19th lap 暗雲
「しかし、いまどき魔導通信士による通信代行とはな。なぜ通信晶石を持っとらんのだ」
『ええ、あの、個人と個人で通信ができるというアレですか? 正直、俺にはハイカラすぎて何がなんだか』
「世間知らずが過ぎる。今どきその辺の老人ですら持ってるぞ。オレがサーキットの通信士に名前を告げたとき、なんと言われたと思う? 『本物ですか?』だぞ! オレは気分を害したしあの娘だって気の毒だ!」
『それはまぁ、すみません』
通信越しに、クルス・ファブロスのずいぶんとぼけた返事が返ってくる。
王城の廊下を歩きながら、カナード・バンディーナ・レイセオンは通信晶石による通話を行っていた。通信先は、リュートシティサーキットの代行サービス。それを通して、先日のパブリックレース優勝者であるクルス・ファブロスと話をしている。
カナードの背後には、いつもの侍従が音もたてずについてきている。
「まぁ良い、本題に入るぞ」
『お願いします』
「王室の御用学者を捕まえて聞いてみたが、やはり属性を持たない竜の前例は皆無だな。稀、という話ですらない。あのレースの映像を見れば、気づくものは気づくだろう。アルマファブロスの持つ異常性に」
『なるほど……』
前例のない竜の存在は、多かれ少なかれそれなりの議論を呼ぶだろう。その中心にアルマファブロスを置くことは、少なくともクルスの本意ではないと、カナードは考えている。もちろんそれはカナードにとっても同じだ。彼等にはのんびりレースをしてほしい。
足を止め、クルスに尋ねるカナード。
「落ち着いているな?」
『ええ、まあ。どのみち<魔力噴射>を使わねば勝てないレースでしたし、今後だってそうでしょう。余計な視線を集めるリスクはありましたが、結果、王子に調べてもらうこともできましたし、早いうちに使ったのは正解だったと思っていますよ』
「それもそうだ。ま、オレも姉上から政治のやり方を学ばねばならん頃だしな」
『と、言うと?』
「御用学者に、『属性を持たない竜は稀な存在だが前例がないわけではない』と鳴かせれば良いという話だ」
クルス達のレースは、すでにレースファンの間では話題になっている。
パブリックレースで繰り広げられた最高のデッドヒート。プロレースでもなかなか見られない激戦だ。クルス・ファブロスとアルマファブロスのプロレースデビューを心待ちにする声も高まりつつある。そこに妙な冷や水をかけるのは、国益にもならないだろう。
ドラグナーレースは、レイセオン王国内の主要な観光産業のひとつなわけだし。内務卿補佐であるカナードの管轄内でもある。
「プロレースへのデビューに関しては心配しなくてよい。属性の有無はレギュレーション違反にならない。書類上の手続きは額面通り進めればよかろう」
『わかりました。感謝します』
「よい。これはどちらかと言えば仕事のうちだ。だが、あなたの疑問が晴れたわけではないな?」
クルス・ファブロスの本来の望みは、アルマファブロスの謎の解明だ。
そもそも、なぜ彼女は属性を持たないのか。そのことを知りたがっている。
「これも御用学者に聞いた。竜は、生まれた時点で例外なく精霊の加護を受ける。もし、属性を持たずに育つようなことがあるとすれば」
『出生に異常がある、ということですか』
「そうだ。心当たりがあるのか?」
『皆無……というわけではありませんが、心当たりというにはか細いですね』
詳細を話すほど確信には至っていないか。言葉を濁らせるクルスの態度に、カナードはそう思う。
だが、次にクルスが発した言葉は、カナードにとっても驚くべきものだった。
『実はですね王子、今日、街に出て感じたことですが』
「うむ」
『俺たちを見張ってるやつらがいます』
「なんだと……?」
街をぶらつきながら感じたときは、気のせいかとも思った。
だが、こうしてサーキット会場内に入ってみれば、気配はより明確だ。クルス達は尾行られている。何やら仕掛けてくる気配はないが、このまま森の小屋に帰るのは、少しばかり危険かもしれない。クルスは、それとなく気配のほうに視線を送るが、さすがに姿を見せるようなポカはやらかしてくれない。
「殺意はないし敵意もないが、悪意はある。そんな感じですかね」
『熟練の戦士のようなことを言うのだな』
「ははは」
その出生に異常があるというアルマ。
アルマの語る『あの人たち』という言葉。
そして、ここで自分たちを尾行している誰か。
頭の中で、これらは自然と繋がってしまう。連中は間違いなくアルマのレースを見ている。そして、こちらの動向を探ろうとしているのだ。
『リュートシティのホテルに、オレが一年中リザーブしている部屋がひとつある。しばらくそこに泊まれ。辺境伯にも話をつけて、私設騎士を動かせないか掛け合おう』
「そ、そこまでしてもらえますか……」
『何を言う。あなた達のプロデビューを心待ちにする声は多いのだ。何かあるのを見過ごしたとあっては、オレが内務卿に大目玉を食らう』
至れり尽くせりとは、まさにこのことだ。申し訳ない気持ちもあるが、好意には甘えさせてもらおう。
念のため、竜騎士の儀礼剣やコンソールを持って家を出てきたのは、正解だったかもしれない。
『クルス殿、オレはまた三日後、辺境伯との打ち合わせの用事でそちらへ向かう。時間もとれるので、その時に直接また話をしよう』
「わかりました。ホテルにはありがたく泊まらせていただきます」
『うむ。あとアレだ。それまでにテレパは買っておけよ』
「ええ、それはちょっと……使い方わかんないし……」
クルスの返事を待たずして、カナード王子からの通話は切れた。
代行サービスの通信魔法士は、耳栓代わりのヘッドホンを外してにこりと笑う。
「以上でよろしいですか?」
「ああ、はい。ありがとうございました」
さて、状況は今朝とはだいぶ変わってきた。
こうなってくると、アルマには何も聞かないというわけにもいかなくなってくる。良い空気を吸わせてやりたい、と、そう思った矢先にこれというのは、かなり気が滅入ってくるが。
「アルマ、行くぞ!」
アルマがこの間何をしていたかと言えば、ファンに囲まれ、応対をしていた。
通信晶石の機能で写真を撮るもの、サインを頼むもの、尻尾と握手をしたがるものなどさまざまだ。あのファンの人垣ができているおかげで、尾行者も近づけずにいるようだった。
「ぎゃうあ?」
「予定が変わった。今夜はホテルに泊まる。めちゃくちゃいい部屋だぞ」
「ぐぎゅあ!?」
びっくりして、金色の瞳を白黒させるアルマ。
「が、がう!? ぎゃうぎゃう!?」
「まぁ、いろいろあるの。ほら、ファンの皆さんに挨拶して」
「ぎゃうう……」
アルマは、そのまま自分を取り囲むファンにぺこぺこと頭を下げてから、クルスのほうへと歩いてついてくる。こうして、二人はリュートシティサーキットを後にしたわけだが。
後日、アルマファブロスが『めちゃくちゃファンサービスの良い竜』としてレースファンの間で話題になったのは、また別の話だ。




