「じゃ明日、私がお詫びと再度のお願いに……」
「いや、ダメだ」
「私ではと……」
「そうだな?まあ」
「そんな、いつになったら信用してもらえるんですか?」
「カヨさん落ちついてくださいよっ」
「あなたは黙ってなさい!」
つーか、お前のせいだろがぁ?
て、私もちょっとヒートアップしすぎかな?
「いや、でもダメだ俺が行く」
「中田くんもやっぱ仕事は真面目なんだね?」
「はぁ、まあそのくらいは……」
分かりました。でも私も信用を勝ち取るまで……
「で、その行き先はまさか幼稚園?」
「え?何で知ってんすか、店長さんでしたっけ?」
「おぉう、そうだよネっちくん。でね〜」
「いや、店長。これは俺たちの会社のもんだ……」
「黙れっ、中田っち!」
中田っち?
あなたも『っち』だったのですね?
「店長!」
「煩いっ!黙れ黙れっ中田っち。そこの保母さんに会いたいからだろ?」
「いや、だから店長って」
「はあ〜!?おいっ中田っち。人を使いモンにならないみたいなことほざいといてそれかぁ?」
「いや、だからカヨ……くん!?」
「俺しーらないっと」
「いや、お前だよね?日本酒を呑ませたの......カヨに」
「煩えっ、酒の話してんじゃねぇんだよ!保母さんになぁ?奥さんに言いつけっぞっ!」
「あっ、ごめん!それは……じゃあ、カヨ行ってくっか?明日」
「おお、行ってやるよぉ〜?退園時間になっ!」
「おいっ、カヨ!?何で?」
「はぁ、そんなのイケメンシングルファーザー狙いに決まってんだろ?」
「望み薄っす!空振り必至!」
「ちっ!」
完




